第42話 祝賀会 in秩父
「コメオの世界初&最速を祝して~かんぱーい!」
「「かんぱーい!」」
記録をRDA.comに刻んだ夜、俺たちはちょっと山の上にある名店で、祝賀会を上げていた。幹事はギンコが務め、主賓は俺。そしてチセちゃんが参加者という感じだ。
「コメオには弱めのりきゅーるじゃ。こんな時くらいは飲んでおけ。非常に弱いしの。チセにはもちろん、そふとどりんくじゃ。儂は……そこの日本酒を」
「一番高いもの呑むじゃん」
「ふふん、主賓でなくとも儂のおごり故良いのじゃ。さぁ飲め食え騒げ! 今日は宴ぞ!」
「いぇーい!」「い、いぇーい」
俺がグラスを高く掲げるのに合わせて、チセちゃんもおずおずと上げてくれる。何かいいなぁ。やっぱ主役になれる瞬間ってたまらないなぁ。承認欲求がドバドバ満たされる。もっと褒めろ!
「あの……いつも世界記録を取った時はこんな感じなんですか?」
チセちゃんに質問され、俺は「いいや?」と答える。
「その場のノリで決めてる。決めるのはギンコ。奢られるのは俺」
「あ、なるほど……。やっぱりギンコさんは大蔵省だと」
「チセぇ~。お主も難しい言葉をよう知っておるなぁ~、ぷっはぁー!」
「おい早えよ回るの」
ギンコは顔をほのかに赤くして、すでにへべれけ状態だ。何で幹事のこいつが一番楽しそうなんだろう。何かムカついてきた。
俺は酒に弱いが度胸は人一倍。ということで、ぐい、とグラスを傾けて、自分の酒を全部飲み切ってしまった。チセちゃんが「だっ、大丈夫ですか? 弱いって言われてませんでした?」と心配してくれる。優しいなこの子。
「らいひょーふらいひょーふ。このていろ、おちゃのほさいさい……」
「活舌全然回ってませんよ!? 大丈夫じゃなくないですか!?」
「ご、ごめんちょっと気を抜き過ぎたわ。本当に大丈夫だから、心配せずとも……ヒック!」
「ギンコさん! コメオさんが! コメオさんがもうノックアウトです!」
「なぁにぃ~!? コメオ! そんな弱さで次の迷宮を勝ち抜けるのか! えぇ!? 勝ち抜けるのかと聞いておる!」
「あ……だ、ダメだ。収集をつける人が居ない……」
チセちゃんが何故だか絶望の表情をしている。何故だろうか。こんなに超楽しいのに。「なぁギンコ!」「ん!? ああ、そうじゃなコメオ!」
俺とギンコは肩を組んでガッハッハと高笑い。料理が運ばれてきて超ハッピー。ハッピーで思い出したけどハッピーちゃんのパラグライダー講習いつにしようかな。明日とかでいいか。って言うか何ならハッピーちゃんこの場に呼ぶか。
俺はおもむろにARディスプレイから電話を掛ける。
「あ、もしもしハッピーちゃん?」
『えー♡ こんな夜になぁに~コメオちゃん。も・し・か・し・てぇ~、ギンコちゃんに隠れて浮気のご予約ぅ~?♡』
「今飲んでるから来ない? ギンコも居るし新参も居るぞ。祝賀会中でさ」
『あー! そういえば夕方、社長が「コメオがすごいぞ!」って騒いでたー! そういうこと? っていうかそれなら社長呼んだ方が良くない?』
「社長連れてきてもいいよ」
『じゃあ私一人でいくねぇ~。ニヒヒ、おいしいお酒用意して待ってて♡』
「あいよー」
電話を切る。ギンコが「何じゃぁ~? 電話なんぞ掛けおって。儂らだけでは不足かぁ~!」とダル絡みしてくる。俺はギンコにキスしてから抱きかかえた。
「ッ!」
「んー!? 何じゃ何じゃ。何かいま接吻された気がしたが……? というか、んん? 儂は一体どこに座っておる?」
「まぁまぁ。ほら、みそポテトだぞ~。あーん」
「あーん」
ギンコに餌付けする。モグモグ食べている。うーん可愛い。めっちゃ可愛い。何か目に入るものすべてが可愛く見える。何だココ天国か。
天国には大勢いた方がいい。俺は手首のブレスレットに話しかける。
「キッシー君! おいで!!!!!!」
「来ました師匠」
「うわぁっ!?」
すっと現れたキッシー君に、チセちゃんは飛び上がる。それにキッシー君は眉をひそめた。
「何だ小うるさい。小娘、お前はだれだ」
「キッシー君やい! その子はなぁ……お前の妹弟子だ。可愛がってやってくれ……」
「……何と。その話は本当か。名は?」
「あ……ち、チセといいます。えっとその、キッシー君、さん、ですよね」
「キッシー君さん? ……奇妙な呼び方だが面白いな。その呼び方で問題ない」
「は、はい……」
俺の弟子二人の初邂逅を祝ってもっと呼びたくなってくる。俺はねむに電話を掛けた。
「よぉねむ! 今飲んでるんだけど来ないか! 俺の世界初&最速記念祝いだ!」
『えぇっ!? 何でそんな記録叩きだしたんですか?』
「RDA! 秩父のダンジョンボス倒してきた!」
『おぉ~すごいですねって、秩父!? いやいや、流石に行けませんって。あたし今東京ですよ』
「……無理?」
『はい。無理です』
「悲しい……じゃあ次の機会で呼ぶな」
『えっ、あ、はい。……な、謎の罪悪感が』
電話を切る。そうかハッピーちゃんとかキッシー君がすっと来てくれるから行けるかと思ったけど、普通の人間はダメか……。Dさんはどうかな。バグでものすごい勢いで来てくれそうな気もするが。
可能性があるなら、と俺は電話を掛けた。すると、自動音声が流れる。
『あー、あー。現在RDA中にて応答できないぜ! すまんがまた連絡してくれ~!』
RDA中か。ならば邪魔できまい。あとは他に誰か居たっけなぁ、と考え、面倒になって目の前のチセちゃんにご飯を差し出す。
「チセちゃん! こっちの味噌豚もおいしいぞ! ほら食べて食べて」
「え、あ、ありがとうございます……っていうかあの! さ、ささささ、さっきギンコさんに、ちゅ、ちゅーして……」
「え……? ごめん何のこと? チセちゃんにもちゅーしていいって?」
「わっ、たっ、たっ、だっ、ダメです! いえ、あの、だ、ダメってことはないんですけど、あの、ファーストキスはもっとその、あの」
「だめかぁ~。んじゃやめとこ」
「……はい……」
追加で弱めのお酒を頼む。何かぼーっとしながらギンコのほっぺをぷにぷにして遊んでたらすぐ来た。口に流し込む。ふわふわした感じが強くなる。ヤベー超楽しい。何だこれすげー。
「さいこぉお~」
「さいこぉじゃ~」
「だ、ダメだ……。私ではこの収集をつけられない……。あ、あの、キッシー君さん。これ、どうしましょう」
「む! この日本酒は非常に出来がいいぞ!」
「あ、ダメっぽい……」
かんぱーい! と俺、ギンコ、キッシー君の三人で祝杯を挙げる。ぐびぐびと行く。
「いやー、にしても、熊強かった熊!」
「え、あ、はい。本当に強かったですね。でも、それを最終的に寄せ付けずに勝利したコメオさんは、本当にすごいと思います」
「ありがと~! かんぱーい!」
「あ……はい。かんぱーい。……ふふ」
「お! チセちゃんいい笑顔だなぁ~。楽しい?」
「儂は楽しいぞぉ~」
「僕も大変おいしいです」
「いぇー!」
「あ、あはは……。確かに、私も楽しいです」
「熊なぁ……アイツとも飲みてぇなぁ……」
「えっ?」
奴とは共に死線をくぐった仲だ。奴としか分かり合えないところもあるだろう。そんな奴と俺は飲みたい。そう思い、強く頷いた。
「行くか! アイツとも飲むか! 祝杯だ!」
「まっ、待ちましょう!? コメオさん、それは待ちましょう! ぎっ、ギンコさん、ギンコさんからも何か言って」
「かんぱーい!」
「かんぱーい!」
祝杯は素晴らしい。とっても素晴らしい。だってこんなに幸せ。かんぱーい! おさけうめー。
「あ、ああ、どうしよう。こ、こんな、こんなときは」
「やっはーコメオちゃんにギンコちゃん! わざわざ超特急で来てあげたよ~。……わ、すご。もうできがってる」
店の扉を開けて、ハッピーちゃんが現れた。店員さんと軽くやり取りをして、こっちの席に合流してくる。
「あ、君たちが新参ちゃん? 名前、何てーの?」
「あ、はい。私はチセと言います。えっと、あなたは……」
「『ハーピー印の配達業者』社員、ハッピーちゃんだよ! 未成年? お酒飲まされたりしてない?」
「え、大丈夫です。してません」
「んふー、そっかそっか」
そっちのもう一人は~、何か見た目通りの年齢じゃなさそうだしいっか。とハッピーちゃんはキッシー君を見て自己完結。そのあと、こっちに寄ってきた。
「二人ともいい子いい子♡ 酔っても節度は失ってないみたいだね」
何か撫でられる。見上げるとハッピーちゃんの羽がわさわさしている。んー?
「何か俺褒められることした? あ! したわ! ハッピーちゃん、俺世界唯一の単独爆発熊討伐の記録保持者になった!」
「えー! 世界唯一! すごいね。それで祝賀会かぁ~。これなら社長連れてくればよかったかも」
「ご褒美くれ」
「えー♡ いいよぉ~? じゃあじゃあ、ハッピーちゃんのキスをあげちゃう! なーんてもごっ!」
許可をもらったので抱き寄せてキスをした。うーん柔らかい。ギンコはこういうとき舌を入れてくるのだが、ハッピーちゃんはそういう事はしないらしい。ちょっと甘酸っぱい感じ。解放する。ハッピーちゃんのお顔はまっかっかだ。可愛い~。
「え、あ、あ、わ、わ、あ」
「ハッピーちゃん、愛してるぜ! ギンコ~、ハッピーちゃんにも酒頼みたい? いい?」
「あぁん~? ハッピーちゃん~……? じゃあ儂にも接吻せよ。そしたらむっ」
ひざの上のギンコに、上から被せるようにキスをする。するとやはり舌を入れてきた。可愛い。舌を絡め返す。やわらかいところ同士で触れ合うのは何か気持ちいい。けど呼吸に限界が来て、「ぷへー」と離れた。
「うむ! よいぞ! 店員よ! 大吟醸をひとつ!」
「え……あ、アタシ、こんな雑なノリで、ファーストキスを……?」
「ふぁ、ファーストキスだったんですか……?」
「うん……。え、どういう感情になればいいのか分かんない……。コメオちゃんは確かにこっそり狙ってたけど、えぇ……」
「コメオさん、やっぱり思った以上にライバルが……」
チセちゃんがあわあわしていると、キッシー君が目を怒らせて言ってくる。
「師匠! 今見ていましたが、だれかれ構わず接吻はよくありませんよ。男たるもの一途でなければ」
「おっ! そ、そうです! 言ってあげてくださいキッシー君さん!」
「んん!? ……どういうこと?」
「つまりですね。……僕にも分かりません」
「そっかぁ」
「ダメだった~……!」
酒が届く。「ハッピーちゃんお酒大丈夫?」と確認する。「え、あ、うん。それは大丈夫……」と言われたので、徳利に目いっぱい注ぐ。そして差し出す。
「ささ、駆け付けいっぱい」
「かんぱいじゃー!」とギンコ。
「かんぱーい!」と俺。
「かんぱい、です」とチセちゃん。
「乾杯」とキッシー君。
「か、かんぱーい……」とハッピーちゃん。
祝杯を挙げる。飲む。いい気分になる。つまみを食う。おいしい。幸せになる。
「あ、このお酒おいし……」
「うまかろ~? 儂のお気に入りじゃ。ハッピー、そなたなかなか行けるクチではないか」
「……何か、ギンコちゃんに上から物言われるの腹立つね」
「な! 何をう! 儂がそなたの何倍生きてると!」
「まぁまぁギンコ。はいわらじかつあーん」
「あーん。んー! うまい! やはりわらじかつじゃな」
「俺も食お。あーやっぱうめーな。たまんねー」
最高。何だか力が抜けてきて、俺はギンコの頭に顎を置いた。ぴょこぴょこする狐耳が俺の両頬を叩く。もっふもふや……。
「いやー……。どんな飲み会になるのかなって思ってきたら、思った以上に飲み会だね~。この二人ってこんなに頭よわよわだったっけ?」
「いえ。昨日はすごい、その、魔法についてとても知的な話をされてましたよ?」
「じゃあ~、こんなに弱ってる二人が揃ってるのは、けっこうレアなんだ~♡」
ふっくしゅ~、し放題じゃーん! そんな物言いのハーピーちゃんがじりじり依ってきたので、俺はとりあえずまた抱き寄せて、ハーピーちゃんにチューしておいた。
今度はちょっと長め。
「ふもっ、ふもー!」
「……コメオさんって、酔うとキス魔になるんだ……。覚えておこう……」
チセちゃんがしみじみ呟いている。俺は長く熱烈なキスをハッピーちゃんと交わして、それに嫉妬したギンコとも交わして、恥ずかしそうな柄物欲しそうな顔のチセちゃんには米国式触れないキスをプレゼントしてドキッとさせ、あとついでにまた苦情を入れてきたキッシー君ともして、再び乾杯した。
最高の夜だった。
正直それ以外覚えてない。
翌日、帰宅した覚えのない俺は、意外にもちゃんと自室のベッドの上で寝ていた。
「……あ、頭。われ、割れる……ぐおお……」
俺はうめき声を上げながら身じろぎをしようとして、体にのしかかる重みがそうさせてくれないことに気が付いた。んん、と思って視線を下げ、絶句する。
「……マジ?」
そこに居たのは、全裸のギンコとハッピーちゃんだった。どちらも丸まって、俺の胸元を枕に布団をかぶって眠っている。
「……」
俺は沈黙し、それからしばらく考え、こう呟いた。
「これは……やったなぁ……」
やってしまった。俺には何の記憶もないが、やらかしてしまったらしい。責任は取らねばならないとして、ひとまず俺は、未成年のチセちゃんがここに混ざっていないことに、最後の一線を守った己に胸を撫でおろすのだった。
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