第39話 幻想魔法/空想魔法

 チセちゃんのゴブリン討伐映像を、再生していた。


「……んー……」


 視覚レベルの分析だと、本当に不思議しか言えないような攻略だった。挨拶を交わし、そのまま抵抗も受けずに生きたままする。こんな攻略が、そのまま誰にでも使えるとは正直思えない。


「助けて!」と叫びながら殴りかかる戦法もないではないが、それそのものは小手先レベルのものだ。ここまでスムーズに行くとは考え難い……難いよな? 何だか分からなくなってきた。


「順当に見れば、空想転写魔法っぽいんだけどなぁ……。痛みのない世界で育ってきた一方で、他人の血ばっかり他人のそれとして見てきたような世界観の持ち主の空想転写なら行けなくは……ううむ」


 俺がよく使う概念抽出魔法などの幻想魔法体系とは、また別の体系の魔法群。魔法らしい魔法を扱うそれの中でも、より根源に近い使い方。空想転写魔法はその一つだ。


「けど、あの若さで……? 原初魔法って新しい分野だし高校生で習わんよな……? 俺が知ったのも大学の魔法サークルでだし。原初魔法専攻でも空想魔法は素質がないと厳しい……いや、それで言ったら加護巡りなんか素質だけしか見られないクソだが」


 思考が横にそれ始めたのに自覚して、俺はARディスプレイの樹形図の中心に「空想魔法?」と記して、机から立ち上がった。


「でも空想魔法って、幻想魔法より子供向けだよなとは常々思ってたんだよな……。狭くて誤った世界認識は空想の苗床にはピッタリだろ。それに思春期特有の肥大化した自意識は、膨らませた空想を躊躇わずに現実へ転写できる」


 それをある程度大人になってきた大学生に学ばせても、まぁ上手くいかないだろう。常識という共通幻想を抱けるようになった大人は、幻想魔法を使えこそすれ、空想魔法は使えない。


 もちろんねむのように子供のころから使えれば、今でも使えるという例はあるのだが。


「子供に空想魔法を教えて上手くいけば、結果としてお子様ヒーローが生まれちまうわけだが、ある意味空想魔法体系の理想像に近い……うーむ」


 実際、空想魔法を自在に扱う人、というのは芸術系の人間が多い。空想魔法体系だけ何故か芸術大学で専攻があるほどだ。そしてそういう人たちは、空間単位で独創的な時空間を形成する。扉をくぐれば夢の国(鑑賞料1000円)といった感じ。


 それ故空想魔法の遣い手は総じて線が細く、RDAプレイヤーで空想魔法を使うようなタイプはとんと見たことがなかった。俺は部屋の中をぐるぐる歩きながら、育てる路線としてそっち方向がいいのでは、と吟味する。


「コメオ~、返ったぞ~」


「ただいま戻りました~。ここの温泉すごくいいですね~、和んじゃいました~」


「おうお帰り二人とも。仲良くなったみたいだな」


 俺が声を返すと「まぁ色々話したしのぅ~」「そうですねぇ~」と半分のぼせたような会話を交わしている。「例えば?」と尋ねると、二人はこう答えた。


「コメオさんには手を出すなとかですかねぇ~」


「わっバカモノ! その話をここで出すか!」


「言っちゃダメとは言われてませんもーん!」


 本当に仲良くなったのな、と思いつつ、俺はコメントに困ったのでひとまず静観の構えだ。でもギンコそういうところあるよなぁとはちょっと思ってた。独占欲◎。


「ほっ、他にも話したぞ!? そう、例えば迷宮攻略などに関しての話題などじゃな!」


 ギンコが慌てて話題をそらしにかかったので、俺は乗っておく。


「へぇ、というと?」


「未確認迷宮についての話などを聞いたぞ。詳しくはチセの方が知っておろう」


「あ、はい。コメオさんはすでに知ってらっしゃるとは思うんですが、その、『攻略以上に侵入することが難しい』みたいなダンジョンと言いますか」


「ああ、はいはい。ちなみにここの次はそういうダンジョンの予定だぞ」


「えっ、そうなのか」とギンコ。アレ、言ってなかったか。


「うん、その予定。つーか次の宿がその入り口そのものみたいでさ。入って、何だろうな、何かすると飲まれるらしいんだよ」


「何かって何じゃ」


「それが分かったら苦労しなくね」


「それはそうじゃが」


 釈然として居なさそうなギンコに、俺は一度、仕切り直すような感じで説明を始めた。


「じゃあいい機会だから説明するんだが、このダンジョンはチセちゃんの言う未確認ダンジョンの仲間で、何なら飲まれて帰り方が明確に確立されてないタイプのダンジョンらしいんだな」


「ひょっ」とギンコ。


「中々怖いですねそれ……」とチセちゃん。


 俺は構わず続ける。


「んで、一度飲まれて脱出したら、二度と飲まれないんだそうだ。RDAプレイヤー泣かせのダンジョンだけど、だからこそ挑みたくなった」


「コメオよ、一つ質問良いか?」


「はいギンコ」


「儂だけが飲まれた場合はどうするのじゃ?」


 とても不安そうにギンコは言う。俺はそれににっこりと笑って、親指を立てた。


「……え?」


 ギンコが顔を真っ青にする。あ、これダメだ。ダメなタイプの冗談だ。慌てて俺は否定する。


「いや嘘だよ。サムズアップに嘘もクソもないけど。同じ部屋で普通に過ごす分には飲まれるようなことはないらしいから、どっか部屋移動するときは必ず手をつないでれば何とかなるだろ」


「つまり、儂も飲まれるという事か?」


「ああ、まぁ、そうなる、かな? 分からん」


「……」


「……」


「守ってくれるか……?」


「いや、もちろん。それが出来ない腕ではないっていう確信の下の考えだから安心してくれ」


「うむ……まぁ、それならよかろう……」


「け、結構ギンコさんも振り回されてるんですね……」


「だからその辺りは説明したであろう……。こやつは最終的にはテコでも動かぬ」


 何か不本意な認識だなそれ。


「それで、コメオさんは何をされてたんですか?」


 こちらに近づいてきて覗き込んだチセちゃんは「あ……ちょっと恥ずかしいですね」と俺の手元を見て赤面した。ギンコはちょっとムッとしながら「何を見ておるか。やはりコメオ、お主……」と疑わしそうな顔をする。


「ギンコ、この動画を最初から最後まで見たら、お前もそんなこと言えなくなるぞ」


 俺が返すと「ほう? そこまで言うなら見せてもらおうか。確かに風呂での会話で少々普通とは違った小娘である、とは気づいたが……」と言いながら、再生する動画をギンコは見始めた。


 俺は何度も検証した動画を眺めつつ、風呂上がりの女の子二人に囲まれ、湿度の高さに無の表情をなる。こういうときマジでどういう顔していいか分からないんだよな。照れるというには慣れてるんだが、何も感じないほどは枯れてないというか。


 そんな微妙な気分でいると、気付けば動画が終わっていた。ギンコは「なるほど……、これは……コメオが目を掛けるのも不思議ではない」と渋い顔をする。


「今まで分析をしていたのか?」


「そうだな。これを何の原因もなく起こしてる、と見るのはRDAプレイヤーとして純朴すぎる。幻想体系じゃなくて空想体系の魔法で、かつ無自覚に発揮してるんじゃないかってのが今の所の推論」


「そう……じゃろうな。いや、しかし挨拶と言う手順が踏まれているから、そこで日常という幻想を引き出して小鬼に適応しているということはないか? 精神魔法との掛け合わせ、というか。幻想空想どちらも使っているように儂には見えた」


「幻……想? 空想……? 魔法の話、ですよね? 火魔法とかではなくですか?」


 チセちゃんが首をかしげるのを受けて、「ああ」と俺は簡単に解説する。


「新しい概念として、幻想魔法体系、空想魔法体系っていうのがあるんだよ。結構新しい概念で、高度だから大学とか行かないと習わない学問の一つでさ。例えば俺のブレパリ概抽なんかは幻想魔法」


「ああ! 私調べましたけど、難しくって……。どういう事なんですか、幻想魔法って」


「そうだなぁ、簡単に言うと、常識と論理の力を借りるのが幻想魔法なんだよ」


「常識と、論理……」


 オウム返しをするチセちゃんに、「ああ」と俺は続ける。


「例えばブレパリ概抽ってのはさ、ソードブレイカーって武器にまつわる概念=常識を抽出して、物理法則を無視して現実に適用する魔法だ。ただ、この動きってとある存在がなければ成立しなかったって言われてるんだよ」


「とある存在って?」


「ゲーム。特に『パリィ』って技の存在するアクションゲームだな」


 俺は検索した最近のゲームを紹介する。ゲームよりリアルダンジョン派らしいチセちゃんは、「へ~、そんなのがあるんですね」と他人事だ。


「それで、何でこのゲームがなければ、概念抽出魔法であの動きは出来なかったって言われてるんですか?」


「プレイ動画見せるな」


 俺は適当な実況プレイ動画を探し、スクロールバーを弄ってそれらしいシーンを再生する。すると見覚えがあったのか、チセちゃんは「あ!」と声を漏らした。


「これ……コメオさんの動きそっくりです」


「だろ? つまり、こういうアクションゲームが人気になって、みんながこの動きを知って、かつあの武器に適合した概念で、さらに俺がその動きをまんま模倣したから『パリィ』っていう効果が現実に適合されたんだ。こういう、常識とか歴史とか、そういうのをして『幻想』と表現したから、幻想魔法なんだよ」


「ほ~……」


 そこで、ギンコが「儂からも補足してよいか?」と口を挟む。ギンコはこの手の知識は俺よりも深いので「待ってました」と促した。


 ギンコは「ごほん」と一つ咳払いをしてから始める。


「今言ったコメオの常識、歴史、という言葉は合っているのじゃが、多少曖昧な言葉ゆえ、より理解に易い説明だといいかと思うてな。というのも、常識、歴史、と言われても、そもそも常識とは個人個人で異なるものであろ? それを借りる、と言われても、人によって違うではないか、となってしまう」


「あぁ……確かに、ちょっとそこはピンと来てなかったかもです」


「それより儂は、この言葉を、『一定人数以上の共通認識』という言葉に変えたい。あるいは『一定量以上の信頼係数』という言葉でもいいな」


「共通認識……信頼係数……」


 ぽかんとしながら、チセちゃんはギンコの話を聞いている。ギンコは意気揚々と続けた。


「現実ではそういう動きが存在しないことは、当然みな知っておろうが、それはそれとしてげぇむで見たことがある、という人間が全世界でかなりの人数いる。そうなると、コメオのあの動きは『物理法則を完全に無視した意味の分からない動き』ではなく、『現実では見ないものの、げぇむでは頻繁に見る動き』という事になる訳じゃ」


「んん~……! となると、となると……」


 チセちゃんは両手でこめかみのあたりをぐりぐりして頭を悩ませてから、自分の言葉で確認してきた。


「みんながある程度理解している、という共通認識の、つまり集団幻想の力を借りる、というのが幻想魔法、ということですか? みんなの力を分けてくれ、みたいな」


「ほう! 素晴らしい。チセよ、そなた中々筋が良いぞ。鍛えがいがある」


「あ、え、ありがとうございます……えへへ。その、それで空想魔法っていうのはどうなんですか?」


 褒められてやる気を出したのか、ギンコはもう一つの原初魔法について質問してきた。それに、俺は「ああ、こっちは簡単だぜ」と答える。


「空想魔法は、『俺の空想は現実にも勝る!』みたいな情熱を叩き付けるイメージだ。ちなみに学校で習う普通の属性魔法も、亜人が使う種族魔法もこれ」


「た、確かに簡単ですね」


「コメオの説明は単純にしすぎなきらいもあるがな。属性魔法とて、亜人台頭時代ならともかく、今は亜人も魔法も当たり前に近い。そして当たり前という事は、どこかで幻想魔法の力を借りている、という事じゃ。長い期間で見ると、同じ出力のはずの魔法が、じわじわと威力が増しているという研究結果もある」


「へぇ~! 面白いですね」


「じゃろう? では、ここからが発展編よ。現代で確認された、特に面白い事例を一つ紹介してやる」


「聞きたいです!」


 チセちゃんはワクワクした様子で、前のめりになってギンコに言った。いいな、風呂でだいぶ打ち解けてきたらしい。俺が引き合わせた手前、ぎくしゃくしてると気まずいからな。


 あとどうでもいいけど、こう言って飛び出すギンコの昔話はマジで面白いから俺もワクワクしている。


「では今回幻想魔法についての面白事例ということで……八尺様事件について話そうかの」


 あ、オチ読めちゃった。


「昔々あるところに……いんたーねっとがやっと普及した、という時代に、ある怪談が流行した。それは八尺もある正体不明の女が、田舎の少年を狙って襲い来る、という怪談じゃ」


「は、はい。有名ですよね。……でも、昔はそうだったんですか? 今は何かもっと……」


「そう。昔はな、非常に力の強い、片田舎を支配するような祟り神に類する存在だったのよ。八尺様、という存在はな。だがその怪談が非常に人気になり、いんたーねっと上に流布する中で……一人の変態絵師が、八尺様という題材に目を付けた」


 はい。


「八尺様の怪談のあらすじは、先ほどの通り、少年をつけ狙う身長の非常に高い女、というものじゃ。それはそれとして、当時のいんたーねっと上には、18禁界隈で妙齢の女性と少年が結ばれる、というのが非常に力強いジャンルとしてあった」


「そ、そうですね」


 チセちゃんは赤面しつつ聞いている。何と言うかうん。オネショタだね。


「そこでそういう分野の女性役にあてがわれてしまったんじゃな、八尺様は。そして、その絵そのものも非常に人気を博し、様々な絵師たちが群がって八尺様を、豊満な肉体を持った長身女性という属性で描いて描いて描き散らした」


 結果はどうなったと思う。とギンコは問う。チセちゃんは顔をこわばらせて、答えた。


「その通りに、なってしまった、ですか……?」


「その通り!!! 八尺様は力強い祟り神という権能こそ奪われないものの、実質として親しまれる存在に変貌した! 結果奴は少年に目がない変態女として、全国を行脚する美しき怪力女に……!」文字面が威力ありすぎるんだよな。


 語りに熱が入りすぎてしまった、とギンコはまたもや咳払いをして、話を締め始める。


「そんなわけで、目を付けたものを連れ去ってしまう恐ろしい祟り神は、力こそ奪われないものの、実質的に無力化された。つまりは、『幻想が変化した』のじゃ。恐ろしい神は消え、えっちなお姉さんが残った。いや、ある意味これも恐ろしいが……」


「……そっか。共通認識ができたから、それに影響を受けて、現実が変わってしまったってことですか」


 チセちゃんは相当理解が早く、この事例の本質を言い当てる。


「つまりは、そういうことよな。幻想が変わり、世界が変わった。これが共通認識を作る、信頼係数を上げる、という行為の恐ろしさよ。これも一種の幻想魔法じゃな。つまりは、『幻想を変える』という形で世界そのものを変えてしまう、最も無差別で広範囲な魔法よ」


 この魔法によって影響を受けたものは多い……例えば最近コメオにやられた鬼子母神とかな。とギンコは〆た。


ああ、確かにアレから「キッシー君強いけどママは弱いね」みたいな話をツイットで見ることが多い。レタチョコでも「キッシーママ可愛くしてくれてサンクス!」と謎のお礼を言われるほど。


「となると、空想魔法って幻想魔法に比べるとあんまり強くないんですか?」


 チセちゃんの質問に、俺とギンコは揃って「「それは違う」」と否定を返す。


「幻想魔法っていうのは、この通り非常に制限が多いんだ。大人数で何かやって、初めて効果を持つ。それまでは何もできないんだ。逆に、空想魔法は個人の力に依存する分、かなり自由度が高い」


「真の空想魔法の遣い手ははっきり言って神に近い存在ぞ。個人の癖に、小規模範囲ながら世界を作り替える。しかもその新しい世界がもし人気を博し過ぎたら、自然幻想魔法に至り、文字通り


「ダンジョンボスって全員空想魔法の遣い手だっていう意見もあるしな」


「自分の世界を有していて、その領域でなら復活の仕組みを有さずに復活するからのう……。奴らは真の不死よな」


 俺たちの説明に、チセちゃんはキョトンとまばたきしている。難しい話をしてしまったかな、と俺は頭を掻いて、「総括すると」とまとめにかかった。


「幻想魔法は、幻想の力を借りるやり方と、幻想そのものを変えるやり方がある。前者はちょっと特殊な魔法という感じで、後者は世界そのものを塗り替える。

空想魔法は自分の空想を現実に叩き付け、強い情熱で書き換える魔法だ。属性魔法はすべて空想魔法に分類され、一方で上位のものは小規模な別世界を構築しうる」


「補足するならば、幻想を変え得る魅力的な空想魔法は、それ単体で世界を丸ごと変貌しうることを覚えておくといい。その領域に至ったならば、もはやそれは神も同然。まったく、恐ろしい世に生まれてしまったものよな」


 肩を竦めながら言うギンコに、チセちゃんはワクワクを隠しきれず口元をふにゃふにゃさせながらも、「べ、勉強になります」と首を垂れる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る