第11話 買い出し、参拝、そして練習in雑司ヶ谷2

「それで? 一体何の用で来たのかしら。我が懐かしの旧友と、我が迷宮の攻略者さん?」


 キッシーママが腕組み警戒のまなざしで言うので、俺もそれに乗っかって「何でなん?」とギンコに聞く。


「だから言うたであろう。旧友に会いたくなったのじゃ。コメオの配信では随分元気そうでほっとしたぞ」


「どこが。この子に振り回されっぱなしだったわ。あんな攻略されたの初めてよ。こっちの攻撃がろくに通らないのだもの」


 ビシッとキッシーママに指をさされたので、俺はいなしの構えだ。


「まぁまぁ、相打ちみたいなもんだったじゃん。なぁキッシー君」


「だから何で僕のことをキッシー君と呼ぶんだ……? というか、アレのどこが相打ちだ。一撃入れて倒したと思ったのに、そのまま剣を折られ毒を入れられ滅多切りだ。隙を見て打ち払おうとしても隙は無かったし。問答無用で何も出来なくなって。……怖かった……」


「そりゃあ人間半分に割られたら死ぬけどさ、死ぬまでにはタイムラグってもんがあるだろ。完全にこと切れるまでは、あらゆる動物、みんなゾンビみたいなもんだぜ。だから無力化能力に長けた剣とかで、滅多打ちにして完全に黙るまでやるんだよ」


 殺した後に黙らせるのが、殺し合いの基本のキってね。そう語ると、キッシー君は何か刺さるものがあったのか、唐突にどこからか巻物と筆を取り出して記し始める。


「コメオ殿」


「ん? なんかいきなり丁寧になったなキッシー君。何だよ」


「いきなりですが、弟子にしてもらえませんか」


 おおう衝撃発言。ギンコはお茶を口に付ける寸前で目を丸くしているし、キッシーママなんか半ば立ち上がって抗議してきた。


「坊や!? あなた何を言っているの!?」


「お母上! これは長年伸び悩んでいた好機なのです! 様々な神々を支持して免許皆伝をいただいてきた僕ですが、ここまでの実力者、しかも短命な人間に圧倒されたことはない! さらに力を付け武神へと至るには、この好機は逃せないのです!」


「うっ、うぐぅ……」


 キッシーママ、ママなだけあって息子には弱いらしい。ウチのママは俺に厳しいのにな。


「コメオ。戸籍上仕方なく母と言う立場を取っているが、お前を息子だと思ったことはないぞ」


「それはそう」


 出会ったときすでに背丈一緒だったもん。同世代の女の子だと思ったのだ。


「それで言うと、ギンコ、あなたまた連れ合いを変えたのね。人間と共に生きるのは、その短命に振り回されることよって教えてあげたのに」


 キッシーママはキッシー君から目をそらし、ついで話題もそらす目的で、ギンコに話しかけた。


「最初は『長生きもしないし地位もいらない。この人と共に生きて死ぬ』なんて言ってたのに、尻尾も格もそんなに増やしちゃって。妖怪と言えども変わるものね。最初の人への愛はどこへ行ったのかしら」


 キッシーママが、どこか責めるような声色で言う。何かギンコのそういう話聞くの気まずいな、と俺はなるべく聞かないように、キッシー君のお願いについて考え始めた。


 一方ギンコはズズッとお茶をすすってから、「何を的外れなことを言うておる」と冷静に返す。


「確かに儂は別れを経る度に、修行をし、尻尾を増やし、格も上げているが、根本的なところは何も変わらぬ。連れ合いとて、変わっているように見えるだけじゃ。最初に選んだ者から、儂は変えたつもりはないぞ」


「……え、あっ、そういう事なのね。面影ないから気づけなかったわ。そういうこと。……あなたも一途ね。いじらしいわぁ~」


「撫でくるな撫でくるな」


 キッシーママから伸ばされた手を、ギンコは嫌がって避けている。俺はほかのことを考えていたから何のことかよく分からず、とりあえずキッシー君に返事をした。


「要するに師匠役やれってことか? いいけど、長期間は無理だぞ。俺たち一週間もしない内に違うところ行くし」


「え! そうなのですか。ちなみにどこに?」


「秩父。爆発熊を殺しに行くんだ」


「おぉ……何やらよく分からないが、武者修行のようなものですか。流石師匠……」


 早速の師匠呼びである。ちょっとむず痒い。


 だから俺は立ち上がって、思いついた妙案に実行を移すため、早速ギンコに一つ確認を取るのだ。


「んじゃ、そうだな。ギンコ、この敷地内にいる限りはデート扱いでいいよな?」


「ん、まぁよいが。何をするつもりじゃ?」


「模擬戦。あと配信も。ダンジョンでしか普通会えない強敵と外で会ってバチるなんて、RDAプレイヤーでもめったに経験できないぜ。配信するしかねぇだろ」


 今からでも遅くない。むしろ人生通して始めるなら今が一番早い。俺は基本的に、あらゆる物事にそういうメンタリティで挑むことにしている。座右の銘である。


「コメオ、お前も大概さーびす精神旺盛じゃのう……」


「ねぇギンコ、配信って何?」


「ご子息とコメオがやり合うのを、ねっとわーく経由で観戦してもらう、という感じじゃ」


「……? よく分からないけれど、害はないのよね?」


「参拝客が増えるかもしれんぞ」


「ならいいわ。模擬戦ね、適した庭があるからそこでやって頂戴」


 キッシーママが許可を出した瞬間、和室を囲んでいたふすまが勢いよく開かれた。その先には、草などが取り現れた、試合向きの地面がある。


「お、おお。いきなり模擬戦か。嬉しいです師匠。ぜひやりましょう」


「よしよし。じゃあギンコ、デバイスやるから撮影しててくれ」


「よかろう」


 デバイスを渡しながら、俺は縁側に並べられた草履をはいて庭に出た。ARディスプレイから配信開始を選択する。今日は告知とかしてなかったので、まだ集まる様子はない。まぁアーカイブが残ればいい気はするが。あとツイットもしておくかな。


「『昨日の敵は今日の友!? 鬼子母神様(キッシーママ)の息子と仲良くなったので模擬戦してみた』……と。よし完璧、やろうか」


『昨日の今日で仲良くなってるの草』


 早速コメ欄に湧いて出たので、「そりゃ俺ほどのコミュ強になればこのくらい」とイキって返しておく。


「ん? 今誰と話したんですか、師匠」


「視聴者」


『ツイットよし!』『告知なしに配信するな』『遅れるところだったわ』『師匠ってどゆこと?』


 続々集まってくる視聴者に、俺は「んー」と少し考え、デバイス側から読み上げ音声が聞こえるように設定し直した。『息子君改めて見ると美ショタじゃん可愛い』とショタコンコメントが合成音声で再生され、「むっ」とギンコが驚いて跳ねる。


「これで視聴者の声が俺たちにも聞こえるようになったので、何か言葉を返したいときは各々適当に返してやってくれ。と言う訳でうーっすどうもどうも。コズミックメンタル男チャンネルです。今日はキッシーママの息子ことキッシー君とやり合える機会を得られたので、RDAのために弱点分析したいと思いまーす」


『マジ?』『なんだそれすっげ』『んでもコメオが相手かぁ』『キッシー君の可哀そうな未来が見える見える……』『キッシー君可哀そう……』『キッシー君頑張れ!』『コメオなんかぶっ倒せ!』


「師匠は……嫌われているのですか?」


「いやー……わざわざ見に来てるんだから、そんなことはないと思いたいが。まぁいいや。ということで、この子がキッシー君です。ご挨拶して」


「こっ、こんにちは。え? き、キッシー、です。ん? んん?」


『戸惑いがちで可愛い食べちゃいたい』『イイゾォーコレ』『本当に可愛いわね、お尻ガン掘りしたいわ』ホモが湧いてる。


「!? え、お尻……!? 掘り!?」


「はいコメント~。この通りキッシー君とても純朴なので、ホモ会長がらみの語録は使わないように。可愛いが限界ラインな。それ越した奴は旧雑司ヶ谷ダンジョンに放り込む」


『ひぇ』『慎みます』『昨日のコメオ、攻略直後に死んでたよな……』『コメオが死ぬようなダンジョンで一般人が生き残れるわけないだろ! いい加減にしろ!』


「ちなみに昨日のゾンビじゃない方の俺の死因はキッシー君の一撃だから、可愛いからって舐めないように」


『ヤバい奴じゃん』『つっよ』『昨日の配信、録画が一部ミスってて情報がないのが痛いな……』『すでに戦う気の奴がいて草』


「おし、じゃあいい感じに状況説明が終わったと思うので、やり合いたいと思います」


 俺はコメ欄との戯れを終えて、常に持ち歩いているソードブレイカーと毒クナイを取り出した。装備しながら「何か長物ないか?」とキッシー君に尋ねると「僕の刀をお貸しします」と投げ渡される。


「サンキュ。お、業物じゃん。いいね」


 受け取って抜くと、濡れたような輝きを放つ刀身が現れる。これはいい。いつものロンソ(3000円)よりよほど切れそうだ。


 鞘を払って、俺は抜き身で構えた。と言っても、構えらしい構えではない。右手にソードブレイカーを構え、左手に刀を控える。後はどうとでもなる。そういう風に組んである。


 キッシー君も、同様に構えた。剣道でたまに見る、上に構える奴。上段とか言っただろうか。それだけで、かなり好戦的な印象を受ける。


「キッシーママ、復活場所ここに指定し直していいか?」


「ええ、もちろんよ。坊やがあれほどいうんですもの。相手をするのであれば、徹底的にお願いするわ」


「よしゃ」


 俺はARディスプレイからリスポン地点を客間にセットし直して、戦闘の準備を終えた。息を長く吐き出す。呼吸も意識も、深く深くに持っていく。


 キッシー君も、同様だった。先ほどまでの、少し浮足立った様子はもうない。彼はひどく冷静で、それ瞳は静かにギラギラと輝いている。


「では、両者向かいあいて―――」


 ギンコが判定員の役を買って出る。片手を挙げ、そして、振り下ろした。


「始め!」


 飛び出したのは俺とキッシー君の両方だった。二人揃って刀を振るう。だがぶつかり合わない。ぶつけない。刀と言うのは、時としてひどく脆いものがゆえに。


 間合いギリギリでの剣閃は、眼前をかすめるほどギリギリだ。ひやりとしてしまう。なるほど、普通にやったら互角に近いなこれは。


 だが、キッシー君が求めているのはさらなる上。現代技術をふんだんに使った、あの型破り戦法だろう。コメ欄も『はやく変態挙動しろ』『お前のパリィが見たかったんだよ!』とうるさい。


「分かったよ、じゃあいっちょやるか」


 俺は一歩距離を取って乾いた唇を舌で舐める。それから大きく息を吸い込み、叫んだ。


「スキルセット『A』!」


 戦闘統括アプリ『ブレイカーズ』が『Tatsujin』『マルチチャンター』をはじめとした様々なアプリを立ち上げる。俺の身体が一連のモーションに最適化された体勢に移行する。キッシー君は、どうやらここに隙を見出したらしく、迷わず肉薄してきた。良い勘してるぜ。そういう強敵相手のセットなんだよ、これ。


「行くぜ」


 俺はキッシー君の接近に合わせて『縮地』をし、意表を突く形で彼の眼前に躍り出た。キッシー君は一瞬戸惑うがそれでも歴戦の剣士。すぐに冷静さを取り戻し、刀を振り下ろす。


 そこに合わせられるのが俺の刀で行われる二つ目のスキル『いなし』。キッシー君の一撃は俺のしなやかなに受け流されて空振りする。


 そして俺は、自動で次のスキルを発揮した。『燕返し』。『いなし』で振るわれた刀は即時反転してキッシー君に襲い掛かる。


 だがキッシー君はそれを避けた。なるほどここまでは対応できるのか、とアプリに自分の身体の挙動を任せている俺は、他人事のように思う。


 だが『A』セットはまだまだ終わらない。続く連撃で刀を振り回しながらキッシー君に追いすがる。キッシー君はかなり表情を強張らせながらもそれに耐えた。受け流し、弾き、避ける。この一日で連撃に対応しやがったこいつ。と思いながら、俺は止まらない。


 『宙返り』が発動して、俺は刀を地面に突き刺し足場にして跳躍した。刀を勢いそのままに抜き取って空中でくるりと身を翻す。キッシー君は瞠目して、汗をかきながら空から襲い掛かるオレに刀を振り被った。


「負けません!」


 俺は笑って言い返す。


「いいや、お前には無理だね」


 俺は刀を構えた。上昇が終わり、落下が始まる。真上。接近。俺とキッシー君が激突する。


 そして、『パリィ』が弾けた。


「なっ」


「だから言ったろ、お前には無理だってよ」


 のけぞるキッシー君の背後に『着地』して、俺は刀で背後から刺し貫いた。キッシー君は血を吐く。これで彼の死は確定だ。だが俺は慢心しない。殺したらちゃんと無力化を始める。


 刀を素早く抜き取り、再び『連撃』を始める。背後からの致命傷と連続攻撃に、キッシー君は対応できない。無力化、沈黙。そして死に、彼は粒子と化した。


『なんだ今の挙動』『人間の分際で空を飛ぶな』『亜人も見てる見てる』『空飛びてぇなー俺もなー』『キッシー君コメオに殺されて可哀そう……』『抱きしめて慰めてあげたいわ♡』『ホモ率高まるなぁ』


 俺の勝利に沸き立つコメント欄だ。「アイムウィナー!」と調子に乗ると『は?』『は?』『黙れ』『勝負に勝てても人間として負けてる』とボロクソだ。それにしてもやっぱ『A』セット強いな。初見で破られたことがない。


「……今、何をしたの」


 観客として見ていたキッシーママが、唖然と呟いた。俺はニッと笑って答える。


「三次元攻撃に対応できる奴ってほとんどいねぇんだよ。だってそんな攻撃してくる奴いねぇんだもん。しかもソードブレイカーじゃないからって、パリィが出来ないわけでもないっつーブラフもあった。ま、案ずるなよキッシー君。こいつに対応できる奴、あんま知らんぜ」


 座敷の奥から出てきたキッシー君に呼びかけると「まだまだ。もう一勝負お相手願います」と庭に降りてくる。


「ん、いいぜ。むしろ願ったり叶ったりだ。キッシーママはそんなに強くなかったからな。どっちかというとキッシー君のボス練をしたかった」


「よっ、弱くないわよ! お釈迦様の御威光がなければ私だって」


「鬼子母神、見苦しいぞ。あれは完全にお前の負けじゃった。だが、次があるからの。そこで名誉挽回するがよい」


 撮影デバイスのマイクのあたりを指で押さえながら、ギンコはそんな風にキッシーママをからかった。「失礼な!」とキッシーママを怒らせながらも自分の余計な声をマイクに入れないあたり、ギンコもバランス感覚いいよなぁなんて思う。


「……というか、次って何よ。迷宮攻略を趣味とする者がいるのは知っているけれど、何度もそう同じ迷宮には入らないでしょう?」


「え、何言ってんだキッシーママ。こっからが本番じゃん」


「え?」「はい?」


 親子そろってぽかんと口を開けて俺を見る。俺は親子だなぁと思いながら答えた。


「俺、さっきも言った通りRDA……リアルタイムダンジョンアタックプレイヤーだからさ、世界最速取るまで迷宮の攻略やめないぜ」


 よろしく、と笑顔で言うと、キッシーママは卒倒してしまった。「お母上!」とキッシー君が駆け寄っていく。 

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