グリム童話集②

 ここは、来るはずだった舞踏会。王子様の花嫁探しだ!

「リュウ、一体どうなってるの?」

「あの本の中に入ったようだが、よくわからん。流れに身を任せながら、様子を見ておる」

「ふぅん、流れに任せて花嫁探しの舞踏会ねぇ」

 痛いところを突かれたリュウに、コンコが悪戯っぽくニシシと笑うと、時計の鐘がボーンボーンと鳴り響いた。

「コンデレラ、魔法が解けちゃうわ! 早くお城を出て!」

 アンヌに促されて城を出て、階段を駆け下りたコンコは慣れないガラスのハイヒールに蹴つまずき、靴を残してゴロゴロと階段を転げ落ちた。


 パラパラパラパラパラ……。


 ハッと気付くと、リュウの顔が凄く近い。

「あわわわわ……」

 真っ赤になって両手をバタバタさせていると、リュウがぽつりと囁いた。

「お目覚めですか、いなり姫」

「僕、寝ていたんだね。どうりで変なことばかり起こるわけだよ。それにしてもリュウ、僕が姫だなんて冗談……」

 で、あってほしかった……。

 周りは、つる薔薇の森。そしてここは棺の中。

「また違うお話!? 今度は何なの!?」

 血相を変えたコンコは、頬を染めて目を背けるリュウの襟首に掴みかかった。

「リュウ! 僕に何をしたのさ!!」

「お姫様を起こすのは、王子様のキスと決まっているわ」

 ちゃんとアンヌはついて来ていたが、コンコはまだ安心しきれずキョトンとしている。

きす……?」

「接吻だ! 接吻!!」

 コンコは唇を噛み眉をひそめて、再び真っ赤になった。襟を掴む手は、今にも首を絞めそうだ。

「ね、寝込みを襲ったの!? この馬鹿! 助平! 破廉恥侍!!」

「おとぎ話の筋書きだ!」

「いなり姫って何なのよ!? このお話は、いばら姫よ!」

 喧嘩はやめろと言わんばかりに棺がバラバラと崩れ、コンコとリュウとアンヌの3人は真っ暗闇を落ちていった。


 パラパラパラパラパラ……。


 3人が落ちた先は、暗くジメジメした小部屋。開け放たれた扉から、遊行僧がふらりと現れた。

『お楽しみ頂けたかな?』

「夜道怪だ、子供をさらうあやかしだよ」

『左様。子拐いには、おとぎ話は好都合だ。本が開かれるのを待っておればよい。その娘も、帰ることを忘れて存分に楽しんでおる』

 夜道怪が錫杖しゃくじょうを3人に突きつけると、その姿は剣を構えたひげ面の西洋人へと変化した。

『だが今は、青ひげと呼べ!』


 リュウが刀を抜くと神父が姿を見せた。へっぴり腰で全身をガタガタ震わせており、今にも泣きそうな顔である。

「ここにいたのか」

「騎士は、ふたりいないとイケマセーン!」

「わかった、お前はいれば良い」

 リュウが斬りかかり、それを青ひげが受ける。はじめて対峙する力技の西洋剣法。

 青ひげに跳ねのけられ、後退あとずさりするリュウ。

 力技なら、それが抜ける瞬間だ。

 ふところに飛び込むリュウ目掛け、剣が斜めに振り下ろされる。

 受けた刀で払いのけ、一歩横へと足をさばく。振り切ったときにはガラ空きだ。

 振り抜かれた太刀筋をなぞるように、青ひげを袈裟懸けに斬り捨てた。

「「Wow! Japanese SAMURAI!」」

 アンヌも神父も大満足である。


 人魂となった夜道怪はコンコが手にする壺へ、ふよふよと向かっていった。

『これで終わったと思うなよ。物語を終わらさなければ、この本からは抜け出せん。お主らにそれが出来るかな?』

 そう言い残した夜道怪は、高笑いをしながら壺に納まり封印された。

「ずるいわ、この本にないお話をするなんて」

「夜道怪を封じたのに、まだ出られないっていうこと!?」

「私に任せて! この本のことは、隅から隅まで知っているわ!」

 アンヌが小さな胸を張ると、壁も床も天井も音を立てて崩れ、4人は闇の底へと落下した。


 パラパラパラパラパラ……。


 着いた先は右も左も祝福の嵐で、空は紙吹雪が埋め尽くし、祝砲までもが放たれている。正面に神父、後ろにはドレスのスカートを掴むアンヌ。足が冷たい、ガラスの靴を履いているようだ。

「何だ、その服は。まるで白無垢じゃないか」

 リュウが言うとおり、コンコは純白のドレスを身にまとっていた。頭には薄い透けた布を角隠しのように被っている。


 ん……? 白無垢? 角隠し?


「おとぎ話の終わりと言ったら、王子様とお姫様の結婚式よ! さぁ、誓いのキスをして!」


 鱚……キス……接吻!?


 コンコは真っ赤な顔で目を回し、頭から蒸気を吹いて陸蒸気のようにシャカシャカとヴァージンロードを離脱する。それをリュウが必死の形相で抱き止めた。

「馬鹿! 帰れなくなるぞ!」

「だって、せっ……せっ……」

「もう2回しているではないか!」

「それは……リュウが無理矢理……」

「何だそれは、語弊があるぞ!」


 それでもコンコの意思は固い。してしまったらリュウを変に意識してしまうし、何よりアンヌに神父、多数の参列者に注目されている。

 コンコにとっては恥辱の拷問に他ならない。


 抱きかかえるコンコを向き直らせようと試みるが、火事場の馬鹿力を発揮され上手くいかない。

「コンコ! おとぎ話だ! 夢だと思って──」


 パラパラパラパラパラ……。


 ダメだったか、次の話だ……。


 4人は本からアンヌの部屋へと吐き出された。

 アンヌはベッドに着地して、リュウと神父は床に落ち、コンコは転げ回って壁にぶつかった。

「……何があったデスカ?」

 アンヌが神父に、誇らしげに話していた。もうコンコとリュウのわかる言葉ではない。

「アンヌがキッスしたデスカー!?」

 リュウがコクンとうなずいた。おとぎ話を何周もしたアンヌには、姫の資格があったのだ。


 物音を聞いたアンヌの両親が駆けつけて、愛娘の元気な姿に涙を浮かべて抱き締めたが、自身はおとぎ話を満喫したので悲しくない。

「おサムライさん、アンヌはあなたと結婚したいと言ってマス」

 それを聞いて、リュウは苦笑した。

「気長に待っていると伝えてくれ」


 コンコひとりだけ様子が違う。

 呪いをかけるように、じとっとアンヌを見つめている。

「おイナリさん、あなたはお姫様なのに王子様とキッスしなかった。そうアンヌが言ってマス」


 ムッとしたコンコはアンヌに向かい立ち上がり

「何だい何だい、偉そうに! 僕にだって、それくらい出来るんだから」

と、リュウの唇を奪って、得意気な顔をアンヌに見せつけた。

「コンコ、今のは必要あったのか?」

 我に返ったコンコは、湯が沸きそうな顔をして倒れ込んだ。

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