気になる彼女の動向
バレンタインの翌日のことだ。
奏と同じ女子高に通う生徒の二人が街中を歩いていた。奏のようにキッチリと制服を着こなすその姿と立ち振る舞いからは育ちの良さが窺えた。とはいえ、彼女たちの話し方というか在り方はどこにでも居る高校生の女の子でもあった。
「あ~あ、奏のやつ急いで帰ったけどどうしたんだろう」
「さあねぇ。ほら、昨日バレンタインだったけど奏忙しそうだったじゃない? だから彼氏にでも会いに行ったんじゃないの?」
「奏に彼氏!? ……いやあの美貌なら彼氏の一人や二人あり得るけど奏だよ!?」
さて、そんな彼女たち二人が話しているのは奏のことだ。
堂本奏――日本でもかなり有名な堂本グループの一人娘であり、その美しい容姿と誰とでも隔てなく接する姿から同性からかなりの人気を集めている。女子高ということもあり、中には奏に対して淡い恋心を抱く女子も居るとか。
そんな奏と同じクラスに所属し、それなりに仲の良いのがこの二人だ。学校でも良く話をするし、お互いの家に行き来することも少なくない。それだけの仲の良さではあるが、最近になって奏に関する謎が増えてきたのだ。
「……奏、彼氏出来たのかなぁ」
「分からないけど……でもあの変わりようは間違いなく男でしょ」
物腰の柔らかさもそうだが、磨き上げられた美しい容姿と可愛らしい顔に似合わない暴力的な肢体……正に神は一体いくつのものを奏に与えたのだと言わんばかりで嫉妬する者も当然居る。
そんな奏だったが、少し前から二人は奏に対し様子が変わったことを感じ取った。
ふとした時に窓の外を見てため息を吐いたり、頬に手を当てて何か想像したのかふわんりと微笑んだり、切なさを感じさせる表情を見せたりと……何か悩み、或いは一喜一憂するという姿が多くなった。
当然クラスでも目立つ奏の変化は二人以外のクラスメイトにも当然見られており、一体奏に何があったのか気になる子たちが増えてきたのだ。
「なんかさぁ……エロくなったよね」
「こら女子高生……まあでも確かにね。なんか雰囲気がヤバいよね」
まるで男を知ったような……というと失礼だが、今までその内側に濃縮されていたフェロモンが解き放たれたようなそんな錯覚させ感じさせるほどだ。だがそれとなく奏に問いかけても話をすればいつも通りなので何とも言えなかった。
「あぁ気になる……うん?」
「どうしたの……え?」
二人は視線の先に居た一組の男女を見て固まった。
男子の方を二人は知らないが、片方の女子に関しては良く知っていた。視線の先で男子と親し気に手を繋ぎ、彼を見上げるその表情はどこから見ても恋する乙女のようで……そう、その女子は今まさに話題に出ていた奏だった。
「マジで男じゃん」
「……驚いたわね」
悪いかと思ったが、二人は好奇心に抗えず彼らに近づく。
ある程度近づいたところで、何かを感じたように奏が振り向こうとしたが、それよりも男子と話をするのが楽しいようでジッと彼を見つめている。
「あんな奏初めて見たわ」
「えぇ……何というか、幸せそうね」
ジッと見つめるその姿はとても健気な印象を二人に抱かせる。あんな風に男子と話す姿を見たことはなかったとしても、奏は基本的に相手を立てるような気質だ。決して我を通さず、相手を尊重するタイプで将来は本当に良いお嫁さんになりそうだとみんなが言っているほどだ。
「あ、別れたよ」
「トイレに行ったみたいね」
男子は一旦奏から離れトイレに向かったみたいだ。
奏はジッとその後姿を見送り、一人になったことで手持ち無沙汰になってしまったのかベンチに腰掛けて退屈そうだ。一人になったのなら話しかけようか、そう思ったもののどう見ても邪魔になりそうだったので近づかなかった。
さて、本当の本当にあの男子は一体誰なのか……奏の彼氏なのか、或いは全く別の存在なのか。
「まさか体を売る的なやつ?」
「馬鹿を言うんじゃないわよ。奏に限ってそんなことあり得ないわ」
「それもそうね。ごめんごめん」
実を言えば彼女たちの知り合いの中でパパ活みたいなことをしている人も居るには居るが、流石に付き合いは減らしている。他人の自由とは言え、体を使ってお金を稼ぐというのはどうも二人には理解が出来なかったからだ。
とはいえ、彼女たちの視線の先で奏に少し変化が起きた。
ベンチに座った状態の奏が体を丸めるように頭を低くしたのだ。右手は胸の位置、左手は股に伸びて……体調でも悪いのかと心配になってしまう。時折ビクッと体が震えたりしていたが、顔を上げた彼女は少し頬が赤いくらいで心配はなさそうだった。
「あ、男も帰って来たよ」
「……てかさ、奏の隣に立つには普通過ぎない?」
男子の顔が見えたので素直な言葉が漏れて出た。
絶世の美女と言っても差し支えない奏に比べて男子は本当に普通だった。しかしどこか魅力を感じさせる優しい雰囲気を感じさせるのも確かだった。何より、奏の様子を見れば口出しをすることが野暮な気もする。
「……奏があんな風にしているのに私たち二人は何してんだろうね」
「本当よ。これ以上は空しくなるし行きましょうか」
それとなく今日のことを聞いてみよう、そう考えた二人だった。
そうして早速翌日のこと、二人は奏に話しかけた。
「おはよう奏」
「おっは~」
「あ、おはよう二人とも」
ニコリと、同性すら魅了する笑みを浮かべた奏に二人は顔を赤くした。二人の様子に首を傾げた奏だったが、奏に話しかけた理由を思い出し早速聞いてみた。
「ねえ奏、実は昨日わたしたち二人で街に出てたのよ」
「そうなの?
「うん。それで……奏が男子と一緒に居るのを見たんだけど」
「……あぁ、見られちゃったんだ」
二人の言葉を聞いた奏だが、特に焦ったりした様子は見られない。まあ仕方ないかな、そんな軽ささえ感じさせる。あれは誰なのか、そう聞くと奏は輝かんばかりの笑みを浮かべてこう答えるのだった。
「私にとって一番大切な人かな……その……もしも許されるなら、今以上の関係になりたいみたいな?」
「……え? あれで彼氏彼女じゃないの?」
「うん。お兄さんって感じ」
「……ふ~ん?」
「お兄さん……あれで?」
明らかに付き合いたてのカップルみたいな男女間の空気だっただけに、二人は奏の言葉に呆気に取られていた。とはいえ奏は別に嘘を吐いているわけではなく、本当にそう思っているようだった。
「……でも、最近ちょっとお兄さんのことを考えてしちゃうことが増えちゃって……でもそれも凄く良いというか……えへへ♪」
そんな奏の呟きは二人には聞こえなかった。
二人にとって奏の新しい一面を知れたわけだが、更に色々と気になるようになったのは言うまでもない。
「……あぁ……お兄さん……っ……いけない奏にお仕置きしてほしいなぁ♪」
「……ねえ奏」
「なんか雰囲気がエロ過ぎるってば……」
何を想像したのか知らないが、桃色の空気を醸し出す奏に声を掛ける。彼女は二人の声に答えることはなく、何かを想像しているのかずっとニヤニヤと笑みを浮かべていた。まあ、そんな笑みですら美しい奏には似合っていた。
「ちなみに奏、あの男子のことって私たちにも教えてもらえる?」
「だ~め♪」
ダメだと、可愛く間延びした声で伝えた奏の表情は二人の脳裏に焼き付けられたのだった。
「……お兄さん」
奏の中で日々大きくなる彼の存在、それは止まることを知らなかった。
一日遅れてしまったがチョコを渡した時、彼はとても喜んでくれた。そんな笑顔が見れただけで奏は幸せであり、更に想いが強くなったのも確かだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます