田貫さんは次こそ断りたい
肥前ロンズ
木津先生と田貫さん
11月は、寒い。
5時になると日はとっぷりと落ち、6時になれば真っ暗。5限目まであると、越県通学をしている身としては辛いものがある。
そして今日も、木津先生のお手伝いをして、駅まで送ってくれるスクールバスに乗り損ねてしまった。――乗り損ねてしまったのである!
「ごめんねー。お詫びに、何かおごるから」
「いいえ……」
本当にな、と言いたいところだが、この背景にピンクのお花を飛ばすようなのんびりした先生を見捨てるのも、良心が痛んだ。悪い先生ではない……ただ、ちょっとパソコンに弱くて、ちょっとパソコンに弱いだけである。最年長の先生はバリバリ使えるのになんでだ……最年長の先生より30歳は若いのに……。
「何にする? コーヒー?」
「ああ、いや……」
目の前には、サブメニューは閉められているものの、まだドリンクは提供されているカフェがある。
どうしようかな、と悩み、私は自分の要望を告げることにした。
■
幼い頃の私にとって、カップ麺というのはご馳走だった。なんて言ったら、怒られるだろうか?
けど、親はコンビニ弁当やカップ麺を滅多に食べさせなかったから、幼い頃の私にとっては、滅多にない食事だった。
お湯を沸かして入れて、3分待つ――。この何気ない工程に、自分の力でご飯を食べたがっていた私は惹かれた。今じゃ、人に任せた方が天国なんだけど。なんで小さいころの私、あんなに台所に立ちたがってたんだろうなあ……?
「電車中々来てくれない上に、待合所寒いんですよ。だから、芯から温まりたくて」
ここは、木津先生の研究室。
電気ケトルですぐに温まったお湯を持ってきた先生に、私はカップ麵を選んだ理由を答える。
隣のコンビニは暖房が利いているのだけど、狭いのですぐ暖房目的の人でいっぱいになる。これから満員電車に乗ると言うのに、人が密集しているところにはあまり行きたくない。
「それにお腹すいていると、なんか悲しくなるじゃないですか。寒いときに冷たいもの食べると気力半減しちゃうし、だからカップ麺食べたくなるんです」
「そーなんだー」
先生は、机の上に置いた『赤いきつね』と『緑のたぬき』を開ける。
……ん?
「あの、先生? 私一つでいいですよ」
「んー?」
「……ってかあの、何で天ぷら取り出してるんです? あれ? 麺も?」
「だって田貫さん、わたしが『赤いきつねと緑のたぬきどっちが好きか』って聞いたら、『どっちも好きです』って言ったでしょー?」
「え、いやそうなんですけど、え、ええ⁉」
――あろうことか先生は、お揚げが乗ったきつねうどんの上に蕎麦をのせた!
そのままお湯をインして蓋を閉める。さらに崩し字辞書を重石の代わりにした。
「えええええ――――⁉」
「カップ麵ってねー、二つ入れるとおいしいんだよー。あ、スープは片方だけね。今回は『緑のたぬき』にしとこっか」
……た、頼んでねぇ。何そのカレーのルー原理。即席麵はそれぞれ完成されてるでしょ混ぜたらあかんでしょ作った人の気持ち考えてよ!!
どうしよう、『お残しなく、人からもらったものは食べる』のが私のモットーだけど、今回ばかりは断りたい。今から満員電車に乗ると言うのに、未知の物に手を出してSAN値を削りたくない。
よし、断ろう。
決意を新たにした私は、先生に断ろうとして、
1:30
断ろうと、
2:30
断ろうと、
4:30
……。
無情にも、タイマーの機械音が、タイプアップを告げた。
「よし、もう食べられるねー」
崩し字辞書をのけて、先生が蕎麦の上に天ぷらを乗せる。あああああもう戻れねぇぇぇ!
「ハシで上手に崩して混ぜてー、はい、完成!」
元々細い目をした木津先生の、満面の笑み。
「…………いたただきます」
断れない自分の弱さに、心の中でひっそりと泣く。
ちくしょー、全身「善人オーラ」を出してからにー。そのオーラに騙されて、どれだけ私がこの先生に振り回されたか! 絶対失敗だよこれ……。きっと魔女の鍋みたいな色をしてるんだ、まともに中身を見られない。狐も狸も喧嘩せず一緒に探検しようってか! 出会っちゃいけない奴もこの世にはたくさんいるんだよ!
などと心の中で思いながら、私は覚悟を決めて口に入れた。
「…………美味しい」
え。まさかの成功例?
「美味しいでしょー?」
「あ、はい……」
まさか、カップ麺を混ぜて食べるなんて。
恐る恐る心の目を開くと、別に変な色はしてなくて、ホカホカと広がる蒸気が、鮮やかな色をした天ぷらとスープ、ほぐれたうどんと蕎麦を、実に美味しそうに見せた。
お揚げはあまじょっぱく、かき揚げと天かすはスープが染みたままカリカリとした感覚もあって、半月の小さなかまぼこは私が一番好きな具。……これ、唐辛子が入ったきつねのスープを混ぜても美味しかったかも。
うどんと蕎麦は喧嘩することなく、かと言って一緒に喋ることも無い。うどんが主張したい時はうどんの味になり、蕎麦の味が主張したい時は蕎麦になった。
気がつけば、ちぎれた麺と、零れたかまぼこと天かすだけが、スープの上に浮かんでいた。
「これねー、大学時代、友達とよくしてたんだー。夜食で『どっちも選べない。と言うか、一緒に食べたい』って言ってねー。
カップ麺食べたいって田貫さんが言ったから、なんだか懐かしくてねー」
そう言って、先生はにっこり微笑む。
いつの間にか、『緑のたぬき』だったカップの中には、半分に次ぎ分けた『きつね+たぬき』の麺が入っていた。いやアンタも食べるんかい。
……でもまあ、一人で食べるより、二人で食べた方が美味しいって言うし。
先生って浮世離れしていて、なんとなく学生からも先生からも敬遠されがちだけど、ちゃんと友達がいたらしい。ひょっとしたら、友達に付き合って出会ったメニューなのかもしれないな。今の私みたいに。
「いつもありがとね。手伝ってくれて」
「……イエ」
先生の言葉に、私はなんだか気恥ずかしくなって、お行儀悪くもくわえ箸なんてやってしまう。
……結局先生の頼みごとを断れないのは、なんかかんや、先生に「ありがとう」と言われることに、こそばゆさを感じているからかもしれない。
人に付き合うことで、得るものもある……かも?
それはそうとして、駅はやっぱり寒かったし、満員電車は辛かった。
今度こそは絶対に断ろう。そう決意を新たにした。
ーーーー
上記の描写は作者の(個人の)感想です。個人の感想です(二回目)。
無理をせずにカップ麺をお楽しみください!
田貫さんは次こそ断りたい 肥前ロンズ @misora2222
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