track.35 審判
「……ここ……は?」
目覚めた僕は、カーテンの閉め切られた薄暗い部屋で、金属みたいな硬い椅子に座らされていた。
手と足は椅子に縛り付けられていて、身動きがとれない。
何なんだろう? まだ頭がボーっとして、状況が飲み込めないぞ。
「アズマ……起きたみたいね」
「ノ……エル?」
まだ少し
彼女はキスでもしちゃうんじゃないかってくらい顔を近づけ、僕の意識がはっきりするのを伺っている。
相変わらず無邪気に微笑みながらも、その目は決して笑っていなかった。
「こんなことしたくはなかったんだけど、でもね……アズマがいけないのよ」
段々と意識がはっきりしてきた。ここは間違いない。この前来たノエルのマンションだ。
僕が完全に覚醒したのを確認すると、ノエルは僕の向かいの椅子に腰かけ、テーブルの上に置いてあった何やら怪しげな機械のスイッチを入れた。
「時間切れよ……教えて、アズマ。フェンリルは一体誰なの? 何の為に奴をかばっているの?」
「ノエル……君は一体何を……!!!!」
ノエルのまくし立てるような問いかけに、僕が逆に質問で返そうとした瞬間だった。雷が落ちたように、体中に強烈な痛みが走り、ひきつけでも起こしたみたいに体が震えたんだ。
「ああああぁぁっぁぁぁああああ!!!!」
彼女はさっきの怪しげな機械の摘みをほんの少し回していた。
まさか、ここまでするとは思わなかった。間違いない。今僕の体には電気が流されていた。
「質問してるのはこっちよ。答えてくれないと、アズマをもっと酷い目に遭わせなきゃいけなくなるの……」
僕の言葉にならない嗚咽を聞いて、ノエルは少し悲しそうな顔をして言った。おいおい、マジかよ。
それは、白を切り通そうとする僕に彼女が下した審判だった。僕が
「あ……あ……だから、僕は何も……くぅぅぅぁぁぁっあああああ!!!!」
「言ったわよね? もう君が嘘を吐いてるのは分かっているの。それとも、もう少し電圧を上げた方がいいのかしら?」
「ぁぁっぁああああああああぁぁぁぁ!!!!」
ノエルの顔にもう笑顔はなかった。僕が嗚咽を上げている目の前で、彼女の綺麗な青い瞳が不気味に光っている。
ダメだ。もう何も考えることができない。早くここから解放されたい。でも……僕が喋ってしまったら。
「……はあ……はあ……ノ……エル、もういい加減に……」
「アズマ、まさか私が君を殺すわけがないとでも思っているの? だったら、そんな甘い考えはすぐに捨てなさい。世界はね、アズマが考えてるよりずっと恐ろしいものなのよ……」
「ううぅぅぅっがあああああああぁぁぁぁあぁ!!!!」
「グローバルだなんだって、人間たちは世界の境をどんどん取っ払って浮かれているようだけど、それによって君たちに持たらされるのは何なのかわかる……?」
「ノ……エル……?」
「新たな犯罪、疫病、因習……これまでここになかった災厄が、開かれた世界から否応なく入ってくるの。そう、或いは人外の存在もね……」
どうしたんだろう? ノエルは急にずいぶんとスケールの大きな話を始めたぞ。それはいい、だけどこの言い方じゃ、まるで彼女自身が……。
「この国は島国でずっと平和が続いていたから、君たちはだいぶ平和ボケしてしまっているわ。でもね、世界は凶悪な人外の存在で溢れているのよ……」
「ノエル……君は……何者ぉぉぁぁぁぁあああああぁぁぁっぁあ!!!!」
「私のことはどうでもいいの。フェンリルはその中にあって一際危険な存在よ。放っておけば、国一つ滅ぼしかねない……だから!!」
「あああああああぁぁぁぁぁっぁはああああああああぁぁぁぁ!!!!」
ノエルが語気を強めると同時に、電圧もこれまでで最大となった。
僕はよだれや鼻水、顔から出るだろう全ての液体を垂れ流し、あとちょっとで失禁するところだった。
もう頭の中がぐちゃぐちゃだ。僕は
「やめて……もう無理だノエル……霧島は……あいつは……いい奴なんだ……」
「ちょっとやり過ぎたかしら……気でも触れちゃった?」
「最初は……僕だけに気を……許してくれて、嬉しかったのに……」
「アズマ、私の前でその子への愛でも語りだすつもり? いい加減にしないと!」
もう自分でも、何を言ってるか分からなかった。それが分かっていたのか、ノエルはこれ以上電流を流さない。
ただ彼女への、霧島への思いだけが無意識に口からつらつら出てきていた。
「あいつが……佐伯先輩が、さっき霧島を自分の……女にって……」
「いいわ、ちょっとだけ休憩よ。そしたらまた……」
「でも……あいつは妹を……亡くしてて、憎めなくて……だけど、霧島を! ビビッときた奴は……初めてだって」
「……アズマ?」
不意にノエルの表情が変わった。
「そうだったのね……そういうことだったのね! 何てことなの!? アズマを問い詰めても、無意味なわけよ! してやられたわ!」
「の……ノエル!!? やめろ!!」
さっきまで猟奇的な拷問を行っていたノエルに触れられ、僕は反射的に体が拒否反応を起こした。
ノエルは閉め切ってあったカーテンを一斉に開け、僕はその眩しさに無理矢理意識を戻される。
「悪かったわ、償いは後でする。だけど今は、私をキリシマ・マリカのところへ連れてって!」
「……え?」
「説明は後よ! 早くその子を保護しないと、取り返しのつかないことになる!!」
そして、彼女は慌てた様子で僕の拘束を解いた。いつも不敵なノエルが、いつになく焦っているようだった。
どうやら、僕らにとっての本当の危機は、まだこれからってことらしい。何の因果か、僕は拷問していたはずのノエルと一緒に霧島のもとへと向かったのだ。
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