track.26 赤石 光の気持ち

 夏休み間近の陽は、夕方だということを忘れてしまうくらい高くにあり、まるで今この時間が嘘であるかのように僕らを煌々と照らしていた。

 ノエルのせいで、赤石からあらぬ疑いをかけられてしまった僕は、必死に説明して何とか誤解を解く。



 「ま……そういうことにしといてあげます……」



 いや、あくまでも解けたのは、形式的にだけだったのかもしれない。

 赤石が僕を見る目は、相変わらず猜疑的だった。そんな赤石に、ノエルが遠慮なしに歩み寄って行く。



 「私、ノエルよ。まだロンドンから来たばかりなの。アズマのお友達でしょ? お友達になりましょ!」

 「う……ええ……あああ、赤石……ひひ、光です! よよよ……宜しくお願い……します!」



 嬉々としてすり寄って来るノエルに、赤石はやはり電波状況の悪い無線機みたいだった。

 そしてどんな神様の悪戯か、僕とノエルと赤石は三人で帰りの途につくことになったのだ。



 とは言ったものの、赤石は途端に無口になってしまうし、ノエルからは油断ならない問いかけが続いた。



 「ねーえ、アズマのお友達、もっと紹介してよ! 私、日本でいっぱいお友達作りたいの!」

 「い……いや……その、僕は割と友達が少ないんだ……」

 「ふーん……アズマって、嘘吐くのヘタクソだよねー」



 ノエルはしたり顔ですり寄って来る。近い近い! ただでさえ直視できないくらい綺麗なのに、彼女から漂う甘い香りで頭がおかしくなりそうだ。

 またしても赤石は僕を冷ややかな目で蔑んだが、それどころじゃない。万が一、霧島に会わせてしまったら、何が起こるかわからないんだから。

 よくはわからんが、これ以上この子と関わるのは、本当に危ない気がするぞ。



 「おっと、残念。私のマンションこっちなの。これでバイバイだね」



 そうこうしているうちに、ようやく僕はノエルと離れることができることとなり、心の中で胸を撫で下ろしていた。



 「あ……そうなんだ! じゃあね、ノエル!」

 「さささ……さよなら……です!」


 

 ……と、僕が油断した時だった。ノエルは不意に僕の耳に唇を近づけ、息を吹きかけるようにそっと囁いたんだ。



 ――ねえアズマ、どのくらい仲良くなったら、教えてくれるの?」



 誘惑めいたノエルの問いかけに、僕は体中に悪寒が走り真っ青になった。

 やはりこの子は何か知ってるぞ。本当にヤバイ子だ。



 「うふふ……ジョークよジョーク。また明日ね、シー・ヤッ!」



 ノエルは何事もなかったかのように、僕と赤石へ親し気に手を振って去って行った。

 僕は様々な憶測を張り巡らせ、ただ茫然と美しいノエルの後姿を見つめ、立ちつくしていたんだ。



 「……で、那木さん、ノエルさんとずいぶん仲がおよろしいようで。本当に何でもないんですか?」

 「え……あ……またその話?」



 ノエルが去ったところで、赤石が再び懐疑的な目をして僕に詰め寄って来る。だから何なんだよ? 僕にだけこの圧の強さは?



 「大体今日は、マリちゃんと一緒に軽音部に行ったんじゃないんですか?」

 「いや……それは……」



 嘘を吐いても仕方ないので、僕は事のあらましを包み隠さず赤石に伝える。赤石は溜息を吐いて首を横に振った。



 「別に、あなたとマリちゃんが決めたことなら文句はありませんが、本当にそれで良かったんですか?」

 「それでって……霧島が皆んなと仲良く好きなことができて、いいことなんじゃないか?」

 「違います! あなたの事ですよ! マリちゃん可愛いんだから、そんなところにいたら、すぐ誰かに盗られちゃいますよ!」

 「おいおい、盗られるって大袈裟だな……。大体、霧島は俺のものでも何でもないんだぜ?」



 僕の煮え切らない態度に、とうとうあの赤石が、今まで我慢していたものをぶちまけるようにいきり立ったのだ。



 「呆れました! ここまで鈍感な人だったなんて! あなたにとってマリちゃんは何なんですか? そんな軽い気持ちで一緒にいたんですか!?」

 「何だよ急に? 霧島は……えーと、一言で言うと……友達なのかな?」

 「はあ……もういいです。私はマリちゃんさえ幸せなら……。でも那木さん、後悔しても知りませんよ」



 あの赤石が感情を高ぶらせたのも束の間、僕の間抜けな返事にすぐ意気消沈してしまった。

 よく分からんが、いじめられっ子にお説教されてるとか、僕って一体何なんだろう……。



 「ところでさ、気になってたんだけど……」

 「何ですか、那木さん?」

 「赤石って、何で俺にだけそんなに饒舌で、その……圧が強いの?」

 「え!? あ……それは……」



 さっきまで、僕のことをケチョンケチョンに言っていた赤石は、急に顔を赤らめて黙りこくってしまう。

 ひょっとして、聞いちゃまずかったことなのかな?



 「そそそ……そんなことは、どうでもいいんです!!」

 「え……ええー!?」



 困り果てた赤石は、半ば逆切れのように僕をまくし立ててきた。やはり聞いちゃダメだったみたいだ。



 「いいですか! とにかく朝言った通り、マリちゃんを泣かせるようなことをしたら、私が絶対に許しませんから!」

 「は……はい」



 赤石はそう言い捨てると、少し焦ったような感じで自分の家の方に歩き出した。

 もはや、こいつがいじめられっ子とか、僕にとってはタチの悪い冗談なのではないかとすら思えたよ。



 「そ……それと、那木さん……」

 「な……なんだよ、赤石?」



 別れ際、何かを思い出したかのように赤石が振り返った。僕はまた詰められるのではないかと思い、少し身構える。

 ところが、照れ臭そうに彼女が放った言葉は、僕の予想を大きく裏切るものだったのだ。



 「きょ……今日は、助けてもらい……その、ありがとうございました」

 「あ……ああ! 気を付けてな」



 拍子抜けしてしまった僕を尻目に、赤石は急ぎ足で去って行く。

 やれやれ、どうやら誰も望んでないのに、僕にだけツンデレ属性が発現してしまったようだ。

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