3 生きて街に帰ってこられた、よかった、千代さんやミルカ、賢と束の間の日常を過ごす。

13 街に帰ってきた、久しぶりに千代さんにあって、幸せだ。

 「着いたよ。ご苦労くろうさん。」

 

 目を開けると、滅魔大明神寺めつまだいみょうじんでらだった。

 

 「長旅ながたびご苦労さん。後悔こうかいしてるかい。実の母親に会いに行ったこと。」

 吉兵衛きちべえは、僕の顔色を伺いいった。

 

 「いいや、後悔してないさ。確かに、実の母とはもう少しちゃんと話がしたかったけれど、命があっただけでも、よしとするよ。」

 

 「そうかい。おめえが無事ぶじでよかった。世界が広がっただろ。」

 

 「ああ、身体と引き換えにね。」

 

 あまりにも、重い代償であった。

 

 身体がなくなる、だなんてことを体験した人間は、この世でも私くらいなものであろう。

 

 「もう一度、黒世のやつに、会いにいくか。」

 吉兵衛は、いった。

 

 冗談であろうか。

 

 真意しんいは測りかねた。

 

 「二度とごめんだね。」

 僕は、吐き捨てていった。

 

 ようやく日常が戻ってくる予感がしていた。


  黒世さんに隷奴どれいにされて、牢屋ろうや拷問ごうもんを受けているときは死を覚悟したものだが、何とか、生きられてよかった。


 吉兵衛さんの、おかげなのかわからない。。

 

 吉兵衛さんは、僕の治療ちりょうに莫大な金をかけてくれたが、僕を、危険な歓楽街へ行くように手引きをした張本人でもあった。

 

 僕は吉兵衛さんには感謝している、結果的に失うものは大きかったが、得るものの方が大きかった。

 

 実の母が何をしているのか、世界には、僕の知らない世界が広がっていた。

 

 漫画やアニメの世界は存在していたのだ。

 

 「だけれど、行ってよかったよ。できることだったら、もっとちゃんと話がしたかったね。」

 

 時刻をみると、午後五時半ごろであった。

 

 家に帰ると、六時ごろ、学校からいつも僕が帰る時間だ。

 

 「僕、家に帰るよ。」

 

 「ああ、帰んな。健闘けんとうを祈るよ。」

 

 いつもみてきた日常がすこし変わってみえる。


 いま、目の前を通り過ぎたトラックの中には、さっきまでの僕みたいに、中に目隠しで、耳栓みみせんをして手錠てじょうをつけられた人が積まれているのかもしれない。

 

 見えている世界だけが、すべてではない。

 

 みえないところで、世界はまったく違う色をみせている。


  知らないところで、日の当たらない世界が存在している。

 

 けれど、いつもの帰り道であることに変わりはない。

 

 知っている、街の人たち、道、街並みは、変わらないものであってほしい。

 

 「ただいまー。」

 

 家の扉を開けた瞬間、千代さんは、駆け寄った。

 

 目を見開いた様子で、しばらく立ち止まっていた。

 

 「よかった。もう帰ってこないかと思っていたわ。」

 

 安堵あんどの涙をこぼしていた。

 

 「ごめんなさい。」

 

 「いいのよ。さあ、ご飯を食べましょう。」

 

 ずっと、留守にしていたのに、ごはんの用意がしてあるのであろうか。

 

 「僕の分まで、ある。」

 

 「いつも作ってたのよ。いない間もずっとね。」

 

 なんといえばいいのかわからなかった。

 

 「ありがとう。」

 僕たちは、いつも通りの夕飯を食べた。

 

 「ねえ、どこで、何をしていたの。よかったら、教えてくれないかな。学校からも連絡が来て大変だったわ。」

 

 ・・・。

 

 「だんまりなの。困ったわねえ。なんていえばいいのかしら。悪い事件に巻き込まれていない。大丈夫かしら。」

 

 僕は首を縦に振った。

 

 大丈夫だ。

 

 確かに死にかけたが僕は無事だし、悪い大人に厭なことはされていない。

 

 けれど、それっきり、だんまり、を決め込んでいた。

 

 「困ったわねえ。いやなら、無理には話させないけれど、学校にどう説明すればいいのかしら。頑なに口を開いてくれないのですと正直に言うのか、適当な理由をつくるのか。」

 

 千代さんは、頭に手を当てて、悩んでいた。

 

 「ま、いいわ。ちゃんと明日は学校にいくのよ。」 

 

 「はい。」

 

 元気よく返事をした。

 

 「ふふふ。元気そうでよかったわ。」

 

 お風呂に入って、寝た。

 

 ぐっすりと眠れた、久しぶりの睡眠だ。

 

 身体は機械人形になってしまったけれど、今、僕は最高に幸せだ。






 

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