第66話 セシーリア・ラウラ・パウリーン・マイケ・ネースケンス

 俺の知らねえ間にヘンリクが国王になっていた。

 訳が分からん。


 じゃああれか?ヒルデは今後国王陛下の妹君なわけだから、もう今までのような接し方はできねえんじゃねえのか?


 どうしてくれよう。


 それよりだ、現状を何とかしねえといけねえ!

 身体が動くようになったはいいが、まだ走ったりは無理だ。

 それこそ用を足しに行くのに、ほんのわずかな距離を歩くのにも相当体力を使う。

 しかも人の補助がねえとすぐに転倒する。情けねえ。


「そんな無理しないでもいいのよ?」

「俺は早く元に戻りてえんだ!」

 俺がそう言うと少し寂しそうな顔をするセシーリアちゃん。

 くっ!

 俺は・・・・そう言う顔をされると弱いんだよ!

「何処までもお供しますわ、ケネト様!」

「いやそこまでしなくていい。なあセシーリアちゃん、何で此処までするんだ?セシーリアちゃん程の別嬪なら選り取り見取りじゃあねえのか?」

 言ってやったぞ!

 だがセシーリアちゃんは、

「そうなんですよ!選り取り見取りですよ確かに!ですから私はケネト様を選んだのですわ!」


 してやったりと言う感じで腕を絡ませ・・・・支えてくれてるんだよな。

 駄目だ。口では負ける。

 仕方がねえ。じっくりと回復しようじゃねえか!

 しかし未だスプーンを持つのも苦労する。何でだ?

 脚もちゃんと曲がらねえから歩くのも大変だ。

 これ元に戻るのか?


 ・・・・

 ・・・

 ・・

 ・


 さらに時間が過ぎ、ようやく補助なしで歩く事ができるようになった。これでトイレも一人で行ける!


 そう思ったが・・・・無理だった。

 何せトイレに行こうとしても、我慢ができねえ。

 途中で・・・・俺の名誉の為に言えねえが、まあそういう事だ。


 最近はヒルデを全く見かけねえ。

 アイツはヘンリクの妹だからな。だから今はセシーリアちゃんが一人で俺の世話をしてくれている。


 さてここは結局王都だった。


 以前いた街からどれほど離れているのかわかん。

 俺は鍛冶をしたいんだ!


 だからエイセル親方の居る所に行かねえと駄目なんだ。

 自由になったんだから一刻も早く行きてえが、まだ外には行けねえ。


 で、俺は辛抱強くリハビリと言うのをしている。

 これが結構きつい。


 衰えた筋力を元に戻さねえといけねえが、それ以前に身体のあちこちがすっかり動かなくなっちまっているからな。

 そもそもこんな状態じゃあまともに歩けん。トイレに行けると思ったが、時期尚早だったようだ。

 くっ!


 ベッドにいる時はセシーリアちゃんが俺の腕や足を動かしてくれる。これがかなり痛い。

 指もこれまた痛い。


「なあセシーリアちゃん、魔法で治らねえのか?俺の回復魔法なら相当治るはずなんだが?」

 困った顔のセシーリアちゃん。

「ケネト様、今のケネト様はいたって健康ですわ。今ケネト様が苦労しているのは、身体を動かさなかった事による色々な身体能力の低下ですの。こういった事は治魔法で治療できないのよ。」


 魔法は万能じゃねえんだな。


 ・・・・

 ・・・

 ・・

 ・


 半年経った。


 俺はすっかり元に戻った・・・・と思う。

 今は外で走る事もできる。

 勿論トイレも自分でできるぜ?


 俺は今まで甲斐甲斐しく世話をしてくれたセシーリアちゃんにお礼がしたいと思い、聞いてみた。


「そんなつもりでお世話をしていた訳ではないんです・・・・」

 困った。俺はセシーリアちゃんにどう恩を返せばいいのやら見当もつかん。

「じゃあどういうつもりだったんだ?」

 つい聞いてしまった。

「・・・・私セシーリア・ラウラ・パウリーン・マイケ・ネースケンスはケネト様をお慕い申し上げております。」


 ・・・・え?今なんて言った?


 そう言えばセシーリアちゃんのフルネームって知らなかったぞ。

 いつもセシーリアとかセシーリアやんとか呼んでたもんな。

 しかし・・・・名前長えよ!


 だが俺はそんなセシーリアちゃんの想いに応えるわけには・・・・あれ?

 何が駄目なんだっけ?

 思い出せ俺!

 だが思い出せねえぞ?

 ここで俺は気が付いた。


 この国に来る前の事が思い出せねえ!

 おかしい。何でだ?


 それに何で俺はセシーリアちゃんを結婚相手と見れないと思い込んだんだ?

 こんな別嬪で尽くしてくれる女なんてそうそういねえぞ?


 そして俺は思わず言ってしまった。



「セシーリアちゃん、俺はエイセル親方の所に向かう。ついて来い!」

 するとセシーリアちゃんは俺に抱き着いてきた。

「私を選んでくれるのね!嬉しいわケネト!ケネト愛しているわ!」

 俺は否定しようとしたが、セシーリアちゃんの口で塞がれてしまった。

 この日からケネトと呼ばれるようになった。

 俺の思考は停止した。

 何か思い出さないといけないはずなんだが・・・・



 この日、俺は男にな・・・・れなかった。

 残念ながらそっちはまだ駄目だった・・・・


 そっちって何だって?


 男の尊厳とでも言っておこう。

 そしてその尊厳はくじかれたと言う訳だ。

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