第45話 少年の決意……七月剣の場合②
桜庭先生と出会ったのは、確か、一年生の夏頃だったと思う。
厳密に言えば、入学式、すなわち春の段階では出会っていたのだけれど。
ここで言う「出会い」というのは、お互いがお互いを個人として認識し、話をするようになった時期の事だ。
その頃の俺は、恥かしい話、かなり荒んでいたと思う。
よく言えば不良、悪く言えばチンピラ。
そう言われても過言ではないくらいに、態度も、言動も、荒々しくなっていた。
目につく全てに腹を立て、顔をしかめていた。
どうしてそんな事になっていたのかというと、やはり“人間関係”に行き詰っていたからで。
あの頃は、部活も、学校生活も、人生も、全てがどん底だった。
地元から少し離れた高校に進学した俺は、知り合いも少なく、完全にアウェーの状態で高校生活をスタートさせた。
それでも、今までの人生で積み重ねてきた経験、処世術を使えば何とでもなると高を括っていた俺は、何の心配もせず、呑気に構えていた。
しかし、現実は甘くはなくて。
生まれつきの目つきの悪さ、顔の厳つさが悪い方向に左右し、話しかける相手には怖がられ、もちろん話掛けられることもなく、入学初日から孤立し、生まれて初めて孤独というものを味わうハメになる。
保育園、小学校、中学校、それまでの人間関係は割と単純で、とりあえず明るく、運動さえできていれば仲間に困ることはなかった。
それが、高校生にもなると色んな要素が入り混じってきて、SNSなんて微塵も齧らない昔気質な俺は、より一層周囲の輪から外れていくばかりだった。
初めての経験に戸惑いつつも、この時はまだ、焦ったり、卑屈になったりはしていなかった。
なぜなら、俺には剣道があったから。
部活に入れば友達なんてすぐにできるだろうと、そう余裕をこいていた。
けれど、それが誤算だった。
優秀な顧問の先生に誘われて選んだ剣道部、そして高校。
やる気や期待に満ち溢れて入部したその部でも、俺はまた“人間関係”というものに悩まされることになる。
先輩、当時の三年生に当たる上級生と、反りが合わなかった。
もちろん、こちらが後輩、ましてや新入生という立場なのだから、上下関係はしっかりしようとしたし、必死に立てようともした。
けれど、顧問がいないところでサボったり、試合の結果に不満を感じて後輩に八つ当たりをしたり、威張り散らして理不尽な要求をしたりする態度に納得がいかずに、ものの数週間で我慢は限界を迎え、爆発した。
それは違うだろうと、生意気にも意見して、衝突した。
揉めに揉め、部内の雰囲気は最悪。
三年生には嫌われ、目を付けられ。
二年生には困られ。
同じ一年生にはより一層恐れられ、距離を置かれた。
当たり前だろう。
いくらやる気があって、正論を言おうとも、先輩に暴言を吐くような後輩が可愛がられるはずもない。
それからは、もっと学校生活が大変になったというか、気の休まる時間が少なくなった。
出る杭は打たれるのが世の中の常で、三年生には練習中にしごかれることが多くなった。
今だったら、正々堂々とボッコボコにして格の違いを見せつけることもできたかもしれないけれど、当時はまだ実力もなく、むしろ中学と高校のレベルの違いに対応できていななかったこともあり、一方的に抑えつけられ、ボコられることも少なくはなかった。
過剰なしごきに、生傷が絶えない生活が続いた。
けれど、それでも、生まれついての負けん気と根性のせいか、精神的に参るような事はなかったと思う。
むしろ、強くなって、絶対にこいつらを見返してやると、そう意気込んでいた。
今思えば、そんな目標があったから、楽しくもない学校に通えていたのかもしれない。
しかし、そんな思いは態度や表情に現れていたみたいで、学校生活ではより一層、周りの人間に恐れられ、俺もまた、そんな奴らを臆病なバカ共だと嘲り突き放した。
触れれば全てを傷つける刃のような危うさが、当時の俺にはあったと思う。
しかし、俺も人間なわけで。
自分の実力ではカバーできないしごきや、そんな鬱憤を相談できる友人のいない日常に、少しだけ疲弊し始めていた。
あぁ、何かもう面倒臭いな。
何やってんだろうな、俺。
と、そうやさぐれはじめた頃。
たまたま部の備品が切れ、稽古で負った傷を治療するために出向いた保健室で、俺は出会った。
俺を、どん底から救いあげてくれた恩師。
“桜庭先生”に。
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