第133話 エリクサー症候群
アーニーとウリカはタトルの城塞に、建国準備で忙しいセオドア以外の〔アンサインド〕を呼びだした。
「どうしたの。改まって」
事情を知らないイリーネが、明るく問いただす。
「みんなにお願いがあるんだ」
「私からもです」
二人の雰囲気にただならぬものを感じ、息を飲む〔アンサインド〕のメンバーたち。
ポーラのみ、マレックの事情を察している分深刻な表情だ。
「やがてきたる
メンバーの視線がポーラに注がれる。気まずそうなポーラ。覚悟はとっくにしているのだ。
「はは。ほら、事故や冒険で永遠の別れもあるんだ。後悔したくないからさ。私はマレックさんと一緒にいることを選んだんだよ」
「新婚なのに!」
レクテナが悲鳴に似た声をあげる。女性陣はその辛さを思い、我が身のように深刻な顔つきになった。
当然男性陣も悲痛だ。新妻を残し消えるマレックの気持ちを思ったのだ。彼は良き施政者でもある。みんなに慕われているのだ。
「本題はここからだ。――ウリカも消える可能性がある」
「なんで?! それは聞いていない!」
ポーラが目を見開いて絶叫した。今や彼女にとってウリカは大切な妹以上の存在。娘でもある。マレックは覚悟の上だた。その上ウリカまで消えるとなると耐えられるはずがなかった。
「それが――」
アーニーは簡単に事情を説明した。
ウリカの一族はマレックに連なる【隠れ使徒】の状態だったということ。
ウリカがこの世界に残る可能性を上げるためのラストダンジョンのこと。
人数制限がある魔神の迷宮のこと。
今はジャンヌとポーラがパワーレベリングの最中だということ。
「みんなにも思いついたことがあったら協力して欲しい。できる範囲でいい」
「何をそんななまっちょろいことをいうのか! あたいらは全力以上で手伝わないといけない。大切なメンバーの存在消滅の瀬戸際なんだ!」
ハイオーガのユキナが怒りながらいった。こんなときぐらいアーニーは命令してもよいのだ。
「役割分担を決めましょう。私、イリーネ、ロジーネ、ポーラ、そしてロミーとミスリルゴーレムはアイテム制作班」
「あいよ! さっそくドワーフ兄弟を動員して必要なものを作らせるね」
「わかりました。小物ではなくあらゆるものを制作しますよ」
「ポーション作らないとね。エリクサーとハーフエリクサーに全振りだ」
名指しされた三人は、すぐに己の役割を把握する。
「他のメンバーはジャンヌと交代して欲しいのよね。あの子もパワーレベリングさせたい。できるでしょ? ラルフ」
「無論」
ヘイト管理はテラーナイトであるラルフも可能だ。むしろ彼しかジャンヌの代わりが不可能である。
彼は城塞の奥にメンバーしか入れない格納庫に入り、すぐに戻ってきた。両手剣を封印し、タワーシールドと片手剣に持ち替えている。ラルフが最善を尽くす覚悟を示すものだ。
「彼の生命は私が保証します」
そしてヒーラーたるビショップはすぐ隣にいる。どれほどの大量モンスターのトレインでも、ラルフを支えて見せる自信があった。
「俺とテテはモンスターをかき集めたらいいな」
「そうだね。ぼくは〔死んだふり〕もできる。
コンラートは弓で、テテは〔死んだふり〕というスキルでヘイト解除可能。そのままラルフに受け渡せる。
モンスターのトレインを作ってはラルフに渡すことが目的だった。
「俺らはモンスターのHPを適度に削ればいいな。いくぞ。パイロン。ユキナ。すまねえ。この際はプライドは抜きだ。槍を持つ」
タイマン特化のグラディエイターではあるが、スピアやポールウェポンのスキルも多少所持している。ただしグラディエイターが槍を持つことは恥とする者も確かにいるのだ。
彼はそんな目は気にしない。今、必要なのだ。
広範囲攻撃でモンスターのヘイトを集め、ラルフを補佐するのだ。
「承知!」
「あいよ!」
ニックはアタッカーの司令塔に相応しい。グラディエイターは適度なダメージ管理が得意である。
パイロンもユキナも槍がメイン武器。多少モンスターのヘイトが移っても余裕で耐えることが可能だ。
「みんな、ありがとう。アイテムも大切に使わせて貰う」
「違うアーニー! あんたのそういう変なところで謙虚なところがみんなを危険に晒すんだ。かすっただけでポーションを使え! 武器防具なんて使い捨てでいいんだ!」
ポーラが怒鳴った。今まで思うところもあっただろう。
その言葉に強く頷くレクテナとロジーネ。そんなことで怒ったりはしない。
「ポーラ……」
「この一大事にエリクサー症候群なんてみっともないよ? ウリカちゃんの存在がかかっているんだ。あんただけしかウリカちゃんを救えない。人の思いをくみ取ってけちって、失敗したらどうするのさ!」
エリクサー症候群――
出し惜しみして死ぬことすらもあることから、エリクサー症候群と呼ばれているのだ。
「ポーラ。わかった」
「いいや! わかってないね、あんたは。あたしゃあらゆる資産を用いてエリクサーを大量に作ってみせる! あんたに通常ポーションなど一切もたせてやるもんか。湯水のように使える量を作ってみせる。そのかわりきっちりラストダンジョンを攻略しろ!」
「ポーラさん」
ポーラの怒りはすべてウリカを想ってのため。
想わずポーラの胸に飛び込むウリカを優しく抱きしめた。
「魔神の迷宮は厄介だね。あたしみたいな大規模魔法は使えない構造。狭い地下迷宮なら当然さね。でもあたしの本業はポーション造り。この馬鹿に出し惜しみさせないぐらいのポーションは造ってみせるさ」
「ポーラ。わかった。一切の出し惜しみはしない」
「そうだ。それでいいんだよ。ウリカちゃんを。――私の娘を頼むよ。アーニー」
その言葉を合図に、みんなが立ち上がり、各々の戦場たる場所に向かった。
必ずウリカを助けると決意を秘めて。
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