第112話 第二形態

 闇の飛龍が吼えた――


「さすが闇の飛龍。一流冒険者を二百名用意する必要があるってことか」


 コンラートが呆然としながら言った。


「はん。それが何だっていうの。こっちはそれに勝ったんだ。あいつも倒せる」


 ユキナが歯噛みしながら言った。厳しい現実は把握している。

 アーニーの懸念は違った。


「テディ。まだ持つか?」

「兄さん?」

「かなり無理しているだろ。そのスキル」

「は……はは。わかりますか」

「今は中断。畳かけるときに指示する。それでいいな。そいつは何を消費してるスキルだ?」

「いえ、恒久的なペナルティはないですから安心を。一時的に最大HP最大MPを少し」

「後ろに控えていろ」

「はい。すみません」

「何をいっている。あれだけ短期間に闇の飛龍を追い込めた。——期待している。頼んだ」

「はい!」


 アーニーの洞察力に皆が息を飲んだ。

 MPも消費しない、HPも消費しない。それなのに同じチームの行動回数を一回増やす。破格すぎた。

 単純に行動回数が一回増えることを皆は恥じた。


「王子様、あとは俺たちに任せてくれ。またあとで手を借りるからよ、な」


 ニックが笑いながら言った。


「王子じゃなくて、テディと呼んでください、ニック。今は——頼みました」

「おうよ! テディ、いってくらあ」


 闇の飛龍は飛び上がろうとして、浮力が発生しないことに気付いた。


「させませんよ」


 ロジーネが鋼の糸を絡ませていた。動こうとすると鋼線が食い込む。

 飛び出つことができぬ闇の飛龍はなおも驚異だった。だが——


「第二形態になったことで、肉質が柔らかくなっています! 攻撃は今なら通ります!」


 レクテナが叫んだ。攻撃力が高まる代償――それは肉質の軟化である。


 忌々しげに、アンサインドの面々を睨み付け、ブレスを吐く。

 ブレスをジャンヌが旗で遮る。ブレスというより、火炎放射だ。延々吐き出される、黒光りする炎を彼女は一人で防いでいた。


「ごめん、マスター。ちょっときつい……」

「ジャンヌ下がれ! ラルフ!」

「おうよ!」


 ラルフが交代し闇の飛龍を引きつける。盾無しのテラーナイトの防御力はジャンヌより劣るが、それでも他の前衛職よりは硬い。

  鋭い爪を両手剣で受け止める。

 隙を狙ってニックが左翼に躍りかかる。


「【剣技・ドラゴンファン具】」


 本来のニックなら使えない高レベル技だ。レクテナが竜牙剣に付与したスキルで使用可能となっている。

 硬い鱗も、本物の竜の牙に耐えることはできない。飛膜はズタズタだ。

 なお飛び上がろうとする闇の飛龍は思わぬ攻撃を受ける。


「ボディががら空きですよ!」


 腹部に鈍い痛み。矮小な人間が、跳躍して追撃を加えてきたのだ。

 ただの跳躍攻撃ではない。竜族特攻——パイロンだった。

 バランスを崩した闇の飛龍の頭部に、イリーネとユキナがベグドコルバンと巨大なメイスを叩き付ける。

 無言でガシガシと鈍器を叩き付ける様はちょっと怖い。


「やるな、みんな。【ドラゴンファング・タイプヒート】」


 アーニーが燃えさかる竜牙斬を右翼に叩き付ける。紙のようにあっさりと飛膜は切り裂かれた。

 エルゼの奏でる呪曲も激しさを増す。ウリカとカミシロは回復に必死だった。


「く。まずい」


 闇の飛龍が稲妻をまとわせ、鋭い攻撃をラルフに振り下ろす。

 そこにすかさず割りこんだ影。

 爪は食い止められた。

 ラルフの前に立ちはだかった者。それは、ミスリルのゴーレム——


 死を呼ぶ鉤爪を正拳で突き返す。

 ミスリルゴーレムの拳は砕け、そして闇の飛龍の爪も砕かれていた。


「ゴーレム! 【回復】! こわれないでー」


 ロミーの悲鳴。

 ゴーレムは身振りで大丈夫と伝えるが、泣きそうなロミーには伝わらない。


「助かった! ミスリルゴーレム!」


 ラルフが感謝しながら、体勢を立て直す。

 翼を破壊され、爪さえも砕かれた闇の飛龍がさらに暴れる。

 ポーラとレクテナ、コンラートの魔法や矢の攻撃が雨あられと浴びせられる。


「一かばちか…… あの連携を仕掛けましょう」


 パイロンがポーラに声をかける。


「パイロンさん普通に死ぬよ? かなり危険だよ?」

「このままだとじり貧です。数がいない我々は短期決戦するしかありません。そして打開するには特攻を持つ私しかいないのです」

「――わかった。みんな、また【スーパーグラビティ】を使う。離れて! 一気に勝負を仕掛けるよ!」


 その合図とともに、ミスリルゴーレムを含めた全員が後ろに飛び退く。


「すまん、テディ。あのスキルを頼む!」

「はい! お任せを!」


 全員の体が光り輝く。再度行動回数が増えたのだ。

 攻撃が止んだことを好機とみた闇の飛龍はブレスを吐くために大きく息を吸い込んだ。


「そんな真似はさせないよ! もう一回!【コンセントレイト】、もう一つさね! 【スーパーグラビティ】」

「とぅ!」


 ポーラ全身全霊の魔法が発動する。同時にパイロンが跳び上がる。

 地面に暗黒の渦が沸き立ち、いびつな発光を発しながら闇の飛龍を捕らえる。


 GUAAAAA!


「せい!」


 パイロンの裂帛の気合いは遙か上空から——

 苦悶の声をあげつつ、ブレスを吐こうとする闇の飛龍の動きが止まった。


 体に大穴が開いている。絶叫が轟く。火袋をやられたのだ。闇の飛龍はブレスを吐くことができない。そしてこのままだと死ぬ。

 地面に転がっているのは——超重力に巻き込まれた、否。超重力を利用し、加速力をあげドラゴンへの特攻を最大に活かした、パイロンの捨て身の攻撃だった。


 己の体と槍を同化させた、究極のドラゴンスレイ。竜殺しの矜持。

 位置エネルギーさえも利用した必殺。


 その代償は大きく、鎧はひしゃげ、槍は砕けている。かろうじて人の形をとどめている状態だった。


「パイロン! 無茶しやがって!」

 ラルフが悲鳴に似た叫びをあげる。


「ロジーネ! パイロンを糸で引き寄せて」

「はい!」


 超重力が和らいだことを確認し、鋼線をパイロンに這わせ、引き寄せる。


「おっっちゃん! パイロンは仮死状態だ! 蘇生を!」

「お任せを!」


 HPがなくなり、瀕死のパイロンに蘇生魔法を連続で掛けるカミシロ。かろうじてパイロンは息を吹き返す。高レベル冒険者の生命力の高さが活きたのだ。


「ニック、竜牙斬を合わせるぞ」

「オーケー! さしずめ、双龍斬ってところだな!」

 アーニーは赤く光る刀身を、ニックは発光する刀身をそれぞれ構え、スキルを発動する。


 二人が同時に放つ竜牙斬は、腕と一体となっている左右の翼を同時に切断した。

 苦悶の声をあげ、倒れる闇の飛龍。


「LAもらいっと! 【大破壊】」

「同じく! 【大打撃】」


 その頭頂部に、イリーネとユキナの最大のスキル攻撃が叩き混まれる。

 闇の飛龍は叫び声をあげ、ようやく絶命した。


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