第102話 クール系美少女エルフが天然無邪気に

 久々に自宅に戻ってくつろいでいた。

 町の人も大興奮でお祭り騒ぎだ。実際、彼らの勝利を祝う祭りが始まるだろう。


 自宅にはアーニーとウリカとエルゼに加え、居候のドワーフ姉妹とレクテナがいる。


 夜になるとマレックが来訪した。


「ご苦労だった。この町を守ってくれて感謝する」


 彼も上機嫌だった。冒険者の活躍は、この名も無き町を守ったのだ。


「ロドニーは冒険者組合が救助したとのことだ。明日には王都に向けて出発するだろう。――犯罪者として、な」


 禁足地にある町の襲撃計画。190名を超える失踪の経緯を彼は自分で語らねばならない。

 重傷だが大枚を積めば癒やせる可能性もある。それでも冒険者としても復活は不可能に近いだろう。

 失われた右腕と右脚を取り戻し、マレックが施した幾十の呪いが解除できれば、であるが。


「神々の通達もあったようだぞ。城塞戦のテストは無期延期。正式実装は未定となった」

「ザルってレベルじゃないぐらい穴だらけだったからな。これで終わりだ」


 無期延期の原因が、こともなげも無く言った。


「ポーラ殿を傷付けた巨漢はロストするまで殺したしな。私自ら念入りに」


 マレックは報復は完遂させたのだ。


「火事で結構な回数死んでるはずだが、しぶとかったんだな」


 城塞戦は死の苦痛が軽減されるが、マレックに殺されると通常の死亡だ。ドルフは激痛と恐怖のあまり発狂した末、ロストした。


「生き残りは、時間差で王都に送る」


 生存者はぎりぎり生きている形で捕虜にしていた。十分に罰は与えた。それでもロストしたものは20名を越える。


「やっぱり生きていたか」


 ロストさせるなら森の奥まで連れていく必要はないだろうとアーニーは踏んでいた。


「念のためロスト寸前に【鋼の雄牛】を脱退するか、そのまま戦うか確認はしたよ。全員が迷わず脱退を選んだ。ロドニーと一緒に連れて行くより、あとで送った方が効果的だろ?」


 ロドニーはこれから審問官による聴取が始まる。下手したら裁判だ。保身のため、あれやこれや、言い立てるだろう。

 そこに生存者を送り返すのだ。彼らの証言が、真実となる。脱退者たちの町への復讐はまずないだろう。

 当然、彼らの冒険者への復帰は困難だ。


「アーニーの守護遊霊の考えた最後の仕上げ。あれは実によかった」

「私は死ぬほど恥ずかしかったですよ?」

「何をいう。最高の演技じゃないか」

「私、あれ半分素ですから」


(あれが素なのか?)


 知られざるウリカの一面にアーニーが驚愕した。


「ウリカ様が最後に出た理由、教えてもらっていいですか?」


 エルゼが二人に尋ねる。手の込んだ仕掛けだったが、【鋼の雄牛】所属の冒険者たちには想像以上に効果的だったようだ。


「殲滅だけなら簡単だったのだよ。夜まで持ちこたえて私とポーラ殿で砦ごと焼き払い、夜な夜な殺せば良かった」

「あの手順を踏む必要があったと?」

「そういうことだね。初日全滅では彼らが『何故死んだか』わからないだろ? 知らないままに死んだとして、それは単に不幸な事故にあったようなものだ。因果がまず存在し、報いが下った。経過があって結果があった。そう思わせないと魂に刻まれるような後悔はないだろう? ただ死ぬだけ。――アーニーの守護遊霊の言葉は至言だった。迷わず採用したさ」

「なるほど。その経過のためのMPKであり、最後のウリカ様なのですね」


 終始、彼らのペースだった。勝利行程はいくつもあったのだ。


「【消失ロスト】を実感できる者などいないからな。MPKでレベルをすり減らし、実感したはずだ。消滅するという、死を超える恐怖は、どんな状態かをね」

「殺される夜の森に異常な恐怖を感じる。降伏も逃げることも許されない。奴らが自ら課したルールに縛られて。何度も死ぬってどんな気分だろうな」


 アーニーが思い出しながらエルゼに告げる。


「想像したくありませんね。ただ、彼らは同じことを私達にするつもりだった。同情はしません」

「最後のウリカとマレックは奴らにとって衝撃的だっただろう」

「彼らの最後の夜、はじめてどんな存在に手を出したか思い知る。――後悔しながら死に続ける。あれほどの舞台はあるまいよ。守護遊霊は劇場型報復、と言っていたな。素晴らしいよ。君たちの守護遊霊は最高の監督であり、私の親友だ」


 マレックはご満悦だ。守護遊霊は親友にまで格上げされてしまっている。


「俺は守護遊霊が初めて怖いと思ったな」


 アーニーが他人事のように呟いた。


「完全同調しちゃってましたよね?」


 思わずウリカがツッコミを入れる。


「アーネスト君が激怒すると本当怖いわー」


 イリーネがくすっと笑いながら言う。


「彼らの多くが生きている。死んだ仲間を想ってね。後悔こそが彼らの夜想曲。夜が来るたびに、あの日の惨劇を思い出して」


 マレックがその光景を想像して微笑む。これこそがマレックが用意した罰。


「あの一夜は本当に素敵な演劇の様でした生徒アーネスト。編集中なので楽しみにしてくださいね」


 眼鏡をかけて真面目モードのレクテナだ。

 あの惨劇を演劇と評するものは、ダークエルフならではか。


「なんのことだ?」

「ああ、まだアーニーはみてないのだな」


 マレックがにやりと笑った。


「あの夜は記憶水晶によって映像記録として残して置いた。レクテナ殿の尽力でな。私が主演なので自画自賛して申し訳ないが、実に良い映像だ」


 貴族は観劇など大好きだ。

 まして自分が主演の舞台を見ることができるなど、最高の娯楽だろう。


「……え?」


 アーニーの顔が蒼白だ。


「私まだみてないんですよね」


 ロジーネが悔しそうに言った。


「ウリカちゃんがマレックさんのことをお父さんと呼ぶ姿、残したいですよね。そう思って記憶水晶を用意して撮影班として控えていたのです」

「心より感謝いたしますよ! レクテナ殿!」

「やだ! え? 本当に?」


 ウリカが顔を赤くして右往左往している。

 アーニーの顔から血の気が引いた。


「アーネスト君の勇姿もバッチリだったよね!」

「そこはカットしよう」

「ウリカちゃんに愛の誓いを立てる姿をカットしろと? へー、いいんだ。そんなこと言っちゃって?」

「それは吸血鬼公の配下っぽくだな……」

「え? 私本気だったんですけど? アーニーさん違ったんですか?」


 悲しげなウリカに慌てる。


「ち、違うというか違わないというか。俺も本気だったから。とにかく恥ずかしいからやめて」

「愛を真摯に誓う姿。何が恥ずかしいもんか。なあ? ウリカ」

「ええ。格好良かったですよ! すごく嬉しかったです!」

「完成したら皆で上映会ですね」

「もちろん!」


 イリーネがいたずらっぽく笑う。

 呆然とするのアーニーが一人残されていた。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆  



 アーニー達の寝室に今日はエルゼもいた。甘える権利が早速発動されたのだ。

 大きなベッドに三人で寝ることになったのだが——


「違う気がする」


 エルゼは訴えた。

 たしかに三人で寝ているのだ。寝ているのだが——


「エルゼは可愛いからな」


 エルゼの右にアーニーがいた。


「エルゼは可愛いもの」


 エルゼの左にウリカが優しく声をかけた。


「違う気がする」


 川の字の三人。三人の真ん中にエルゼがいた。訴えがやまない。


「普通真ん中はアーニー様では。まさかの娘ポジ」


 愕然としながら言った。

 髪を下ろしたエルゼは娘というポジションはぴったりなのだ。


 アーニーが銀髪を手櫛で梳いてくる。とても嬉しかったけれども。


「そっちがその気なら、私にも考えがあります」

「ん? どうしたエルゼ?」


 エルゼが顔を覆った。そして両手を広げる。


 エルゼはにこーと笑った。不意打ちだ。


「パパ! だーいすき!」

「へ?」


 エルゼがしがみついてきた。


「私パパのお嫁さんになるー」


 見たことも無い天然無邪気な笑顔を浮かべ、銀髪のエルフ美少女が胸板を頬ずりしてくる。

 ものすごい破壊力だった!


「パパ! 明日お風呂一緒にはいろーね!」


 アーニーにしがみつく。


「ちょ! 待て! 助けて! ウリカ!」

「ママ! ママも一緒にお風呂はいろ! 親子三人水いらず!」


 今度はウリカの胸に顔を埋め、にこにこ笑い。すりすりしてくる。

 川の字ならではの攻撃だ。アーニーが完全に固まる。


「エルゼ? いや可愛いですけど! とても可愛いですけど! わかった。お風呂をさ、三人で……」

「ウリカ! 流されるな! 罠だ!」


 予想外の攻撃にアーニーが狼狽した。ここまで動揺する攻撃を仕掛けてきた者は【城塞戦】ですらなかった。

 ウリカはあっさりと陥落した。


「早くパパ! 私とママを抱きしめて!」

「はやく!」

「ウリカまで一緒になるんじゃない! 悪かった、ごめん。それはやめよう、エルゼ」

「ほんとうに?」

「本当に悪かった!」


 必死なアーニーに、エルゼの表情が元の無表情に戻った。それでも口下には笑みが浮かんでいる。


「仕方ないですね。パパ攻撃はほどほどにしておきます」


 予想外のアーニーの動揺に笑いが抑えきれなかった。


「今後一切やめよう?」

「それなりの対応をお願いしますね?」


 笑いながら言っているが、娘扱いでちょっと怒っている。


「はい。わかりました」


 実に恐ろしい攻撃だった。未だに動悸が収まらない。可愛すぎたというのもある。


「でもたまにならいいかも? おねーちゃんのがいいけど」

「ウリカさん?」

「パパとおねーちゃんだとウリカ様も娘になりますよ」

「あ、なしで。ママで」


 ぎゅっとエルゼの顔を胸元で抱きしめる。


「ですよね」


 ウリカに抱きしめられ、幸せそうなエルゼ。


「でもウリカ様に抱きしめられるとなると、真ん中も悪くありませんね、確かに」


 甘い香りに柔らかな感触が心地よい。安心できた。


「うん。おにーちゃんとおねーちゃんなりあり?」


 いつになく可愛い笑顔のエルゼに、ウリカも離すことができない。彼女も嬉しいのだ。


「それはありですね。義理の妹は需要が高いと守護遊霊に教わりました」

「わ、私も妹的なキャラだし? 明日三人でお風呂だし?」

「あいつ何いってんの? お風呂は三人で入りません。本当に悪かったからやめましょう。寝ましょう」


 三人はベッドでいつまでもじゃれあいながら言い争いをしていた。

 それもまた幸せな時間だった。


 翌朝、耳の良いダークエルフがママの名乗りをあげ、ドワーフ二人が姉と主張することになるが、それはまた別の話。


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