第92話 本物の【龍牙剣】(装備アイテム))

【本文】

 【タトルの城塞】で過ごす夜は宴のようだ。

 大きな鍋料理に美味しいお酒が用意されている。


「今日も大成功だった。みんなありがとう。明日がいよいよ大詰めだ」

「ようやく私の出番なんですね!」


 ジャンヌが意気込んだ。彼女はアーニーから直々に大役を任されたのだ。

 話を聞いたとき、無茶だと思った。

 そして自分しか不可能だ、とも。


「もっとも危険な役割だから、申し訳ないと思っている」

「とんでもない! やりがいがありますよ!」


 いつものように胸を叩くジャンヌにアーニーが頭を撫でる。


「頼もしいな」

「ま、マスター! 成功報酬前払いっすか!」


 ジャンヌの顔が真っ赤になっていた。


「頼むよ。本来パラディンにやらせる仕事じゃないしな」

「私にしか出来ないことですからね、これは」


 むしろ誇らしげだ。今ここで誰よりも必要とされている。


「アーニーさんのやり方、最初は意味がわからないけど、狙いを知ると徹底しているとわかるよな」


 コンラートは思い出していた。

 最初の打ち合わせのとき、アーニーと守護遊霊が融合していた。

 守護遊霊は申し訳なさそうに告げた。


『「コンラート。嫌な役目を押し付けるが、頼む」』

「とんでもない。遊撃で回復職を主目標とした集中攻撃、それだけでいいのかと」

『「しつこいぐらい殺す。それがいいんだ。粘着といわれようが、徹底的に」』

「効率的だから? ヒーラーが死ねば、確かに継戦能力は激減する。それはわかります」

『「もちろんそれもある。だが、一番の目的は心理戦だ」』

「心理戦?」

『「君はソロ狩りができるだろ?」』

「はい」

『「ヒーラーもソロはできるが、高レベル帯になると非効率的だ。パーティ依存になる。そして、パーティリーダーはだいたい前衛なんだ」』

「わかります」

『「誘われ待ちのヒーラーは、高レベル帯になるとどうしても狩り頻度が若干落ちる。そうなるとレベル上げも一苦労だ。そこで毎回殺されると、前衛よりも心理負担は重い。ソロで経験値を取り戻すなど、効率悪いからね」』

「そうか。前衛よりも後衛のほうが殺されたくないんだ」

『「そういうこと。重装備は逃げ切れる場合も多いからね。火力職は相打ち狙いでポーションを飲みながら特攻もありえる。だが、ヒーラーは最初に逃げるわけにもいかない。反撃もできない。ひたすらストレスを溜めるのさ」』

「自分だけ殺され続けたら不満も高まる、と」


 大手チームで自分だけ死に続けたらどうだろうか。

 絶対に不満は高まる。高レベルのヒーラーは引く手数多だ。すぐにでも脱退したいぐらいだろうが、それもロドニーの報復を考えると出来ない。

 逃げ場がないのだ。


『「厭戦ムードは必ず生まれる。内部の不満は高まる。だからこそ、徹底的に魔法職狙いを追求して欲しい」』

「俺はダークエルフですよ? 嫌われてなんぼです。徹底的な一撃離脱戦法、大歓迎。俺のためにある戦略をよくぞ組んでくれたって感謝したいぐらいです」


 彼はアーチャー。射撃の火力が高すぎてヘイト管理が調節が難しい職。本気を出すとすぐ高火力になり、ヘイト管理が難しくなる。彼自身、その特性ゆえにパーティを追放された苦い経験があった。

 そんな自分に出された指令が単独行動の粘着狙撃。まさに適材適所としか言いようがない。

 二つ返事で作戦を快諾したのだ。


『「ありがとう。これで相手チームの内側に亀裂が入るはずだ。何度も見てきたんだ。忌々しいことにやられたこともある」』


 守護遊霊の経験則なのだろうか。本当に忌々しそうに呟いた。その経験が今活きているのだろう。

 コンラートに殺されるたび、諦念の表情を浮かべるローブ職までいて、守護遊霊の狙いを実感した。

 他の前衛にも同様の作戦だ。

 他にはニックとパイロンの戦果が著しい。奇襲と離脱が、面白いように決まっていた。


「明日は敵も様子見だろう。俺たちが籠城しかできないと思い込んでいる隙を突く」

「ほんと、次から次へと手を打つのね」


 ポーラが呆れている。守護遊霊の策略もあるだろうが、それをこなすアーニーも尋常ではない。

 普段の怠け者冒険者は何だったのかと本気で思っている。


「波状攻撃は予想外だったよ? まさか敵から勝手に戦力を分散させてくるなんて。戦力の逐次投入など悪手であることは常識」

「十倍以上の戦力差ですからね。驕ったのでしょう」

「女とみると目の色変えて本当気持ち悪いです」


 ロジーネとエルゼが感想を告げる。

 エルゼを餌に二人は相当の冒険者を葬り去った。


「二人とも大戦果だったよな」

「橋を架けたり破壊したり自在なアーニー様のほうが怖いです」


 ロジーネが橋を壊したと思ったら、次の罠を仕掛け終えるとアーニーが橋を架け終えているのだ。


「俺はそういう職だから」

「諦めましょう、エルゼさん。この人は昔からそういう人なんです」


 ロジーネがわざとらしくため息をつく。


「やわらか魔法戦士なんだけどな。接近戦は苦手だし」

「その柔らか魔法戦士さんに朗報ですよ」


 レクテナが剣を差し出した。


「完成したわ」

「思ったより重いな、これ」


 剣はずしりと重かった。鞘に入ってある。彼の戦法にあうように片手でも両手でも持てるようにしてあるロングソードだ。鞘から剣を引き抜く。


「これの材質はなんだ?」


 肉厚な刀身。魔力の籠もった文様が書き込まれてある。


「火竜の一番長い牙よ。金属部分はミスリルを使って細工しています。マレックさんの依頼ですね」


 ロジーネがドヤ顔で言う。


「こんな代物、私以外細工できないって断言してもよい、難加工品です」

「そうだろうな」


 【巨匠】マエストロの名は伊達ではない。この逸品に全て凝縮されていた。


「しかも折れても傷ついてもいない他の歯も全部あるし、目玉も綺麗。顎の健までそのまま使える。どんな殺し方したらああなるのか教えてください」

「火竜の後頭部を槍で破裂させました」


 パイロンが恐る恐る名乗り出る。素材の取り方を考慮する殺し方は考慮していなかった。


「パイロンさん、竜退治に連れて行きますね。毎回あれと同じ倒し方してくれると嬉しいです」

「ぜひお願いします!」


 パイロンも力を込める。竜退治能力を買われるほど、彼にとって誉れはない。しかも相手は【巨匠】だ。


「私が作って、レクテナが魔力付与した【竜牙剣】。是非お使いください」

「【竜牙剣】か! ありがとう。ロジーナ。レクテナ」

 火竜が倒した素材は全部マレック預りだ。四天王もジャンヌも誰も所有権を主張しなかったのだ。


「もう一本はニックさんに」


 剣闘士に差し出される同等の剣。思わず目を見開くニックだった。


「俺?」

「一番長い牙でも両手剣にはできないからですね。自然とニックさん向け」


 ロジーネがいった。


「みんないいのかよ?」

「異論はまったくないぞ。ポーラさんを救った冒険者はお前だし、そもそも両手剣にもできないとロジーネさんが言ったばかりだ」

「受け取りなさい」

「みんな、すまねえ。ありがたく使わせてもらうぜ。ってこの剣、過剰魔力付与済みかよ」

「こっちもだな……」

「それはおまけ。二人に共通している付与は、【不壊】と【研ぎ知らず】【スキルMP軽減】。火竜特性でアクティブスキル一つと火属性攻撃強化。スキルは使ってみてのお楽しみ。あなたたちなら発動できるはず」


 てんこ盛りだ。【不壊】は決して破壊されず、【研ぎ知らず】は切れ味が落ちない。その他の効果も一つ一つが破格だ。


「共通ってことは、効果が違う能力もある?」

「アーネストちゃんの武器は、武器ガード能力とダメージカットを極限に上げています。そして魔力威力とスキル威力の上昇効果も。ニックさんは純粋に切れ味向上とスキル威力が劇的アップ、受け流し率アップね」

「あのきもい数のマジックアローが、さらに痛くなるのね」


 ポーラがぽつんといった。アーニーが使うマジックアロー。その本数は本職からみても気持ち悪いらしい。


「きもいっていうな!」

「わかりますよ、ポーラさん」


 レクテナがうんうんと首を振る。


「ありがとうございます。——みんなも。なんとかしてみんなに恩を返さないと……」


 根が生真面目なニックは思い悩むほど、名剣だ。


「気張るなよ、ニック。俺たちはただでさえマエストロやアデプトが強化した作る武器の恩恵にあずかっているんだ」

「そうだぞ。レクテナさんが強化してくれているから不満はまったくない。どこをどうやってもこれ以上の武器を探すなんて至難なぐらいなんだぞ」


 彼ら二人の武器も、大枚はたいても買えないぐらいの代物になっている。


「よかったですな、ニック」

「みんな、ありがとう」


 感涙しそうな勢いのニック。冒険で一発あてたわけでもないのにこれほどの名剣が与えられたのだ。


「私は武器ガード能力極限向上とダメージカットという付与の効果が、レクテナさん…… アーニーさんのこと、良くわかってらっしゃるな、って」


 ウリカがぽつんと言った。レクテナのその理解度に嫉妬している。

 悔しそうだ。


「私もそう思います」


 エルゼがそっとウリカに寄り添った。絆を感じる、その人のために用意された魔法付与。これはアデプトゆえではなく、アーニーのために全力を尽くした魔法であろう。


「まあねー。わかるでしょ、この子。すぐ無茶するから。ロジーネから相談されてすぐに決めたわ」

「私からもありがとうございます、と言いたいですね」

「俺、そんなに無茶しているかな」

「はい! この自覚ない子にお説教タイム! 参加する人、手をあげて!」


 イリーネが挙手を求める。

 女性陣全員とカミシロまで手が挙がっていた。


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