第52話 テキストは短いほうが強い——否!

 吹き飛んだサソリ型ゴーレムの頭部から、人影が這い出た。

 息も絶え絶えに、森の奥へ消えていく。


 アーニーはすぐさま追跡を開始した。この距離なら見失うことはない。


 人影に消えた方角へ進んで行く。

 前方で光柱が上がる。今朝、彼らが向かったもの同系統の代物だ。


 あの光柱よりも眩しく。そして禍々しい。


『敵も瀕死だ。決着をつけよう』

「ああ」


 アーニーは決着を付けるべく、光柱に向かった。


 気が付いたら回廊のなかにいた。一本道を歩いて行く。

 先ほどは青を基調とした空間だったが、今回は黒を基調とした空間だ。心なしか空気が重い。


 扉がある。

 アーニーはそっと扉を押し、中に入った。

 中は巨大な空間だった。


 あちこちに鎧姿の冒険者——行方不明だった者たちが倒れている。

 顔は白骨化しているものもあり、死んでいることは明白だった。


 床は血に染まったかのように紅く、死体には不気味な花が咲き乱れ、地獄の様相を呈していた。


『死体に花か…… 嫌な予感がする』

「趣味は悪いな」


「ここまで来られるとはな」


 今までと明らかに違う、角をはやした邪神の【使徒】がいた。

 体中は傷だらけ。服も破れている。


「もうボロボロだな。今楽にしてやる」


 アーニーは魔法を行使すべく片手を突き出し――


「まあ、待ちたまえ。【シヤツトアウト】」


 【使徒】が古代召喚らしき魔法を使う。


「何をした?」


 体は動くが、魔法が発動しない。行動完封シャットアウト中はいかなる行動も不可だ。


『行動を封じられたな。効果時間は短い』


 守護遊霊が答えてくれた。

 【使徒】がその存在に気付き、忌々しげに吐き捨てる。


「守護遊霊ごときが。よくも邪魔をしてくれたな」

『俺にできることはガチャを回すことだけだぜ!』


 嘯くように答える守護幽霊。

 実際、彼らがこの世界に干渉できることはほとんどない。


「それにしてはやってくれたよなあ? よくもまあこの世界の仕様とシステムの違いを考慮して対策したものだ」

『褒めてくれてんのかね? お前こそ、こんな世界で【古代召喚】を無茶苦茶しやがるな。どうせ【シャットアウト】してんだから、教えろよ』

「呆れているのだよ。いいだろう。答えてやる。法則は大きな違いはあるが、根幹は一緒なのだ。今の時代のほうがはるかに単純な分苦労した」

『使えるリソースが少ないってことか?』

「そういうことだ。守護遊霊よ。先攻があり、後攻がある。MPを消費する。HPが存在し、なくなると戦闘不能、あるいは死。根幹は同じだ」


 教師のように世界の仕組みを解説する。理解者はいないのかもしれない。


「お前を始末してさっさと赤き瞳の娘を手に入れるとしよう」

「【鮮血の姫君】の復活なぞ、させやしない」

「はん。そこまで知っているか」


 【使徒】は魔力を手に溜めた。


「もう少し時間をもらうよ。【シャットアウト】」


 再度、アーニーの動きを封じる。


「ずいぶん念入りだな」

「侮りはしない」


 【使徒】はアーニーを見据えていた。


「MP、というリソースしかないのだ。ふざけるな。古代魔法も精霊魔法もMP。どれだけ神々は手抜きなのだ?」

「生命、炎、闇、光、水の魔力たるリソースはない、か。【古代召喚】なら無色しか使えないな」

「そういうことだ。天地の間に揺蕩う精霊から引っ張ってくるしかない。闇と光と、炎、水、生命、それぞれの精霊を駆使し、ようやく【古代召喚】に成功した。凶悪な力だが、精霊魔法に弱いという弱点を抱えてな」

『精霊魔法は【古代召喚】がこの世界に適応して生き残った魔法。そもお前たちがやっている【古代召喚】こそが無理筋な話だ。使えない魔法も多かったろう』

「さすが元同種、といったところか? 例えばこの時代では即死魔法に値する除去全般や、大量の地形破壊魔法は変換そのものを拒否される。また、ダメージ魔法以外の即効魔法はかなり厳しい。そもそもこの時代は純粋な属性魔力を確保しにくい。MPしかないからな」

『同種は勘弁してくれ。単純なモンスター召喚や攻撃魔法なら変換容易な理由はわかる』

「テキストは短いほうが強いということだ」

『否! ――それは時代遅れといっておこう。いっそ不死鳥召喚してやりてえ』


 【使徒】は立ち上がった。

 やはり悪魔にしか見えない。


「何、邪神様が復活すれば、もう少し融通も利くだろう。お前を始末してことを進めるさ」

「【使徒】は残りお前一人だ。【古代召喚】は制限されただろう。【鮮血の姫君】も

【魔王】諦めろ」


 邪神の【使徒】ももはやぼろぼろだ。長くはもたないだろう。


「あれは過程にすぎないよ。【大魔王】の道だ」

「【大魔王】?」

「全ての魔法を使いこなし、全ての魔物を従える究極の存在だよ。どうだ? 一枚噛まないか。お前なら仲間にしてやってもいい」

「断る」

「つれないな。――お前。さぞ名のある冒険者だろう」

「残念ながら一年前までアンコモンの、Dランク冒険者だ」

「笑えない冗談だ」

「嘘じゃないさ」


 【使徒】はアーニーを警戒している。真実を話してもまったく信用されない。肩をすくめるアーニー。

 もっとも【スーパードレッドノート・スコーピオン】を葬り去った者がDランクなど、信じることはできないだろう。


「【シヤツトアウト】はもう使わないのか?」


 アーニーが挑発するかのように尋ねる。


「ふ、十分に時間は稼げた。このまま行くと私の命も尽きそうでね。一気に決着をつけさせてもらうぞ! 」


「準備は整った。行くぞ——【ナレッジフラツドゥ】」


 アーニーの脳裏に同時に使える魔法が一気に増えていく。


「なんだこれは」

「君も私も、多くの魔法を使える選択肢を得るのだよ。独り占めはよくないだろ?」


 何が楽しいのか含み笑いをこらえている。


『連鎖コンボ魔法か…… 初見殺しだ。見ているしかできない』


 守護遊霊が苦々しくな声が響く。


「次は――選択肢を捨てることによって魔力を得る。【プロフュージヨンイビルフラワー】よ。我に力を!」


 冒険者の死体に咲いていた花が不気味な音を立てて、蠢く。

 【使徒】に力が集まる。


「【ワイルドウィル】発動。魔力の発生フィールドを形成させてもらう。――【マスコンサンプション】。魔力発生フィールドを消費し、己が望む精霊魔力そのものにする! そしてまた、先ほどの魔法を順次繰り返すわけだ」


連鎖魔法コンボ成立、か……』


 守護遊霊が呻いた。


「お前にはわかるだろう? 守護遊霊。回り出せば、この時代の人間には対抗できる手段が何もないことを、な!」


 アーニーは動かない。


「これで十分な魔力は揃った! お前にはしてやられたからな。命で償ってもらうぞ! 全力で喰らってやる! 寄越せ、お前のの命! 【ライフシーズ】」


 【使徒】が闇を生み出した。


 闇から無数の髑髏が覗かせる。

 歯をかちかち鳴らしながら、アーニーをみつめていた。真っ黒なはずの眼窩は赤く灯っていた。

 そして闇が巨大な蛇のようにうねり、アーニーを喰らうべく、襲いかかった。


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