第41話 ジャンヌの思いやり

 帰宅したアーニーを壮絶な修羅場が待ち受けていた。


 ウリカとエルゼ、ポーラのほかにジャンヌ。

 酒場にいたニックとノラエガに同席してもらった。この二人の同席は危機感を覚えたアーニーの強い要望である。


「長旅お疲れ、ポーラ。久しぶりだな」


 アーニーから声をかける。

 今のアーニーに、ミノタウロス五十匹とこの場にいることどっちか選べと言われたら喜んでミノタウロスに挑むだろう。

 それほどに空気が重い。


「ああ、うん。アーニーさんも元気そうで何より」


 当たり障りのない会話からはじまった。


「まあな。手紙で書いた通り、そのままだ。町にくるとは思わなかった」


 苦笑した。

 ありのまま書くことで、ポーラを遠ざけようとしたのだ。


「うん。十五歳の女の子と同棲して銀髪ポニテエルフ美少女を引っかけてるとは思わなかったけどね……」


 恨み節だ。声のトーンが低い。


「あれ? ウリカもうすぐ二十だろ」


 ここで天然がでてしまうアーニー。


「……はい」


 目を逸らしながら返事をした。


 男性二人はひくついてる。ジャンヌにいたっては苦虫をかみつぶしたような顔をしていた。エルゼはいつも通り、無表情。


「あのね、アーニー……」

「ちょいいいっすか? マスター」


 しゃべり出そうとしたポーラをジャンヌが遮った。


「それ本気で言ってる?」

「ん。ああ。そう聞いていたから……」


 ジャンヌの反応がおかしい理由がアーニーにわからない。


「ごめんなさい、ポーラさん。うちのマスターに今から理解わからせます。ちょっとだけ待って」

「わかりました」


 ジャンヌの剣幕に、ポーラ自身も驚いていた。


「な、なんだよ」


 いつもと様子が違うジャンヌに戸惑うアーニー。


「気付こうよ、それぐらいは」


 ジャンヌはかつてないほどに真剣な表情だった。


「いや、その…… 少しは若いかなぐらいは……」

「私は十八だけど、ウリカ様は私より年上には絶対見えないっすよね?」

「うーん。ああ、でも見た目では……」

「第一、この前マレック様がいったらしいじゃないですか。十五年前の、ウリカ様が生まれた歳のことを」

「……あ」

「あ、じゃねーすよ。ごめんなさい。うちのマスター抜けてて。ポーラさん辛かったよね。追いかけてきた子が若い子侍らせてたら」

「侍らせてなど……」

「私がいつか見た光景のこと話していいっすか?」

「う……」

「あのね。本当はポーラさんもウリカ様の年齢や銀髪ポニテ裸タオルエルフのことを言いたいわけじゃないのよ。わかる?」

「さりげなく不穏なワードを入れるのをやめませんか、ジャンヌさん。はい」

「確かにポーラさんは勝手に追ってきたかもしれない。暖かく迎えてやれとはいえないかもしれない。でもね、ここまで追ってくる何かはあったんじゃないかな、って私は思うの。マスターと付き合い浅いの?」

「浅い、とはいわない」


 数年以上、必ず顔を合わせていた仲だ。浅いとは言わない。


 アーニーのその言葉を聞いて、初めてポーラが涙ぐんだ。

 ウリカもエルゼも息が詰まりそうな思いに駆られる。


 好きな男性は同じだから。


「手紙を出す仲なんだから、もうちょっとデリカシーがあれば良かったかな、ってジャンヌちゃんは思うのです」


 これ以上ない正論に、沈黙が降りた。


「おっしゃる通りです」

「じゃあ、ポーラさんにいうことは?」

「……ポーラ、すまない」


 謝罪の弁をようやく述べるアーニー。


「ジャンヌさんでしたっけ。ありがとうございます。私の気持ちを察してくれて。それだけでも嬉しいです」

「いや、本当に面目ねーですよ」

「あなたもアーニーのこと、マスターって言ってますよね」

「ああ、私はガチャで召喚された【使徒】だからですよ」


 とんでもない発言だが、こればかりは事実だから仕方ない。


「ガチャ」


 真顔になった。

 ガチャ廃は遂に人間を召喚できるようになったのかと。


「基本ないがしろにされているので、変な関係じゃないです」

「ないがしろ」

「……このバカップルにすぐ遠征に出されて…… うぅ」

「それはひどい」

「私、どーせお邪魔虫っすから」


 ジャンヌ、第三者に日頃の恨み全開である。


「あなたは頑張っていますよ! ジャンヌさん、私! あなたと友達になれそうです!」

「ポーラさんいい人すぎる!」


 変なところで友情が生まれた。

 それでもジャンヌのおかげで、なんとなく助かったと察したアーニーとウリカだった。


「なんか私が言いたいこと、全部ジャンヌさんが言ってくれたから、毒気も抜けちゃった」


 ポーラが苦笑した。


「ウリカちゃんのこと知っていて、私が勝手にこの町に押しかけてきた。私は、アーニーの恋人でもなんでもなかったんだし」

「ポーラ……」

「ごめんね。でもね、お別れも突然すぎて、彼女のことも突然すぎて。いてもたってもいられなくなったんだ。ウリカちゃんもごめんなさい」


 冷静になったポーラがちょこんと頭を下げた。


「いやいや、私なんて……」

「あなたの意思と決断を、アーニーが選んだんだな、ってわかるもの」

「……ありがとうございます」

「今日は私も帰ります。ああ、明日冒険者組合でお待ちしますよ。お話ぐらいは聞きたいですから」

「わかった。この町にくるまで、来てからのことを話そう」

「私も話しますよ」

「ありがとう、二人とも。そこの男性お二人、自棄酒に付き合ってくれない?」


 突然声をかけられたニックとノラエガは苦笑した。


「送りオオカミになってもしらないぜ!」

「アークビショップのまえでとんでもないことを口走るな」

「ははは。こんな修羅場に付き合ってくれたお人好しさんたちは信頼してもいいかな、って」

「ふん、いいぜ。お嬢ちゃん。奢ってやらあ」

「私も出すとしますかね。では今日は失礼するよ」


 三人は帰って行った。


 残された者はいつもの四人。


「ジャンヌ。――言いたいことはたくさんあるが、ありがとう、かな」

「どういたしまして。いたらないマスターを補佐するのも【使徒】の役目ですよ」

「所々、毒を感じたけどな」

「それだけのことしてるっすよ。エルゼさん、不満は溜まってませんか? 私は一番あなたが心配です」

「え? 私?」


 突然話を振られたエルゼは目をぱちくりした。


「この二人、すぐに二人だけの世界に行くからね」

「大丈夫です。妹的な感じで生温かく見守ってますよ。私はお二人とも好きですからね」

「生温かいところに、不満を感じるジャンヌちゃんですが、なら良かった」


 エルゼが柔和な笑みを浮かべ、ジャンヌの心配を杞憂だと伝える。


「そうかー。でも寝室どうするかな」

「え? 何がです?」

「今まででっかいベッド一つだったけど、俺とウリカの年齢差を考えると……」

「今まで通りですよ?!」


 ウリカが慌ててアーニーを遮る。


「でないと泣きますよ?」

「……わかったよ」

「この甘ったるい雰囲気ですね、ジャンヌさん」


 先ほどとは違う、黒い笑みを浮かべるエルゼ。


「そういうとこだぞ、マスター。本当に」


  釘を刺さずにはいられないジャンヌであった。


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