第35話 ノッチ端末って正直どうよ

「緊急会議に集まってもらった理由はほかでもない」

 緊急の天界が始まった。


 魔人を含むいつもの神々が勢揃していた。


「邪神が復活しそう」


 長い沈黙が神々に降りた。


「冗談では済まされないぞ主神」


 魔神が呆然とした表情で呟いた。

 それに続いて神々が騒ぎはじめる。


「てめーの重要な仕事じゃねーか主神!」

「主神様。何故そんなことに? 我々の力はほぼ邪神封印に使われているはずなのに!」

「主神手抜きすぎ」

「仕事してたの? 主神」

「このノッチ、正気?」

「最後の発言はアウトじゃ! 誰が言った!」


 女神たちからの声であったが、反応はない。


「ノッチは禁句」


 主神が厳粛に言い渡す。


「魔神が反乱のときも切欠きノツチの呪いを主神にかけたことで、魔神は未来永劫封印されることになったののだ……」


 戦の神が魔神封印の件を思い出す。


「まだ気にしていたのか……」

「ノッチのことをM字ヘアっていうのやめろよ!」

「主神、逆! 逆です!」


 美の女神の指摘にはっと主神は息を飲む。ごまかすように咳払いをした。


「魔神。そろそろ呪いを解除していいんじゃよ」

「ごめん無理。解き方がわかんない」

「だからなんでそんな呪法を儂に使うかな?!」

「良かれと思ったんだよ。守護遊霊世界では人気なんだぞ。最新のこの世界への干渉する手鏡スマホは皆切欠きノツチありなんだぞ。みんな切欠きノツチ手鏡スマホを手に入れる。喜んでもらえると思ったんだよ」

「じゃあお前もも切欠きノツチになれよ」


 魔神は目を逸らした。


「……いやです」

「ヘアーハラスメントじゃ! もういい。呪い解けるまで永劫牢獄だから。お前がノッチヘアにするなら、永劫牢獄の期間短くするよ?」

「永劫牢獄でいいです」

「ふぉー!」


 怒りのあまり声がでない主神。


「そもそも切欠きノツチありで、我々がいかに苦労しているか。水滴型やら雫型らパンチ型やら奇怪な形状ばかり増えて。素直に薄いベゼルにしておけよ。その上アスペクト比変態ばかりじゃ。そんなにお前ら端末で映画見るのか。こっちは切欠きノツチ込みで手鏡端末映像作らないといけないんだぞ!」

「お前らとは誰に言っているんだ主神。あとアスペクト比とかメタなこというな。主流の20;9あたりでいいだろうが」

「縦に長すぎるんじゃ! 棒かよ!  昔懐かしの16:9のほうがやりやすいわい。古い手鏡スマホの基本じゃろう! 運用機構OSのほうでのスケーリングも限度があるし……」

「そこまでにしてください、主神、魔神殿。色々禁則事項に触れる会話ですよ」


 ため息をこらえながら、美の女神が割って入った。


「邪神の詳細、詳しく」

「そうじゃ、邪神だ」


 主神が思い出したように言う。


「まだ完全復活はしとらん。あやつは特殊だからな」

「そう簡単に主神や我含めての封印が解けてたまるか」


 魔神が吐き捨てた。


「そこで問題が発生したのじゃ。

配下のものは何人か復活している節がある」

「何故追跡できなかった?」

法則システムに介入しよったわ」

「システムですと?」


 戦の神が問いただす。


「知っての通り、この世界は守護遊霊のいる現実世界の創造したビジョンを投影して構築されておる」

「ああ」

「そうだな。いうなればこの世界は現実世界の幻想——手鏡スマホ鏡台モニターに写るビジョン…… それらがもとでシステム、世の理が構築されておる」

「ガチャによって現実世界リアルから介入されている。我々の世界はその影響をまともに受けるからな」

「うむ」


 ガチャは守護遊霊世界とこの世界をつなぐ手段である。


「しかしな。邪神は守護遊霊がいる現実世界でも、違う法則を見いだしたのじゃ」

「なんだそれは」

「守護遊霊世界では卓上遊戯……と呼ばれておる」


 神々は再度沈黙した。


「卓上遊戯……というと二千年前の古代召喚戦争の元となった遊戯ではないか」

「そうじゃ。あまたのモンスターを札に封印しセイエンで集め、召喚し戦わせる。召喚戦争の大本になった卓上遊戯の一種だ。そう、交換手札TCGぢゃ!」


 くわっと目を見開き、主神が吼える。


「そのシステムを利用して、セイエンを集め、この世界へ再帰還を果たした、と?」

「儂はそう予測しておる。我々がセイエンを集める手段は、ガチャじゃ。ガチャに干渉するなら、すぐ分かる」

「裏技抜け道、邪神は大好きだからな。確かに主神が見落としても責められまい。我が兄ながら情けない……」


 魔神も嘆息が抑えられない。

 邪神は彼の兄である。


「そうじゃ。邪神――かつての欲望の神。最強の力を持ちながら、最も弱者に成りすまし、他人の作ったシステムに寄生し勢力を拡大する恐るべき神」

「我が作った法則もいつの間にか乗っ取られた。その最たるものが魔王のシステムの悪用だ」


 魔神は人間の可能性の神。魔力もまた魔神の力。

 魔物たちの可能性を作り上げた魔王というシステムを、利用されたことがあるのだ。


「TCGの魔法は稀少なものだと現実世界だとセイエン8枚やら10枚がざら。最高記録だと五千枚とも十万枚とも近くいったらしい」

「ひぃ」


 一枚二枚集めるにも大変なセイエンが、たとえ最高高額でも5000枚。

 想像を絶する価値である。


「それは確かにセイエン回収に良さそうだな……」

「きゃつめは使徒を配置し、TCGシステムをこの世界に導入を目論んでおる。自らは動かずにな。人を動かし、陰謀を蜘蛛の糸のごとく張り巡らせ、勢力を拡大していく。仕様の穴をつき、絶大な力を手に入れておる」

「あの時ばかりは我もおぬしらに力を貸した。何せ自分以外すべての神を滅ぼす予定だったのだからな」

「殺すにも殺せぬほどの絶大な力よ。あれを封じる権限をもって儂もまた主神を名乗っているのだから」


 主神もまた苦悩していた。邪神の復活など考えたくもない事態だ。


 鍛冶の神が呟いた。


「まずいな。実にまずい。あれらは武器があまり効かん。なんでもかんでも召喚しちまうからな」

「かといって二千年前ほどの魔力を維持することは難しい。あれはまさにユキチことこの世界でのハンシィのバブル。何人のユキチが生け贄に捧げられたことか! あのバブルはすでに弾けたものだ!」

 戦の神が指摘する。現実世界ではユキチと呼ばれる存在はこの世界ではハンシィと呼ばれている。

「そうじゃ。レイワとなった現実世界ではユキチことハンシィは代わり、エイイチことセイエンになったのじゃ」

「卓上遊戯は召喚戦争だけではない。賽を振って冒険者の行く末を決める、運命操作系の力もある」

「賽だけで運命を決めるだと! どれほど結果を省略したらそんなことができるのだ!」

迷宮支配主ダンジヨンマスターが魔法帝国時代にいたじゃろ。それの起源らしい」


 神々は卓上遊戯の恐ろしさに震え上がる。


「どの法則を利用するかまだ不明なのですよね? おそらくは召喚戦争の法則かと。予想されるは主神が仰った、【交換手札TCG】――【古代召喚】あたりですかね」

「じゃろうな。あのままの召喚モンスターがきたら、この世界はあっという間に蹂躙されるじゃろうが。冒険者に対抗できるかは……」

「かなり厳ししそうですね」


 自然の女神が言う。


「あの時代の直接攻撃魔法は、現在の精霊魔法システムに取り組んであります。かなり衰退はしましたが……」

「精霊魔法の使い手は減った。確かに苦戦しそうだ。古代魔法は【古代召喚】で召喚される魔物に対しては効力が落ちる」

「そもそも魔力の源たる我が封印されているからな」

「お前の権能だだ漏れじゃん」

「そうか? 学問化しすぎて、使い手が減ったのもある」


 魔神は魔力の源であり、モンスターの神でもある。モンスターとは可能性の権限でもあるのだ。


「元々召喚戦争の【交換手札】が、ガチャのオリジナルでもある。苦戦は必至だ」

「ガチャのアイテムで対抗は難しいですよね。ガチャに召喚獣を入れたらどれほど楽なことか」


 しかし、その道は二千年前に閉ざされている。


「冒険者が【古代召喚】の召喚獣を使うことはできない。そもそもMPしか持っていない。【古代召喚】は精霊そのものの魔力を使うからな」

「炎の魔力や闇の魔力そのものなど、使わせんわい。精霊魔法もMPリソースにした理由は、単純化が目的じゃからな」

「召喚戦争の知識を持つ守護遊霊がいるなら、あるいは精霊魔法で発動し、対抗できるやもしれん」

 魔神が考え付く手段などそれぐらいしかなかった。


「そんな守護遊霊が……今どれほどいるやら」


 自然の神がつぶやいた。


「祈るしかない。我らもまた守護遊霊と同じく、直接手出しはできぬのだ」


 この話の解決策は見いだせそうになかった。



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次回から新章突入です!

古代召喚と呼ばれる魔法を直接呼び出す遊戯をもとにした敵。HPとMPしかない彼らに対抗手段は乏しい状態です。


ちなみに作者のスマホは21:9でかなり縦長です。


なお現実世界においてはMTGのブラックロータスが約五千万(競売成立)、遊戯王のカオスソルジャーステンレスが約10億(売り手価格)らしいです。

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