第30話 四捨五入でエルフです!
「アーニー様! ウリカ様! ほんっとうに! うちの妹を! 助けていただいてありがとうございました!」
銀髪のエルフ、ディーターが酒場で深々と頭を下げた。隣にいる妹のエルゼも同じく頭を下げる。
ティーダーに呼び出されたアーニーは酒場でちびちびやっていた。隣でウリカもちょこんと座っている。
助けた日から四日経過していた。
「かぼちゃを運んでもらったから貸し借りはなしだって。そんなに言うならこの酒を奢ってくれたらそれでいい」
苦笑しながら、手をひらひらさせる。予想した通り面倒なことになった。エルフは大げさなのだ。
「ほら、そうやってすぐ些細なことで帳消しにしようとする」
ディーターは咎めるように言う。ウリカも口にこそ出さないが内心ティーダーの対応のほうが理解できるというものだ。
「エルゼがそのままオークに捕まっていたら、考えたくもない事態になることは必定」
妹の美しい銀髪を撫でる。
「それに俺のたった一人の家族なんです……」
亜人狩りから逃げ延びた、二人きりの家族だった。
「本当にもう私、だめかも、死ぬかもと思いました…… 兄さん助けて、って何度も叫んで。 ごめんなさいって悔いても手遅れで」
「エルゼ」
妹の心境を察するあまり、涙目になる兄。
「私は守護遊霊の加護がありません。あのままだと悲惨な未来が待っていました」
エルゼは確信を込めて断言する。守護遊霊の加護がないということは復活も不可能。
想像もしたくない事態に陥っていたのだ。
「アーニー様があの場所にいなければ!」
「助かったし、間に合った。もし、なんて可能性はもう存在しない。あと様はやめろ」
コップをぐいっと飲んで、おかわりを要求するアーニー。
「アーニーさん。この場の飯代の単価を上げようとして、好きでもない酒を呷るのはやめていただきたい」
ジト目になるディーター。
「ばれていますよ、アーニーさん」
ウリカが小声で釘を刺す。アーニーが酒をあまり好まないことは有名だ。
「んー。このままいくとお前ら、とんでもないこと言い出しそうだからなあ」
エルゼを連れて帰ったあと、大騒動だった。
泥だらけで、ウリカの外套で保護されていたエルゼ。前開きにされてしまった上着。あられもない姿が悲惨さを演出した。
名も無き町のエルフたちは大慌てだ。その後、間一髪助かったと本人の証言もあり、まったくの無傷も確認された。
アーニーとウリカはまさに大精霊の使いのごとく崇められた。
かぼちゃを運んでもらったから貸し借りはなし、というアーニーの謎理論はエルフたちによって全力で拒否された。
そもそもディーターはじめ、エルフの若者はアーニーの技術指導もあり工芸に携わっている。
それも、ドワーフのような鉄鋼関係ではなく、木工やガラス細工などエルフ好みの品の技術や、精霊との調和による仕事。筏流しなども今やエルフの仕事だ。
ドワーフと対立の種になっていた、伐採の話もスムーズになった。植林と再生は、実にエルフ好みの提案であり、管理は彼らに任されることになっている。エルフたちとて、木々が燃料になり、需要は少なからずあるということは理解できるのだ。
多種族との連携が苦手なエルフが、生き方、考え方を大きく変えずに町に貢献できる。
アーニーはそれを可能にしてくれたのだ。
今回のエルゼ救出劇は、エルフたちにとって決定的な出来事になった。
不思議なもので報酬を受け取ろうとしないアーニーにエルフ側が焦った。
技術指導の礼さえも満足できていないのに、一族の者の危機を助けてもらいながらも何も返せないのだ。
縁が切れるのでは無いか、という不安である。金品を要求されたほうが、まだ人間という存在で計り知れた。
ここでエルフ側も謎理論で思考を飛躍させる。
アーニーは物質的なものに影響されない。――もしや実質エルフなのでは? と。エルフ特有のプライドさも垣間見える解釈だ。
アーニーにしてみればはた迷惑以外何者でもないし、なんでそういう結論になるといいたいのだが、そこはあえて黙っていた。
エルフ総出でジャック君乱獲し、ドロップアイテムのかぼちゃをアーニーに献上する案も出たが、全力で拒否した。
守護遊霊もそうだが他者から施されたガチャなど、意味はないのだ。
「この件はこれで終わりにしよう。な?」
嫌な予感がひしひしとする。
「そこで提案なのですが――私をお嫁にもらってください」
エルゼが爆弾発言をした。ディーターは目を瞑って聞いている。
「ほら! とんでもないこと言い出した――嫌だ」
「ですよね。アーニー様ならそう言うと思いました」
エルゼはあっさりと肯定する。しかしこれで引くとは思えない。
初めて出会ったときは恐怖に怯えていたが、今ではとてもクールな感じだ。話の内容と表情がかみ合ってない印象も受ける。
「おう。ウリカから殺気がでているから、あまり虐めないでやってくれ。主に俺を」
目を見開いて、限界まで大きく開かれた赤い瞳孔でアーニーを見詰めているウリカはとても怖い。
エルゼはウリカからみても、超がつく美少女だ。
「で、私の嫁入りの話ですが」
「聞いてない?!」
「私はアーニー様もウリカ様もお慕いしております」
「え」
ウリカはびっくりして、エルフの少女を見詰めた。
すまし顔でエルフ娘が続ける。
「アーニー様とウリカ様はご婚約の身。奥方がウリカ様であることは揺るぎない事実です」
「ちょっと待て」
「アーニーさん、今は話を聞きましょう」
「ウリカさん?!」
裏切られ驚愕のアーニー。【婚約者】で【奥方であることは揺るぎない事実】のウリカは冷静に対処しようとしていた。
こぼれでる、によによを噛み殺しながら。
「私は人間の世界でいう、第二夫人とか、妾とかでいいです。肩書きにこだわらないのです。籍に入れるとかも必要ありません。エルフですから。子供が出来たとしても勝手に育てますし、お二人のお子様や孫の面倒みることができたら良いですよね。マレック様のように」
不死者のマレックをだしてきたところが、したたかである。
「お子……孫……」
「帰ってこい、ウリカ」
「お二人をお慕いし、お二人の側にいたい。お二人がもし喧嘩したなら仲裁できるような…… そんな関係になりたいのです。それがダメなことでしょうか」
「エルフ族が許さないだろ、そんな都合の良い関係」
「アーニーさんとエルゼに子供ができた場合、この町のエルフ族全員が大切にすることをお約束します。いえ、もちろんウリカ様との子もですが」
ディーターが割って入る。事前に打ち合わせ済みだったらしい。
「だから子供の話するのやめよう。ウリカが遠くに行くから…… それは兄としてどかと思う」
エルゼのペースに飲まれまいと、ディーターに話を振る。
「アーニーさんと義兄弟。――なんと耳心地の良い言葉かー!」
目をくわっと見開いてティーダーが宣言した。
「お前もかよ……」
「人間とエルフでは家族のあり方も違います。籍や形式にあまりこだわらないのですよ。大切なものは絆です。義兄弟になっちゃいましょう」
「簡単に言うな。大切な妹だろ、おい。――俺、人間だから定命の問題がある」
エルフのほうが人間の数倍長く生きる。
「関係ありません。エルフなんて戦争になればあっさり死にますし。あっさり死ぬから結婚しないなど理由にならないことはご存じですよね?」
エルフは簡単に死ぬ。体力が低い種属傾向なので特性の問題だ。森に引きこもっている生活スタイルも彼らなりの防衛術なのだ。
ディーターは続ける。
「エルフだから信頼できる男性とも限りません。それにアーニーさんは我々のなかではもうほぼエルフですよ。四捨五入したらエルフです」
「四捨五入でエルフとかおかしくない?」
「森の知識が深く、精霊の理解も深く、我々を導いてくださるのですから」
「俺、森を拓いているんだけど」
自然を愛するエルフのなかでは問題視されているはずだ。
「森林再生の知識も豊富ですよね」
エルフ族でも原状回復という概念をもたらしたアーニーは高く評価されていた。
マレックより森林官という森林管理の役職まで命じられ、エルフによる森林行政と開拓のバランスは下手な国より遙かに進んでいると言えた。
エルフといえど人里で暮らす以上、産業とは向き合わないといけない。今の町の環境はベストではないがベターであることはエルフの多くが認めているところだ。原理主義者に共生は難しく、森に帰るしかないだろう。
アーニーは話題を変えた。そもそもの発端は――
「……俺はそんなに好かれるようなことしたのかな?」
疑問を投げかける。
呆れた視線を三者から送られる。
「自覚ないんですね…… あれはかなりの運命的イベントだったと思いますよ。私の時ほどじゃありませんが」
迷宮で放置されガーゴイルに追い回されていた少女の言葉は重みがあった。
「ウリカ様もそのような? 控えめにいって惚れるなというほうが無理でしょうね」
捕まってしまい服まで切り裂かれていたところを助けられたのである。兄であるディーターだって、そう思う。妹の姿をみたときは、最悪の事態も想定してしまったほどだ。
「白馬に乗っていてもおかしくないシチュエーションでした」
少しだけ頬を染めているエルゼ。
「それはないから」
森のなかで白馬にまたがる自分をイメージして思わず苦笑する。
一日でかなり美化されてしまっている。
『クッコロからお姫様抱っこだしなー』
守護遊霊が割って入る。スラング全開だ。
「おいこら」
宙を睨む。返事はない。
ため息をついて、落ち着きを取り戻そうとする。冒険より疲れていた。
「まあ、なんだ。ウリカとの仲も進んでいないことだし、ここは諦めてくれ。ください」
ぺこりと頭を下げた。
「ウリカ様との仲が深まればいいんですよね」
エルゼが核心を突いてきた。
「それ! 私との仲が深まれば解決しますよね、アーニーさん!」
ウリカに気付かれた。
意図的に反らしていた問題だった。
「気のせいだ」
「気のせいじゃないですよね?!」
悲痛な叫びをあげるウリカ。
「ウリカ様。私、お手伝いしますから。全力で」
ウリカの手をテーブル越しにそっと握りしめる。表情をあまり変えない彼女がこのときだけはにっこり笑った。
「エルゼ可愛い。好き」
ウリカの語彙力が死んだ。
完落ちだ。
「ウリカ? 言いたくないけどライバルになるかもなんだぞ」
対象の俺がなんで言わないといけないんだ、と心でぼやくアーニー。
「ライバルと言うことは意識していただいているのですね? 私はウリカ様も好きですのでライバルになりません。後輩? 妹?」
「妹いいなー」
ウリカの脳内暴走が止まらなくなってきた。危険だ。
「パーティメンバーから始めてください。お願いします」
土下座の勢いのアーニー。このままだと確実に嫁が二人に増える。
「最初はお友達、ならぬメンバーからですね」
エルゼも納得したようだ。
「私はアンコモンの
バードは楽士を兼ねる。
自分の能力を申告する。呪曲は、特殊能力を得ることができる音楽であり、通常の支援魔法とは別枠だ。
「呪曲はどんな?」
「足を少しだけ早くすること、ちょっとスタミナが上がるもの、ぐらい。レベルが低いのでソロだったのです」
ウリカもそうだが、低レベルの支援職はソロが多い。高レベルになると引っ張りだこになるのだが、低レベルだと寄生呼ばわりする心ない者もいる。
高ランクのパーティの支援職確保は、低レベルからの育成協力で信頼関係を構築することが良い。もしくは効率というメリットをぶらさげて確保するかだ。
「十分だ。前衛後衛に支援職。ついでに今はイベント中。これでいこう」
アーニーはそれで押し通した。
「ありがとうございます。そういっていただけると本望です。一生お仕えいたします」
「やめて。重いから」
淡々と重いことを告げるエルフ娘に、アーニーが悲鳴をあげた。
「俺は君のことを助けたが、俺は君のことよく知らないんだ。ディーターの妹だから信用はしているんだが」
「兄さん、好感度かなり上げてますね。悔しい……」
「ふっはっは!」
本気で兄に嫉妬する妹と高笑いする本人。
「それをいうならドワーフ兄弟のほうが……」
「アーニーさん、それ以上言うと戦争になります!」
慌てたウリカに口を塞がれる。
ウリカは左右を見回し、聞かれていないか確認する。この話が聞かれたらドワーフの間で勝利を祝う宴会が開始される。
「……エルゼ。エルフ族の命運がかかっている。頼んだ。手段は問わん」
「はい、兄さん」
思い詰めた表情をする二人。
「いっとくけど、俺かなりダメ人間。なあウリカ?」
「まあ…… 言いたいことは山ほどありますが、そうですね、はい。そんなところも含めて好きですよ」
「エルフは本来怠け者ですから。働き者だったら息が詰まります」
エルゼ、立て板に水。
「パーティメンバーも本当は問題があるから、たまにだな」
「何か問題でも? お二人はSSR。私はアンコモンです。もう一人入れてもよいぐらいだと思いますが」
「美少女ばかり連れてると、ほかの冒険者の妬みも買うんだ」
うだつの上がらない男が美少女二人連れていれば、目立つだろう。
目立つことは嫌いなのだ。
「美少女ですよ、ウリカ様。私たちが、です」
「美少女認定きましたね、エルゼ」
すまし顔のエルゼと笑顔のウリカはハイタッチを交わしていた。
とりつく島がない。見事にエルゼのペースだった。
「エルゼって実は怖い? ディーター」
「そこはノーコメントで」
このときばかりは、妹と同じぐらい無表情だった。
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