第29話 ウスイホン展開は全力回避!

 タトルの大森林のなか。

 現在イベント中であちこちにかぼしゃの天灯、小型バルーン状のモンスターが出現している。


 その森の一角で、全力疾走している少女がいた。

 美しい銀髪。幼い顔立ちながら細い切れ長の瞳。その髪は後ろで結ってある。

 エルフの少女だった。


(やだやだやだやだやだ)


 恐怖に駆られながら、走り続ける。


 その彼女を追いかける魔物。一匹や二匹ではない。

 オークが八匹に、イベントモンスターのジャック君が四匹。


 十二匹のモンスターを引き連れて疾走しているのだ。俗に言うトレインである。


(だめだめだめだめ。死んじゃう)


 追いつかれたら一巻の終わりだ。


 ジャック君も攻撃力こそ低いが四匹で殴られると。低レベル帯ではそこそこ痛い。

 そしてイベントとは一切関係ない、オーク。捕まったら終わりだ。


「R18ウスイホンにされてしまう……」


 守護遊霊たちの見質世界のスラングだ。女性がひどい目に遭うことを、R18ウスイホンと言う。

 ウスイホンそのものはR18ではないと強く訴える守護遊霊もいる。


「兄さん、ごめんなさい。本当、ごめんなさい。言うこと聞いておけば……」


 彼女もイベントモンスターを倒しに、森に来ていた。

 低ランクの冒険者でも、討伐が容易なためだ。


 しかし、ジャック君は弱すぎた。

 深追いし、森の奥深く、町の影響力から遠く離れた場所まで迷い込んでしまい、オークに見つかってしまった。

 戦闘中だったジャック君も含めて総勢十二匹のモンスターに追いかけられてしまう羽目になったのだった。


 深追い注意と心配性な兄に言われていたにもかかわらず、この有様である。


 全力疾走は長く続かず、オークのスタミナはまさに化け物級だ。しかもジャック君の移動速度は速い。最悪の組み合わせだった。

 地面に飛び出した木の根に足を取られ、盛大に転倒する。


「痛っ!」


 転がりながら、大きな木の幹を背に尻餅をつく。

 足に向かってジャック君が大きな口を開けてかみつく。


「っ!」


 かぼちゃ頭に短剣を突き刺す。ぽんと、大きなかぼちゃが転がった。


 立ち上がろうとしたとき、槍の石突きが鳩尾に食い込んだ。

 声にならない悲鳴を上げ、くの字に体が折れ曲がる。


 地面を両手に突き立て、顔を上げる。

 醜悪な笑みを浮かべたオークが槍を手にそこにいた。


 周囲を見回すとオークに囲まれていた。


「た、たすけて…… 助けて……兄さん……」


 震える声で兄に助けを求めるが、その兄はいない。


「オトナシクシロ。イノチダケハタスケテヤル」


 オークが言った。本当に、命だけしか助からない。

 死んだ方がまし、そんな末路を確信する。


 震える手で短剣を拾おうとするが、そのまま手を踏みにじられる。


「くぅ!」


 ひときわ巨漢のオークが、彼女のよく跳ねる髪の毛を掴み、彼女をぶら下げる。

 別のオークが下卑た笑みを浮かべ、剣を彼女の喉元に突き刺す。


 のけぞって剣先から逃れようとするが、オークはそのまま剣先をぶら下げ、彼女の服の襟ぐりに剣を引っかけ、一気に引き裂いた。

 胸元から前開きになり、胸からへその下まであらわになる。大きくはない膨らみが覗かせる。


 オークたちが下卑た笑い声を一斉にあげた。


 エルフの少女は目を瞑り、歯を食いしばる。泣き叫ぶことで、オークどもが興奮することを知っていた。


「離しなさい!」


 誇りだけは失わないとした。

 凜とした声を張り上げる。


「バカダナオマエ」

「ツレカエルカ。ココデアソブカ」


 オークが相談を始めたその時——


「ヒュ?」


 エルフの少女を掴み上げていたオークが、止まった。

 手を離す。


 地面に片膝をついたとき、すぐさま抱え上げられた。

 彼女を掴んでいたオークは首もとから血しぶきをあげ、倒れた。


「間に合ったようだな」


 外套を被った男はそういった。

 男の名はアーニー。エルフの少女は彼を知っていた。

 アーニーは、彼女を抱きかかえたまま、長剣を振るいオークをさら斬り倒す。


 返事をする間もなく、彼女をお姫様抱っこしたまま、跳躍する。

 エルフの少女は頬を若干赤く染めながら右腕で胸を隠し、男の顔を見上げることしかできななかった。


「ウリカ!」

「はい!」


 森の奥から少女が飛び出してきた。彼女は知っている。領主の姪であるウリカであった。


「もう大丈夫だからね」


 姉のように優しく、エルフの少女に自分の外套を着せる。

 ほっとしたようにウリカの胸に顔をうずめ、ウリカも優しく抱き留める。


 その間にアーニーはマジックアローを連発し、オークたちを血祭りにする。

 逃げようとする最後のオーク。背後から延髄に長剣を突き刺し、止めを刺した。


「ア…… あ…… ありがとうございます……」

「ウリカ、スタミナポーションを」

「はい!」


 ポーチからポーションを取り出し、エルフの少女の口元に運ぶ。少女は一気に飲み干した。


「……アーニー様、ウリカ様」

「ウリカはともかく、俺のことを知ってるか。様はやめてくれ」

「ですね。様はやめましょう」


 ウリカも続く。


「わ、私はディーターの妹のエルゼと言います。本当に助かりました」


 エルゼと名乗る少女が深々と頭を下げた。よく見ると目を見張るほどの美少女だ。切れ長の瞳に凜とした佇まい。近寄りがたい雰囲気がある。


「ディーターの妹さんか。町まで送っていくよ」

「……本当にありがとうございます」


 涙目の少女――エルゼはようやく落ち着いたようだ。

 友人の妹である。借りや恩義を受けたなどという話になったら面倒なことになる。 

 美しいが故に狙われることが多いエルフ族は受けた恩を強く返そうとする風習があり、おそらくそう動くであろう。どうしたものかと思案したアーニーだったが、名案を思いつく。


「俺達もかぼちゃがいっぱいでね。帰りながらもかぼちゃは狩るので、君にも運んでもらえないか。それで貸し借りはなし、だ」


 アーニーは悪戯っぽく笑った。


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