第26話 吸血鬼ジョーク

 アーニーはウリカに頼んで、マレックと話がしたい旨を伝えた。

 すぐさま反応はあり、翌日には来るという。


「ちょうどマリックもアーニーさんと話したいことがあったみたい」

「来てもらえるかな?」

「夜に来るって。隣みたいなもんだしね」


 そして翌日。

 約束の時間通りにマレックは二人の家を訪ねてきた。


「どうぞ」


 ウリカはノックにすぐ反応し迎え入れる。


「邪魔するよ」


 美青年が軽やかに入ってくる。


「わざわざ来てもらって悪いな。マレック」

「この町に産業革命を起こした名士に挨拶が遅れてしまっては失礼だからね」

「何をおおげさな」

「いやいや、掛け値無しの本音だ。昨日、ドワーフの工房も視察してきた…… あれはもう独立した区画だ」

「ドワーフたちは気合い入れすぎなんだよ。――今日見せたいものはこれだな」


 そう言いながら、アーニーは大量の紙を取り出し、テーブルに並べ始めた。


「地図か」

「この町を起点にした地図だな。かなり大雑把だが」

「……ちょっと待て。大雑把なものか。これは大変重要な……いわば軍事情報だぞ」

「そうなるな」


 ウリカは二人の話に割り込まない。

 その間、グラスにワインを注ぎ、テーブルに置いて回っていた。


「そうだ。このグラスも鏡もな」

「あ、そうそう。これ試作品」


 差し出されたものは瓶だった。


「今度は何だ」

「ワインを瓶詰めして栓をしたものだな。割れるから、冒険者には向かないが」


 マレックはげんなりした顔をして見詰めた。


「この蓋は?」

「コルク。樫の木を削ったものだ。難点は開けた時はやや匂う」


 アーニーが説明する。


「ワインの容器…… ワインボトルか。これはかなり物流を動かすことになるぞ」


 現在酒類の入れ物は樽だ。樽から直接ワインをコップに注ぐ。

 持ち運ぶにしても陶器の入れ物を使い、 栓となる素材は樹脂や蝋だ。蝋は酒の味に影響することもあり、コルクは画期的な発明と言えた。


 ガチャ産のポーションはガラスに似た容器であり、蓋は素材不明の銀紙だ。飲むと容器は時間経過で消える。


「しかも冷えているぞ。なんだこれは」

「ああ。地下に保冷庫を作ったからな」

「お前というやつは…… このワインボトル。大量生産したいところだな」


 少量ならば樽よりもガラス容器のほうが風味を封じ込めることができるだろう。何より外目で中身の残量が見えてわかりやすい。

 間違いなく需要が爆発する。そんな確信があった。


「この村で使えたらいい。そもそも酒用のボトルなんぞ作っていたら燃料が足りない。はげ山になっちまう」

「世間一般でいえば武器よりは酒だぞ。――まあいい。いちいち驚いていては話が進まん。まずは地図だな」


 再度、広げられた地図を見る。


「迷宮の位置がわかりやすいな」

「ああ。タトルの大森林はそれこそ数百、数千の迷宮がある。この地域だけでもかなり存在している」

「だから各国、躍起になって開拓村や砦を作っている」

「俺はこの町の住人だから、この町の範囲でしか考えない。そして……」


 アーニーは地図、町から離れた数カ所に石を置いた。


「今度は…… いや分かるぞ。これほどわかりやすい地図はないからな。これこそが、いわば攻略難易度が高く、見返りも高い迷宮の位置だな」

「そうだ」


 この辺一帯を支配するバンパイアロードにとって、何を指しているか一目でわかる。むしろこの地図を人間が作ったという事実が、驚嘆に値すべきことなのだ。


「迷宮にたどり着くのも冒険者の腕だ。こんな簡単にわかりやすい地図が出来たら実力不足の冒険者が一攫千金狙いで死にまくる」

「それを防ぐための地図、だな」

「わかる。わかるぞアーニー。冒険者のランクに応じて発行する地図を変えるということだな」

 

 マレックはアーニーの意図を即座に見抜いた。

 原本がこれほどまでに大きいという意味。配布用は別に作る。その時は冒険者ランクに応じた地図を販売するという方法を採用するということだ。


「話が早くて助かるよ、公。この地図も大きいしな。これを縮小した地図を作る。原本のこれは……マレックが保管してくれたら助かる」

「もちろんだとも。この印はなんだ? 砦でも作るのか」

「星印は休憩用兼ねた避難小屋候補だな。人を置いて商売をしてもいいし、無人管理にしてもいい」

「こっちの二重丸は?」

「万が一、ほかの砦や町との抗争になった場合の偵察拠点候補地だ。櫓ぐらいは建てておいても損はない」

「ふむ」


 地図を見下ろし、腕を組んで考え込む。


「アーニー」

「ん?」

「お前が今後町長をやれ」


 アーニーの顔が引き攣った。

 マレックが冗談ではなく本気だと悟ったからだ。


吸血鬼公バンパイアロードとは思えぬご冗談を……」


 アーニーが本気で震え上がった。そんな柄ではない。

 ツボに入ったのか、ウリカが笑いを抑えている。


「冗談なものか。反対する奴はいないし、私が許さん」

「待ってくれ。とびっきり優秀な不死者イモータルが町を治めているのに、なんで定命の俺がやらないといけないんですかね?」


 あまりの動揺に口調が乱れる。マレックは真剣そのもの。


「不死者に領地経営やらすな。自分たちが生きている世界の話なのだ。それこそ定命の者たちでやれ」

「それ言われると辛い…… ごめんなさいマリック」

「ウリカ。お前は気にしなくて良いんだ。この男を町長にしよう」


 ウリカはじー、とアーニーを見た。


「絶対…… 向いていないと思いますよ……」


 ウリカもまた声も途切れ途切れに絞り出す。

 マレックは呆れたように二人を見る。


「まあいい。そういうことにしておこうか」


 ウリカも真面目に向いていないと判断しているところをみると、無理がある可能性を考慮したマレックは自ら引いた。


「さすがウリカ。俺のダメ人間さをよくわかってる」

「自分で言わないでください、アーニーさん。――マレック。残念ながらアーニーさんはあまり勤勉ではないんですよ。今は確変中なだけです」

「この男ガチャか」

「いや、まじでそんな感じで理解して欲しい。俺。王都とか町長として行くのも恐ろしいし」


 アーニーはさも恐ろしげに顔をぶんぶん横に振っている。

 ウリカもそんな有様のアーニーをみて苦笑中だ。


「ん? 何をいっている。ここは完全な自治権を持っている、公爵領扱いだぞ。形だけ王都にして租税を払っている。形式上な。納税する理由は名義借りの代金みたいなもの」

「なんでもありだな、ここは」

「お前にだけは言われたくないな、アーニー。王都にいって、王と主要な貴族一人一人に寝室で『丁寧』にお願いしたまでだ。一夜で済んだぞ」

「聞きたくなーい! 実質独立公国ってことか」

「王命でこの領地は独立しているからな。手だし無用、と。禁足地呼ばわりされているがね? そも辺境で無人の荒野だった地。それが勝手に村になって町になって産業が興るんだ。損ではあるまいよ」


 話している間に、地図をまとめたアーニーがマレックに渡す。

 渋々受け取るマリック。


「とりあえず町長は保留。定期的に屋敷に来い」

「ま、まあそれぐらいなら」

「ウリカも一緒な」

「はい!」


 ウリカの声は弾んでいる。ウリカ同伴の理由はアーニーへの牽制なのだろう。


「ウリカと一緒に、SSR確定10連の迷宮行く手筈を整える準備だったんだけどな」

「向かわないのか?」

 

 当然マレックもその迷宮の存在は知っている。


「あの迷宮は難易度が高すぎる。正式名称は魔神の神殿、だったな。入り口までは視察したよ」

「それ私聞いてない!」


 ウリカが頬を膨らませて抗議する。


「まだ俺たちには早いよ、ウリカ。入り口だけ覗いて命からがら逃げ出してきた」


 二人の様子をみた思わずマレックが笑った。


「隠し事が多い男よな?」

「本当に……」

「人聞きの悪い。事後報告になっているだけだ」

 

 二人の嘆きに、アーニーが抗議する。


「事前報告するように。たまには、でいいから」


 マレックがため息交じりに言う。


「ここ数日、あり得ない献上品ばかり。驚きで止まっている心臓が動き出してしまいそうだ」


 これはいわゆる吸血鬼ジョークなのか。

 アーニーにもウリカにもわからなかった。


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