第52話 奪い合う二人①


 放課後。


 太一はなんとか由貴に今の状況を伝えようとしていた。


 昴の暴走が悪い方向に加速してしまった今、早くなんとかしなければならない事を由貴に伝え、作戦の実行を急いでもらおうと考えたのだ。


 だが、太一のその試みが実ることはなかった。


 常に昴に見られている状況では、太一が由貴と会話をすることなんて不可能だったのだ。


 直接伝えるのが無理だと考えた太一は、由貴にチャットを送る事にした。


 これなら昴にバレる事無く由貴に今の状況を伝えられると太一は考えたのだが、いつもならすぐに返事をくれていた由貴が、どうしてか今日だけは返事をくれなかった。


 それどころか、いつまで待ってみても既読さえつかない。


 気が付いていないのだろうかと思った太一が由貴を見ると、なんと由貴は普通にスマホを眺めていた。


 しかも由貴のスマホは忙しそうに何度も震え、その度に由貴も律儀に何か文字を打っているようだった。


 誰かとチャットでやり取りでもしているのだろうか。


 それなら何故太一の送ったメッセージには反応してくれないのだろう。


 沢山の疑問ばかりが溢れて来るが、昴がいる教室でそれを由貴に直接聞くことはできない。


 焦りながらもチャットで呼びかける事くらいしか出来なかった太一は、そのまま何の進展もなく放課後を迎えてしまったのだった。



 解放感に溢れた賑やかな教室の中、太一が一人で焦っていると明里が迎えに来た。


「太一、一緒にかえりましょ?」

「え、あぁ、うん」


 こうして明里と一緒に帰るのは、最近のお決まりの流れだった。


 クラス中に、というよりも由貴に見せつけるように明里は身体を寄せてくる。そうして手を繋ぎ合って帰るのは、昴の命令だから。


 そうして一度帰った後、明里と別れた後に太一は由貴と合流していた。


 このまま学校にいても埒が明かない。最悪今日も合流した後に由貴に直接話しをすればいいと、その時太一はそう考えていた。



「ちょっと待って」


 だから、帰ろうとして立ち上がった時引き止められたのは、太一にとって本当に予想もしていなかった事だった。


 太一の腕を掴み、明里との間に割って入ってきたのは由貴だった。


 初め太一は、何か純粋に用があるのかと思った。


 たが、そうではない事はすぐに分かった。


 由貴の纏う空気はいつもの明るいものではなかったからだ。


 嫌に真剣な様子の由貴は、鋭い瞳で明里を睨みつけている。


 そのただ事ではない雰囲気に、太一は全身の毛が逆立ち身震いした。


「田端さん。太一は今日私と遊ぶことになってるから、一緒に帰るのは遠慮してくれる?」

「ぇ、な、何を!?」


 由貴の口から飛び出して来た言葉は、太一の想像を遥に超えたものだった。


 今日の由貴は昼頃から明らかに様子がおかしかった。


 こちらの事情を知っているというのに、わざと昴の気持ちを蔑ろにし、その激情を煽るような由貴の行動には、太一は本当に困っていた。


 だがそれでも、暴走した昴をどうにかしてくれると言った由貴を信じて、これも何かの作戦なのだろうと必死に思い込む事にした。


 けれどここまで来ると本当に訳が分からなかった。


 太一に視界の端には、こちらに来ようとしてそのまま固まっている昴の姿が映っていた。


 昴がどんな顔をしているのかなんて、太一は見たくもなかった。


 見なくても、由貴の言葉を聞いた昴がどんな感情を抱くのかなんて分かり切っていたからだ。


 あんな事を言えば、太一は当然のように昴から恨まれるだろうし、ただでさえ暴走している昴がもっと感情を爆発させてしまうかもしれない。


 由貴の行動は全て裏目にしかでないような事ばかりで、喩え作戦だとしても、もう止めざるを得ない。


 何より太一が驚いたのは、由貴とそんな約束をしていないという事。


 いつも集まってはいるけれど、それは太一と由貴の二人だけの秘密だ。


 今日はまだどこで集まるかも決めていなかったのに、いきなり遊ぶ約束をしていたと暴露する由貴が何を考えているのか、太一にはまったく理解でいない。


 太一は大いに動揺していたが、それでも何とかこの場を収めようとした。


 が、太一が口を開く前に、明里にきつく抱きしめられていた。


「何を言っているの上埜さん。太一は恋人の私と一緒に帰るって決まってるでしょ?」


 明里はその胸に太一を抱いたまま、由貴を睨みつける。


 その鬼気迫る様子は、まるで本当に恋人を守ろうとする人そのものだった。


 きっと明里は、昴からの命令を忠実にこなそうとしているのだろうけれど、あまりにも本気過ぎる。


 明里に鋭い視線を向けられた由貴も、それ以上に剣呑な瞳で明里を睨み返し、太一の腕を離そうをはしない。


 その場に漂う異様な雰囲気は、やがて教室全体に広がっていき、クラスメイト達も何も言えず、辺りには一触即発の空気が漂っていた。


 お互いに太一を離そうとはせず、睨み合いで火花を散らす二人に圧倒された太一は何も言えない。


 まるで外にいるかのように冷え切った空気にさらされて、今自分は何をしなければならないのか考えるも、急な展開に太一の思考は追い付いていなかった。

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