第38話 諦めたはずだったのに④
「太一からそこまで言われたら仕方ないなぁ。じゃあこれからも一緒に遊ぼうね。もちろん二人だけの秘密にしてあげるから」
「ぅう……それは、ダメだよ。友達に悪いから、できない」
「あれ、何でもするって言ったよね? むしろさぁ太一と一緒に遊べないなら、私はその友達のこと嫌いになっちゃうから、結果的に太一は友達の邪魔をしてることになっちゃうんだよ?」
「そ、そんな!?」
満面の笑みを浮かべる由貴にそう言われ、太一は頭を抱えた。
いっぱいいっぱいになり、情けない姿をさらす太一。
まともに思考できない状況で、さらに追い打ちをかけるかのように、寄り添ってきた由貴が囁いてくる。
「けどね、太一が私と一緒にいてくれるならそんなことにはならないんだよ。私はその人を嫌いにならないし、私も太一と遊べて楽しい! ね、皆ハッピーでしょ?」
「でも、友達は僕が上埜さんと仲良くなりすぎるのを気にしてるから」
「ん~、本気で友達のためになりたいなら、太一には選択肢なんて一つしかないと思うけどなぁ。私の条件を断った時点で、太一は友達の想いを踏みにじることになるんだもん」
由貴の言葉を聞くほどに、太一はどんどん追い詰められていく。
初めから選択肢なんてないかのように、由貴の言う通りにしなければいけないような気分になってしまう。
実際由貴の条件をのまなければ、それは昴の恋が終わることになるのだから間違いではない。
このまま昴の言う事を聞けば、太一が昴の恋を終わらせてしまうのだ。
だが、太一はそれでもすぐには頷けない。
昴を明確に裏切る度胸がないからだ。
「ぁあ、あ、僕は、どうすれば……」
太一は膝から崩れ落ちた。
もう本当にどうすればいいのか分からなくなってしまっのだ。
考える気力もなくなり、ただ縋るように由貴を見上げる。
目が合うと由貴は可愛らしく微笑んだ。
「自分で決められないなら私が決めてあげる。さっき太一は何でもするって言ったよね? だったら私の言う事を聞いてよ。太一はこれからも私と一緒に遊ぶの。けどね、太一は何も悪くないんだよ? だって私に言うことを聞かされてるだけなんだから」
「……僕は、悪くない?」
「当たり前じゃん。太一は何も悪くないんだよ。だって私に言うことを聞かされてるだから。悪いのは私。それに、友達の恋を潰さないために、無理に受け入れるんだもん。悪いわけなくない? むしろその友達から感謝されてもいいくらいだって」
それは悪魔のささやきのようだった。
由貴が言ってくれる『悪くない』という言葉は、太一の心にするすると入って来た。
自分は由貴に言われて一緒に遊んでいるだけで何も悪くない。
自分は昴の恋を守るために由貴と遊ぶことを受け入れた、だから悪くない。
むしろ昴のために身を粉にして頑張っている。感謝されはしても、恨まれる理由なんてない。
そんな考えに、太一は徐々に侵食されていく。
「太一の友達がもういいって言ったなら、これからその人が直接アプローチをかけてくるわけでしょ? 誰なのかくらいすぐわかりそうだよねぇ。もし太一が私のお願いを断ったら、私はその人の告白を太一のせいでって言って断るんだよ? そうなったらさ、太一はそのお友達とはどう考えてももう仲良くできないって」
由貴の言葉を信じるなら、今のところは太一の嘘を信じていて、昴のことはバレてはいないらしい。
しかし、これから積極的に動いてくるというのはバレてしまっている。
たとえ他のクラスという先入観があったとしても、昴の積極性次第では疑われてしまう可能性は高い。
それで昴がふられてしまったら、昴のためどころか、むしろ邪魔をすることになってしまう。
太一のせいで想いが報われなかったとしたら、昴から絶交されてしまうのは確実だろう。
太一にとってこれまでの人生でたった二人だけの友達で幼馴染。そのうちの一人である昴に嫌われてしまったら、必然的に明里も太一の元から離れて行くだろう。
そうなったら、太一は本当に一人ぼっちだ。
そして、その状況こそが太一にとって一番恐れていた事だった。
別にただ一緒に遊ぶだけ、クラスメイトと遊ぶなんて普通のことだし、男女だとしても、別に珍しいことじゃない。
自分の選択次第で昴の恋がすぐに終わってしまうことも考えれば、太一にはもう悩む必要すらないように思えていた。
「で? 太一はどうするの?」
「……わかったよ。上埜さんの言う事をきくよ」
太一がそう言った瞬間、由貴が花が咲いたような笑顔になる。
「でも、その、上埜さんから言われて、仕方なくだから」
「うんうん。それでいいの。太一は何も悪くないよ。むしろ友達のためにすごい頑張ってる。えらいねぇ」
「けど、絶対に誰にも言わないでよ」
「言われなくてももちろん内緒にするよ。私と太一だけの、二人だけの秘密だもんね」
太一は由貴に頭を撫でられた。
その手つきは大切なものを触るように優しく、太一を見つめてくる由貴の瞳は細められ、まるで愛おしいものでも眺めているようだ。
太一は恥ずかしかったが心地よい由貴の手から離れられず、その場から動くことができない。
そうこうしているうちに、太一は由貴に抱きしめられていた。
飛びついてきた由貴を思わず受け止めた太一は、まるで全身を由貴に包み込まれているような感覚になり、頭に血が上ってしまった。
由貴の身体はあまりにも気持ち良すぎて、太一は痺れたようにまったく動けない。
由貴の身体からしてくるいい匂いにやられて立っていられなくなった太一は、抱きしめられるままに由貴に寄りかかる。
もう太一には由貴から離れる気力もなかった。
幸いにも人気はないが、ここは外だ。
もし誰かに見られたらと考えるなら、こんなことをしていてはいけないのは太一にも分かってはいたが、優しく抱きしめられると、暖かく気持ちのいい由貴から離れることができない。
「ねぇ太一、呼び方ちゃんと名前に戻して?」
「ぇ、それは……」
「いいでしょ? 約束したじゃない、二人きりの時は名前で呼ぶって」
「ぅ、うん……由貴、さん」
「はぁい、よくできましたぁ。撫でてあげるね」
まるであやすように由貴が頭を撫でてくれる。
それは太一にとってとても心地よく、いつまでも浸っていたくなるような気分にさせられた。
「私と太一の二人だけの秘密、また増えちゃったね」
囁かれた声に太一の身体が震える。
由貴にしっかりと抱きしめられたまま、太一もおっかなびっくりに由貴の背中に手をまわしてしまったのだった。
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