第122話 セントレーニアで王女と初デート(後編)

 午後の陽光の中、草原を吹き抜ける心地よい風を感じながら馬車に揺られ、オレたちはセントレーニア市街へと戻った。


 中心部のメインストリートから一本入った中小路なかこうじでは、日曜市マーケットが開かれており、オレたちはその近くで馬車を降りた。


 ジェスティーナにとっては、生まれて初めての日曜市マーケットであり、見る物すべてが物珍しく新鮮に感じているようだった。

 無邪気な子供のようにオレの手を引いて、気に入った露店で品物を手に取り、目を輝かせながら品定めしている姿は、長い間王宮に閉じ込められていた反動からか、とても楽しそうだった。

 オレは、そんなジェスティーナの表情をスマホで何枚も写真に収めた。


 全長1.5キロにも及ぶ日曜市マーケットには、様々な露店が軒を並べ、見て歩くだけでも心が躍った。

 セントレーニアでは毎週水曜日と日曜日の2回、マーケットが開かれ、野菜や小麦、香辛料、肉類と言った農畜産物の他、鳥串や牛串、ウィンナーを焼いている店や、饅頭のような蒸し物の店、クレープのような薄い皮に果物とクリームを巻いたデザートを売っている店、紅茶や酒を量り売りで売っている店、日用雑貨や食器、アクセサリー、駄菓子屋や射的の店まであるのだ。


「なんか縁日に来たようで、昔を思い出しますね」

 サクラが懐かしそうに言った。


「少し雰囲気は違うけど、確かにオレも日本の縁日を思い出したよ」

 そんな感傷に浸っている時、その事件は起こった。


 如何にもヤクザっぽい男たち4人がニヤニヤしながら、オレたちに近づいて来たのだ。

 傭兵崩れなのだろうか、見るからに頭が悪そうで粗暴な感じがする男たちだ。


 その中の兄貴分とおぼしき男がオレに近寄り、こう言った。


「あんた、凄え~いい女連れてるなぁ。

 どこかの娼館の女か?」

 そう言うと男は、舐め回すような目つきでジェスティーナとサクラを見た。


「俺たち、女にはカラキシ縁がなくてよぉ」

 男はニヤニヤしながらオレに言った。


「どうだい、俺たちに一人、譲ってくれないか?」

 その言葉を聞いたジェスティーナとサクラの顔は曇り、オレにしがみついてきた。


 その男の言葉に呆れながら、オレはおもむろにこう言った。

「ふ~ん、でも代償は高くつくぜ」


「何言ってやがる、金ならあるぜ」

 そう言って男は懐から銀貨を2枚出した。

「ほら、これでどうだ」


「なるほどな。

 じゃあ、どっちが好みだ?」

 

「そうかそうか、あんた案外いい奴だな」

 とオレに言いながら、男の機嫌は良くなっていた。


「ん~と、じゃあ、こっちで」

 男がジェスティーナに手を伸ばそうとした瞬間、男の首元を4本の長剣ソードが取り囲んだ。

「動くな!

 少しでも動けば、お前の首が地面に落ちるぞ」

 護衛のリーダー格であるセレスティーナの容赦ない声が辺りに響いた。


 少しでも動けば、間違いなく切り落とされるくらい鋭利な切先きっさきが、男の首元に張り付いていた。

 男は悲鳴を上げる間もなく、その場で固まり、見る見るうちに顔から血の気が失せた。

 オレが合図しなくても、護衛の女性戦士4名が、この事態を見逃す筈がない。


 その一部始終を見ていた他のヤクザ者たちは、呆気に取られていたが、周囲に潜んでいた私服警備兵にアッという間に取り押さえられた。


「おいおい、オレはどっちが好みかって聞いただけだぜ」


「カイト様、お遊びはお止め下さい」

 セレスティーナが少し怒気を込め、オレをたしなめるように言った。


「いや~、ごめんごめん。

 キミたちの警備がうまく機能するか、つい試したくなったんだ」


 それを聞いたジェスティーナも怒っている。

「もぉ~、カイトったら、冗談でもこんな事、止めて!」

 ジェスティーナの怒りは、しばらく収まりそうもない。


 せっかくのデートだって言うのに余計な一言で台無しになりそうだ。

 口は災いの元とはよく言ったものだ。


「ジェスティーナ、サクラもご免…

 つい魔が差したって言うかさ、ホントにごめん、許してくれよ」

 オレが平謝りに謝った結果、ジェスティーナから出された条件は、迷惑を掛けた護衛の女性戦士と怖い目にあったサクラと自分を含めた合計6人に美味しい夕食をご馳走すると言う事だった。


 警備の実験台となった哀れなヤクザ者たちは、王族に対する不敬罪、暴行未遂等の罪で手錠を掛けられ警備兵にしょっ引かれて行った。

 セントレーニアは比較的治安が良いと聞かされていたが、実際はあのようなヤクザ者が大手を振って街なかを闊歩しているわけだから、もう少し取締を強化する必要があるだろう。


 オレたちは一度市庁舎に戻り、シャワーで汗を流し、少しだけドレスアップしてレストランへ向かった。

 セントレーニアの夜の繁華街を美女6名を引き連れて歩くと、すれ違う人々がつい振り向くくらい目立ってしまうが、それほど悪い気はしない。


 目的地の『ステーキ&ワイン黒ひげ亭』には歩いて5分ほどで到着した。

 この店は、前回セントレーニアに滞在した際に、エミリアが教えてくれたアルカディアグループ経営の店だ。

 入口に掛かっている牛とひげをデフォルメした看板が印象的だ。


 今夜は2階にあるテラス席を予約していた。

 予約と言っても警備の都合で、オーナーに頼んで2階を貸切にしてもらったのだ。


 テラス席の中央にある直径2mのラウンドテーブルの周りに7名が腰を下ろした。

 オレの左隣りにはジェスティーナ、右隣りには専属秘書であるサクラ。

 その隣には護衛のフェリンとリリアーナ、セレスティーナ、ステラが座った。


 4人は、普段着ではあるが女性らしい服装で、こうしてみれば百戦錬磨の女戦士には、とても見えない。

 それぞれタイプが違うが、いず菖蒲あやめ杜若かきつばたと思わせるほど美しい女性たちである。

 オレたちが席に付くのを待ち構えていたように店員がメニューを持ってきた。

「さあ、何でも好きなものを注文していいよ、今日はオレのおごりだから」

 そう言うと女性たちからは、大きな歓声が上った。


 この中で前回の滞在中に、この店に来たのはステラだけであるが、彼女のオーダーは既に決まっていた。

「カイト様、わたしシャトーブリアンがいいです」

 普段は、あまり自己主張しないステラだが、前回来た時の美味さを覚えていたのだ。

「え、それって美味しいの?」と食いしん坊のフェリンが聞いた。


 ステラは黙って何度も頷いた。

「じゃあ、私もそれで」とフェリンが言うと、私も、私も、と女性全員がシャトーブリアンを注文することとなった。


 シャトーブリアンと言えば牛一頭から600g程しか取れない希少部位であり、赤身でありながらバランス良く脂身も入り、信じられないくらい柔らかいのが特徴だ。


 女戦士は日頃から体を使う仕事なので食欲も旺盛なのだ。

 彼女たちは1人当たり300g、オレとジェスティーナとサクラは150gのシャトーブリアンを注文した。


 その注文だけで牛3頭弱に相当するシャトーブリアンの量なのだから、請求はかなりの額になるのは間違いない。

 ちなみに、この店のシャトーブリアンは150g当たり大銀貨1枚(日本円換算で2万円)なので、最初の1回の注文で大銀貨11枚(日本円換算で22万円)を消費したことになる。


 その他に付け合わせの野菜やパン、スープも注文し、ステラは、前回同様サーロイン、リブロース、ヒレ、テンダーロインの4種類の食べ比べセットをシェア用として3皿注文した。


 肉には当然赤ワインと言うことでワインリストの中から前回と同じ『シャトー・ド・バレ・ルージュ』と『ソルメルタ・デ・ソレス』言う2種類の赤ワインをボトルで注文した。

 オレたちがチーズを肴に赤ワインを楽しんでいると、極厚鉄板に乗せられたステーキがジュージューと旨そうな音を立てながら、オレたちのテーブル運ばれてきた。

 それを見た女性たちは歓声を上げた。


 待ってましたとばかり、次々とシャトーブリアンを頬張り、その柔らかさと美味しさに感激していた。

 オレも負けじとシャトーブリアンを口の中に入れると、見た目よりもずっと柔らかく豊かな肉汁が広がり、やや甘めのステーキソースが肉と良くマッチした。

 赤ワインの方はフルボディとミディアムボディの2種類を違うグラスに注ぎ飲み比べながらステーキを頬張る。

 ステーキと赤ワイン、確かにこの組み合わせは最強だ。


 その後、女性戦士たちは思い思いのメニューを追加注文し、その夜は満足行くまでゆっくりと飲んで食べた。


 ジェスティーナも女戦士たちと普段は話せないような色々な話ができたと満足げだった。

 二人きりのデートも、もちろん嬉しいけど、大人数でワイワイ楽しく会食するのも良いものねぇと言っていた。


 帰り際、秘書のサクラがオレに代わって精算してくれたのだが、驚くほど高額の支払いであったことは言うまでもない。

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