第121話 セントレーニアで王女と初デート(前編)

 天窓から差し込む淡い光にジェスティーナの白い肌が浮かび上がり、まどろみの中、眠い目を擦りながらオレは女神のように美しい彼女の寝顔を眺めていた。

 この美の化身のような女性が自分の婚約者フィアンセであることが、未だに信じられないのだ。

 昨夜は遅くまでベッドの中で愛しあったから、彼女はまだ目覚めることはないだろう。

 こうして、愛しい人の寝顔を静かに眺めていることが、この上なく幸せに感じた。


 気がつくと、浴室からシャワーの音がしていた。

 オレは彼女の寝顔を眺めている内に、二度寝してしまったようだ。

 浴室のドアを開けるとジェスティーナが驚いて、小さな悲鳴を上げた。

「もう、カイトったら、ビックリさせないでよ」

 彼女は怒っているように見えたが、その表情は満更まんざらでも無いように見えた。


「ねえねえ、今日は何処へ連れてってくれるの?」

 ほぼ裸のまま大判のバスタオルで腰まである金色の髪を拭きながら、彼女はオレに聞いた。


 オレはソファに腰掛けながら彼女の質問に答えた。

「そうだな~、まず最初はセントレーニア大聖堂かな…

 その後は、ローズガーデンにハーブ園、果樹園、ワイナリー、レーニア牧場、最後に市内観光と言ったところだね」


「へ~、色々と見どころあるのね」


「そう言えば、オレたちってデートしたこと無かったよね」


「それはそうよ、だって陛下暗殺未遂事件があってから王宮からは外出禁止だったし…

 えっ、もしかしてこれが初デート!?」


「そう言うことになるね」

 それを聞くとジェスティーナは、オレに抱きついて喜んだ。


「おいおい、ジェスティーナ、はしゃぎ過ぎ、急がないと遅刻しちゃうよ」

 そう言いながら、オレも満更まんざらではなかった。


 オレたちは9時にアルカディアグループの馬車をチャーターしていたのだ。

 簡単な朝食を済ませ、約束の時間に馬車に乗り込んだ。


 ジェスティーナは白地にトレードマークである秋桜コスモス柄のノースリーブのワンピースを着て、大きめの白い麦わら帽を被っていた。

 何を着てもよく似合うが、今日のコーディネートは彼女をより一層清楚で美しく見せていた。

 お付きのサクラは、やや控えめの桜色の生地に白い花柄のワンピースを着て、これまた控えめな、つば広の帽子を被っていた。


 デートにお付きの者が同行すると言うのは、本来ありえない話かも知れないが、少なくとも王女歴が長いジェスティーナは気にしていないようだ。


 セントレーニア大聖堂を経て郊外のローズガーデンに向かうのだが、秘書のサクラはオレたちと同じ馬車、護衛の4名(セレスティーナ、フェリン、リリアーナ、ステラ)は、観光に来た一般女性に見える軽装で後続の馬車に乗っていた。

 護衛4名と言うと少なく感じるかも知れないが、彼女らは一人ひとりが1個小隊にも匹敵する戦力を保有しているのだ。


 馬車は15分ほどでセントレーニア大聖堂に到着した。

 朝9時過ぎだと言うのに大聖堂の前には、敬虔けいけんな信者と観光客で人だかりが出来ていた。


 オレたちは、その人たちとは別の入口から中へ入った。

 流石に王女と領主が一般客と同じ入口から入るのは警備上問題があると、バランタイン執政官が手を回してくれたのだ。


 恐らく、万が一に備えてこの人混みに紛れて目立たぬように護衛を配置してくれているに違いない。


 セントレーニア大聖堂は、聖人レーニアをまつ霊廟れいびょうを兼ねた聖堂で、長い歴史を感じさせる荘厳な造りである。


 大聖堂の内部は天井まで30mはある吹き抜けとなっており、中心部に有るドーム型の天井は全面がステンドグラスで出来ており、朝の光を浴び美しく輝いていた。


「この大聖堂は完成してから700年近く経つんだ」

 オレは以前この礼拝堂を訪れた際に、エミリアが説明してくれたセントレーニアの歴史をジェスティーナに話した。

 要約するとセントレーニア大聖堂は聖人レーニアが、約730年前に建設を開始し、35年の歳月を掛けて完成した。

 セントレーニア大聖堂には聖地巡礼を目指す人々が王国各地から集まり、それに伴い宿泊施設や飲食店、土産物店が軒を並べ初め、それが徐々に増えて大聖堂を中心として今のセントレーニアの街に発展したのだ。


 聖人レーニアは王国国教であるフィリア教の布教に努めたが、その他にも産業振興や道路整備にも積極的に取組み、この地の発展に大きく寄与し、偉大な功績を残したのだそうだ。


 セントレーニア大聖堂を見学した後、次の目的地のローズガーデンへ向った。

 緩やかな丘陵地帯を馬車で30分ほど走るとローズガーデンが見えてきた。


 オレたちは約180種3万株の薔薇が咲き乱れるローズガーデンとハーブ園を見学した後、果樹園の隣りにある、ワイナリーで昼食休憩を取った。


 このワイナリーには試飲コーナーやワインセラーの見学ができる他、レストランや直売店も併設されており、食事をしたりワインを購入することもできるのだ。

 このワイナリーも果樹園もローズガーデンも全てアルカディアグループの系列であり、あのゼビオス・アルカディアが所有しているのだ。


 見たところ、どの施設も観光客が途切れることなく訪れており、繁盛しているのは間違いないようだ。


 図らずしも今日はゼビオス・アルカディアの売上に貢献することになったが、このような仕組システムを作り上げた彼の手腕を称賛すべきであろう。


 ジェスティーナはサクラと2人で、土産物店でハーブティーやバラの香水、天然石のアクセサリーなどの品定めに夢中になっていた。

「ねえねえ、カイトこれ可愛いいでしょ♡」

 普段は凛とした立ち居振る舞いで、王女の品格を感じさせるジェスティーナであったが、無邪気に微笑む彼女は、年齢相応の16歳の少女に見えた。

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