第120話 シュテリオンベルグ伯爵領経営会議(後編)
「ぜ、ゼロですか?
流石にそれはやり過ぎでは…」
オレが示した1年間租税免除と言う案に異論を挟む者が数名いたが、オレは自分の意見を押し通すことにした。
「旧サンドベリアの領民たちは、これまで何年も過剰に搾取されてきたんだから、1年間租税免除しても足りないくらいだ。
それにシュテリオンベルグ伯爵領全体で見れば、財政的にはまだ余裕がありそうだし、これくらいしてやらないと、バランスが取れないと思う」
領主に対する不信感を払拭し、信頼を回復するためにも、租税免除は必要だとオレは思った。
「1年間無税だと聞けば、他領へ逃げていった領民も戻って来るだろうし、もしかすると他領から移住したいと言う人も出てくるかも知れない。
それに、これから産業振興する上で人手は必要だし、広告宣伝も兼ねると考えれば安いと思うよ」
その後、議論を重ねた結果、旧サンドベリア地区限定で1年間の租税免除と生活困窮者のための資金貸付制度創設が決まった。
「ところで、その産業振興とは、どのようなものか、お聞かせ願いますか?」
ブリストールが興味深げに尋ねた。
「聞きたい?」
オレは勿体ぶりながら、一同を見回すと皆ウンウンと頷いているのが見て取れた。
「産業振興の核は、観光とリゾート開発だよ」
オレはシュテリオンベルグ伯爵領に於いて、観光とリゾート開発を展開する腹案を披露した。
◎エメラルド諸島に於ける滞在型リゾート開発
◎旧サンドベリア港湾地区の観光開発
◎セントレーニア地区の観光開発
◎天空の遺跡エアルフト地区のリゾート開発
◎観光関連産業の育成
◎地区ごとの新たな特産品の開発
◎飛行船を利用した王都並びに王国内主要都市間との定期航路の開設
幸いなことにセントレーニアでは農業、旧サンドベリア地区では水産業が盛んであり、既存産業は元々十分なポテンシャルを秘めていると考えていた。
これらの詳細は、その内明らかにすると言う事で今日は留めた。
次の問題は人材だ。
腐りきった旧エレーゼ伯爵領の役人どもは、全員解雇したので圧倒的に人材が足りないのだ。
王都から優秀な人材を連れてくることも可能だが、できれば地元で在野に埋もれている人材を発掘したい、オレはそう考えていた。
どのようにすれば優秀な人材を集められるか、討議したところ推薦と公募が良いだろうと言う意見で纏まった。
経営会議は3日連続で行われ、大まかな領地経営の方向性が決まった。
セントレーニアがシュテリオンベルグと言う新たな伯爵領の一部に編入されたと言う情報は、市民の間に瞬く間に広がり、その噂で持ちきりだった。
新しい領主はどんな人物なのか、セントレーニアの街はこれからどうなるのか、自分たちの生活はどうなるのか、市民として関心を持つのは当然のことだろう。
そのような市民たちの不安を払拭するのも、領主の務めだと言うブリストールの意見を聞き、その週の土曜日に急遽夜会が開催された。
総督府改め市庁舎の大広間にセントレーニア各方面の有力者や名士が招かれ、新領主を品定めしてやろうと言う輩や、今後のために顔つなぎしたいと言う思惑を持つ人など、240人ほどが集まった。
新領主であるオレと国王の名代であるジェスティーナは、来場した賓客の挨拶を次々と受けたのだが、1人1分としても240分=4時間掛かる訳。
当然捌ききれる訳もなく、その内の半分ほどと会話を交わすのが精一杯だった。
その中の1人に見覚えがある人物がいた。
それはゼビオス・アルカディアだった。
彼は高級ホテル「旅亭アルカディア」の亭主にして、セントレーニア最大の企業集団「アルカディアグループ」の総帥である。
元々彼の使用人であったエミリアを引き抜くために、丁々発止やりあった因縁の人物だ。
「ハヤミ様、お久しぶりでございます」
「これはこれはゼビオス殿、その節はお世話になりました」
「いえいえ、お世話だなんてとんでもない。
ところでエミリアは息災ですかな?」
「ええ、今では私のホテルでフロアマネージャ兼客室係指導員として毎日元気に頑張ってくれてます」
「おお、それはそれは、エミリアが元気そうで安心しました」
そう言ってゼビオス・アルカディアは慈愛に満ちた笑顔を見せた。
オレはゼビオス・アルカディアが、このような笑顔を見せるのが意外に思えた。
案外オレが思っていたよりも良い人物なのかも知れない。
「ところで、まさか貴方様が新領主になられるとは思いませんでしたぞ」
「そうなんですよ、私自身もまったく予想外で、今こうしているのも不思議なくらいです」
「ご領主様は、ジェスティーナ王女殿下の婚約者でもあられるとのことですから、私共と今後末永くご厚誼を賜りたく存じます」
「いやいや、こちらこそゼビオス殿のお力をお借りしたいと考えておりますから、今後とも宜しくお願いします」
「有り難いお言葉、痛み入ります。
後が
そう言うとゼビオス・アルカディアは深々と頭を下げ、オレの前から去った。
地元で最有力な人物の一人であるゼビオス・アルカディアとは、これから長い付き合いになりそうだ。
約3時間にも及んだ夜会は程なく終了し、オレとジェスティーナは宿舎である旧総督府の主賓室に戻った。
「ジェスティーナ、今日はお疲れさま」
「ほんと、今日は疲れたわね~。
知らない人に愛想笑いするのが、こんなに疲れるものだとは思わなかったわ」
そう言ってジェスティーナは苦笑している。
「このところ会議続きだったし、明日は日曜日だからゆっくりするといいよ」
「そうねぇ、ゆっくりするのもいいんだけど、せっかくだからセントレーニアの街を見てみたいわ。
ここに来てから、この建物から一歩も外に出てないし、たまには息抜きしてもいいでしょ?」
「了解、それじゃあ明日はお忍びで市内観光に出かけよう」
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