第39話 面影
さやかを嫌いになったわけじゃない。
夜に夫婦の時間を持ち、仕事が早く終われば子供たちと遊んだり、家事を手伝う。
このまま幸せに暮らせる・・・そう思っていた。
ある日さやかが妊娠したと言った。
頭の中は真っ白になる。
それからあの、腹立たしい出来事がよみがえり、その妄想までもがよみがえる。
それが今、彩斗と直接結びつかないのが不思議だが、今さやかのお腹にいる子は誰の子なのだろう。
自分の子なのか、確証がない。
過去は消えないものだ。
小腹を満たすべく卵焼きの手を止め、素直に聞いてしまう。
「それって、俺の子?」
残酷な一言だと後から気づくのだが、それは本当にそう思って聞いたことだ。
もう妊娠に関しては過去のトラウマが激しすぎて、どんどん信用ができなくなってしまっていた。
きっと一番冷静で冷酷な目つきになっていたに違いない。
さやかが妊娠して喜べない自分にも腹が立つ。
一般的に家庭で子供ができたらおめでたいことなのに、我が家はこんなにも心をかき乱されてしまうのかと。
そして、本当にさやかと自分の子なのか、わからない。
自分の子供だとしても、さやかのお腹が大きくなっていくその様ですらもうトラウマになってしまった。
それからは素直に喜べない罪悪感と、不信感でさやかとは話す気力はなかった。
ただ、子供たちには何の関係もないのだから、一緒にお風呂に入ったり、子供たちの前では仲の良いまま、パパを演じるしかなかった。
言葉にもできないこの気持ちをどこにぶつければいいのかわからないもやもやをずっと抱えながら、1週間が過ぎていった。
産むのか産まないのか、産むなら別居するという選択肢を考えてみた。
お腹が大きくなっていくのをそばでみると生まれてきてくれる子供ですら愛せなくなるかもしれない。
彩斗は自分の子だと思えた。
思うまでにいろいろと葛藤はあったがなんとか乗り越えてきた。
でも、今回はなぜか受け入れることができない。
きっと自分の子だと思う。
この、
「きっと、だと思う」
これが消えない限り、さやかとこの先その子供と向き合うことがつらくなり、それが子供たちにも影響してはいけないと思い、夫婦で話し合い、子供たちにも仕事がいそがしくなったからと、ごまかし、別居を始めた。
心の中に面影を残して去っていった出来事が何年前であろうと、忘れることができないことはある。
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