第1話⑥ それぞれの日常⑥ 変わりゆくもの
「……何のことですか? 俺は相変わらず気楽で楽しいぼっち生活を送ってますが」
すっとぼけた。
……しかし。
「あたしは『いいことあったでしょ?』としか言ってなくて、人間関係のことなんて一言も言ってないんだけど? 何、ぼっちが解消されるような“いい出会い”でもあったわけ?」
「…………」
言質取った! とばかりに先輩はニヤリと毒キノコを栽培する魔女のような笑みを浮かべる。ぐっ、しまった……!
「……はぁ。俺なんかにそんなもんあるわけないでしょう? だいたい、根拠はなんですか」
どうにか動揺を表に出さないように努め、肩を小さくすくめてみる。俺は偽証が得意なはずだ。ついた嘘は今までほとんどバレたことがない。
……なんて、実際は得意でもなんでもなくて、俺の言うことなんて嘘か本当かなんて突っ込まれるほど興味も持たれないだけだけど。女からは特に。
しかし、目の前の美人な先輩はなぜかそうでもないようで。
美里先輩は人差し指をピッと立てる。
「その1。さっきの動画の使い方の提案。桜坂らしくもなく積極的。まあアイデア自体は大して面白みもないけど」
「……俺もそろそろ中堅に差し掛かるんです。ちょっとだけ心を入れ替えたんですよ。あとはワーカホリック気味な誰かの影響もあるかも」
続いて中指。
……ちょっとは反応してよ。やる気出してんじゃん。後輩が。
「その2。新年度に入ってから時差出勤をやけに活用してる。特に遅い日が目立つわね」
「……今のご時世を鑑みての働き方改革です」
さらに薬指。
……てか、結婚したわけじゃないんだから、それは勘ぐる理由としては弱いでしょうよ。
「その3。あたしのランチの誘いを断る率が大幅アップ」
「…………元からたいして誘ってこないじゃないですか。女子会から逃げたいとき都合よく利用するだけで」
ついに小指。
……女子会という名のお局会らしいけど。この人曰く。
「その4。その理由がお弁当を持ってきてるから。しかも、どう見ても手作り」
「………………」
ついに詰まって、しまった。
「……最近、自炊を始めたんですよ。健康が気になる年になってきたんで」
一息、というには不自然すぎる長い間だった。
いやいや、何でそんなこと知ってるんですか? 俺、弁当(結月さん特製)は山下公園で食ってる(会社の人間に見つからないように)んですけど。
なんて軽口でも返せればよかったんだけど。
その時、俺がどんな表情をしていたのかはわからない。いつだって自分の顔なんて見えないしな。そもそも鏡越しでもそんなに覗き込みたいルックスでもない。
ただ、美里先輩の目には、かなりの不機嫌か、それとも拒絶の意志か、いずれにしろ俺の表情からはプラスの気持ちは一切読み取れなかったらしく。
「なーんて、ごめんごめん。立ち入ったこと聞いちゃって。今時、職場の同僚にプライベートを根掘り葉掘り聞くなんてご法度よね。セクハラで訴えられちゃったら困るし。支店のエースであるこのあたしがさ」
「い、いえ……」
彼女のほうから矛を収めてくれた。
「……それなりに可愛がってるんだけどねぇ」
そんな独り言ともつかない言葉とともに美里先輩は苦笑を漏らし、再び自分の端末に目を落とす。
……少しだけ、どういうわけか落ち込んだ様子で。
そのせいか否か、俺は思わず口に出していた。
「あの、先輩」
「ん?」
「いいこと……かはわからないですけど、生活に多少の変化はありました。この数カ月の話ですけど」
「……そう」
「ボランティア活動……とでもいえばいいんですかね。ちょっと、職場の外でも人とのつながりができた……簡単に言うとそんな感じです」
もちろん、本当の事は言えない。やましいことはないと100%断言できるし、天国にいる水瀬姉妹のご両親を泣かせるようなことは絶対にしていない。だが、それでもやはりそう簡単に他人に吹聴できるようなことじゃない。
しかし、もし先輩の言うように、外から見ても俺自身に変化が現れたのであれば、それは間違いなく水瀬姉妹のおかげだ。
そしてそれは、一般的には良い方向と言えるものらしい。俺自身の心境はともかくとして。
ならば、それも何もかも日陰に追いやってしまうも何か違う気がした。それこそ、日菜さんの言うように。
だから、必要最低限ではあるが、俺は言った。
それに、この人なら特に心配することもない。パワハラ気質ではあるが、そのくらいには信頼している先輩だ。
「ふーん……まあ、大事しなさいよ。仕事の外の人間との関係って大切だし、なかなか手に入んないからさ。……大人になると」
「……はい」
ほら、な。
×××
~Another View~
「ちょ、ちょっと紗代ちゃん! やっぱやめようよ!?」
「まあまあ絵美。ちょーっと拝むだけだからさ。あの日菜がお熱な年上の男の顔を」
時刻は午後6時。
喫茶店『ホワイトラビット』のすぐそばの電柱の陰でこそこそと囁き合う二人の少女。
「もう。悪趣味なんだから……」
「そういうあんたもここまでついてきてんじゃん」
「わ、わたしはひなちゃんが心配だっただけで……!」
日菜の親友、上城絵美と黒瀬紗代子がこっそり店の様子を窺っていた。
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