第4話⑪ 自傷の刃、日菜の涙
「? どういうこと? その子たちに彼氏がいなかった……って意味じゃないよね? そんなの当たり前だし」
回りくどくなってしまった俺の答えに、日菜さんは疑問を呈する。
「もちろん。俺にそんな際どい趣味ないって。本当にそのまんまの意味だよ。クラスとか部活とか塾とか集団の中じゃなくて、その子と俺しか同年代がいなかった場所……って言えばいいのかな」
「えっと……?」
「中学の時の図書委員は、俺とその子くらいしか真面目に活動してなかった。高校の時のバイトは、小さな店で俺とその女の子しか高校生は働いてなかった。大学の時のゼミでは、俺と彼女の二人のグループワークで調べものしたりしてた」
俺が具体的なシチュエーションを例示すると、日菜さんはようやく合点がいったようで、ぱんと手を叩いた。
「あっ、なるほど。つまりほかの男子の邪魔が入らないような空間だったってことか」
「そ、ご明察」
俺はアメリカ人のように大げさに肩をすくめてから、
「俺、ヘタレでビビりだから。どうしても女子の自分とほかのヤツへの態度を比べちゃったんだよね。今思うとめっちゃ自意識過剰でこれまた黒歴史なんだけど」
自虐を吐く。
別に陰キャだからって、学校でずっとバカにされたりディスられたりするわけではない。女子に多くのトラウマを植えつけられた中学時代はともかく、ある程度の進学校だっただけあって、高校の頃にはほとんどそういうことはなくなった。
しかし、だからといって、イコール青春ができるわけじゃない。
俺だってダメダメだが一応は男だ。女の子に話しかけられれば嬉しいし、『教科書見せて』と言われただけでテンションは激アゲ。ボディタッチなんてされた日には、その日くらいはすべてを許せるくらい世界に対して優しくなれる。
だけど、
「俺みたいな奴に良くしてくれる子なんて、誰にでも優しいんだよ。当然だけどね」
だから、すぐに目が覚める。正気に戻る。好意へとたどり着く前に。
自分は彼女たちにとって、まったくもって特別じゃない。アニメのモブキャラ。ネトゲのNPC。ワンオブゼムということを、過ごしているうちに嫌でも思い知らされるのだ。
「もちろん、その子たちも本命は別にいたし、俺のことなんて何とも思ってなかったよ? でも、それに気づかなくて済む状況だったから好意を持てたんだよね。余計なノイズがなかったっていうか」
まあ、そのうちの“1人だけ”は今でもひょっとしたら、と思うことがないわけではないけど。
でも、もう昔のことだ。心のメモリー、いや非記憶領域に深く封印しておくべきだろう。
俺のあまりに痛々しいカミングアウトに、日菜さんは感想も出ないのだろう。絞り出した問いは別の角度からのものだった。
「でも……あたし、たぶん、高校時代の光輝くんみたいなタイプの男子からも結構コクられたことあるんだけど」
「そりゃ、その男子たちの陰キャレベルが低いだけさ」
よく、『モテない陰キャってちょっと優しくされただけですぐ好きになるよねー。うざーいw』とか揶揄してくる女子がいるが、俺に言わせりゃそれはまだまだ陰キャ中レベルだ。他人の言葉を素直に受け取れる。それだけで彼らには幸せになる素質が十分にある。たとえその時は深く傷ついて、大きな後悔をしたとしても、だ。
真の陰キャとは、素直な褒め言葉も、裏表のない賞賛も、他者に対する言葉との比較で裏を取り、優位な自分に安心しないと信じることのできないクズのことをいうのだ。
……俺のように。
こんな歪んだ性格の俺に、幸福な未来が訪れるとは到底思えない。
「だから日菜さんも、あんまり男子を勘違いさせるような行動は控えたほうがいいよ? ただでさえ君は優しくて可愛いんだからさ」
いくら春の夜長とはいえ、さすがに心の内を話しすぎてしまったかもしれない。
なので、そんな軽口でこの一連のしょうもない話を締めてみた。
「…………」
しかし、彼女はじっと黙り込んでしまう。
……当然か。こんなアラサーの薄気味悪い恋愛観や身の上話など、年頃の女子には気持ち悪くてたまらないだろう。
だが、仮にこれで日菜さんが俺に近寄らなくなったとしても、俺のやるべきことは変わらない。
俺にはこれくらいしか、“人生で意味のあること”ができる気がしないから。
時間にして数十秒か、はたまた数分か。ずっと無言だった日菜さんが、俯いたまま静かに口を開いた。
「光輝くん」
「ん?」
「……先に謝っておくね。ごめん、勝手にずかずかと光輝くんの心に土足で踏み込んで。あたし、調子に乗ってた。なんだか光輝くんって、何でも許してくれる気がして、甘えてた」
え?
「いや、いいよ。別に怒ってもないし。今は少しはマシになったしさ」
……後者は嘘だけどさ。
「というか日菜さん、どうかした?」
「…………」
「……日菜さん?」
悪いと思いながらも彼女の顔を覗き込む。
すると。
「でもさっ……! だけどさっ……!」
ぽたり、と大きな雫が少女の手に落ちた。
「光輝くん、もっと自分のこと、信じてあげてよっ……!」
顔を上げた彼女の顔は涙で溢れていた。
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