第59話 鉄の森、蒸気の霧 - 24

 逆手に持ったガラスのショートソードはボスに当たる前に磁力の力場に集まった砂鉄に強く当たり砕け、柄だけになったところで順手に戻しつつ勇者の力で刀身を目の前に浮いている砂鉄から変換利用して生成しもう一度叩きつけ再び刀身が砕ける。

 砕けたガラスは勇者の力、土魔法を使っているように見せるため周囲に浮かせたままにして相手の動きを制限する。

「こいつ……!」

 ボスは苦しそうな声ながらも嬉しさが伝わるような声色で蹴り上げようとしてくるところをイネちゃんはスカートの下の、こちらも刀身をガラスにしたナイフを抜いて攻撃するも、こちらも砂鉄の防壁に砕かれる。

 後はこれを絶え間なく行って防御に使う砂鉄が無くなるまで続ければいい。

 問題は相手がそれを座して待つような素直な性格をしていないという点と、反社会勢力をカリスマだけで率いるレベルの豪快さを持った人間だということ。

 現に状況が明らかに悪い状態になっているはずのボスの表情はどんどん笑顔になっていっており、ほぼ確定で何かしらの反撃が来ることを想定しなければいけない。

『反応はするからイネはそのまま』

 イーアの言葉に答えるようにガラスの刀身による攻撃と生成を加速させる。

「こいつは……」

 ボスはこちらの攻撃タイミングを見極めるように防御行動をしながら視線を動かしており、声に関しても歓喜が強いものの焦りを感じるようなものに度合いが変わっていて何かしようとしていることは間違いない。

 とはいえ既にこの周囲に存在している鉱物、地面は私が掌握しているし、ガラスを浮かせるための架空金属粒子も展開しているため光速以上の速度で攻撃でもされなければ致命傷にはならず、制限条件をしていても音速を超える攻撃はあちらにもダメージが大きくなるためまず来ない……はず。

 こちらとしても周囲を納得させつつボスも殺さない条件を満たして尚且つそのボス自身の、戦闘狂が納得する終わらせ方を力を制限した状態でやらないといけないわけで。

(こちらとしても大変戦いにくすぎる強さなんだよなぁ)

「このままだと……俺の負けになっちまうよ、なぁ!」

 私が思考を少しずらしたタイミングにボスがガラスと、自身の構築した砂鉄の防壁に自分の腕が切られることをいとわずに殴りかかってくる。

 イーアが警戒していたのでそれ自体には対応でき回避することは出来たけれど……こちらの攻撃、刃を生成するタイミングに入り込む形だったためナイフを砂鉄で防ぎつつショートソードの刃がない状態な上に武器を両手で使うために踏み込んでいたため足による関節技を入れることが出来なかった。

『ごめん』

「いやぁこれは……」

 イーアの謝罪も必要ないと思うくらいには見事なタイミング。

 むしろイーアが警戒していなければ間違いなく意識の外から打撃をもらっていたわけで、それ自体で倒れるようなことはないけれど自分の肉体を防御のために変えていない状態で当たり所が悪かった場合脳震盪でダウンしてもおかしくない位置をボスの拳が移動したことから意識の有無はともかくこいつはそれが出来る人間だということ。

「オラァ!」

 ボスは攻撃を振り切ることはせずにその拳を開き、私の頭を掴むように身体を強引に回転させる。

『ちょっと無理する!』

 イーアに身体の全権を渡すと私の身体も身体を反った方向と逆に勢い良く動かし、先ほどリーダー格の男にやった消力と同じような動きで空中を回転して回避する。

「だろうなぁ!そう躱すよなぁ!」

 ボスの叫びと同時、相手のもう一つの腕が伸びてきてその拳が私の顔の目の前にあった。

『しまっ!?』

「構わない!」

 いつもはイーアに勇者の力による防御をやってもらっていたので今はノーダメージで終わらせることはできないものの、今回の騒動で散々自分がその力に頼りすぎていることを実感したわけで……。

「ふぅ……」

 脱力による消力は間に合わないし、やれたとしても体幹が崩れすぎていてまともにダメージコントロールは出来ない。

 ならば逆をやる。

 金剛……程の技量はそもそもないものの、硬気功は普段からやっているやり方の感覚で問題ないのでほぼ無意識にやれるものならば意識してやることでより強度を高めることが出来る。

 問題は相手の攻撃を受けるポイント次第では脳震盪の恐れが強く、それなりの博打になるところだけれど……そこはイーアに気張ってもらう。

 気合を入れたところでボスの拳が額に直撃し、派手に吹き飛ばされるもこちらも構えていたので口の中を切ることも脳震盪を起こすこともなく、地面への着地を失敗する程度で済んだ。

「硬ってぇなぁおい」

「よし、頭もスッキリしてる」

「今ので揺れねぇのもおかしくねぇかぁ?」

「派手に飛んだ分逃げたんだよ、力は」

 とはいえ少し鉄の味がする辺り口の中を切っているが他に痛みや動きにくさはない。

 骨へのダメージは後で何とでも出来るので次の動きに集中しようとするも、ボスは周囲で防壁として使っていた砂鉄を拳に纏わせて手甲にしてグローブを付けたボクサーのように胸の前で拳を合わせて金属音を鳴らした。

「第2ラウンドと行こうぜ」

「ちょっと趣向を変えていかないと、かな……よし、いいよ」

 今の打ち合いは私の負け。

 お互い先読みし合った上で想定していても動けない状況に自ら飛び込んだのだから自分の判断ミス。

 とはいえ色々制限して習熟訓練のつもりで戦うにしては少々実力的に厳しい……というか私の技量がそれだけ落ちているのを実感する。

 遠距離……は銃の弾頭をチタンにしたりセラミック系にすれば解決するけれど、相手の磁力が想定以上のことをやってくる可能性は依然ある上にボスの度胸の据わり方を舐めていた結果の負け。

『質量変化はある程度使った方がいいと思う』

 イーアの言葉も理解できる。

 このまま習熟訓練感覚で戦う場合強引に突破されたら今度こそ脳震盪で数十秒ほど意識が飛んで完全敗北も有り得る以上は瀬戸際で解禁ではなく、適時利用しながら押し込む戦いの方が無難。

 だけど無難で行く場合、あちらの思い切りの度量が不確定要素になるため使うのであれば一気に使って習熟ではなく制圧を前提にした方がいい。

「今度はこちらから、踏み込んでみようかねっ!」

 あれこれ考えているとボスは待ちきれなかったのか一気に踏み込んできた。

 今度は磁力による移動ではなくしっかり地面に足をつけて走る形で迫ってくるも、こちらはまだ構えすらしていない。

 不意打ちをされる形になりしたものの、流れとしてはこちらの選択肢はそれなりに多いので悪くはない。

 ただ……横目に見えるルスカの様子を見るに未だ立ち上がれず肩で息をしているのが確認できるし、私が吹っ飛ばされた時に叫んだのだろうけれど声量が先ほどと比べてあまり出ていなかったことから思った以上にダメージが蓄積していて治療が必要かもしれないことを今確認出来た。

『ルスカの確認ができない程度には、厳しい相手ってこと』

「なら習熟は明日の私に任せるべきか……」

 正直に言えばルスカの件がなければこのボスは私の鈍った技量を元に戻す習熟訓練に最適どころか落ちる以前よりも熟練出来るだけの実力を持った相手で、個人的な感情としてはボスの楽しむという言葉を否定できないくらいに間違いなく楽しんでいた。

 ただ今の状況にルスカを連れ込んだのは間違いなく私の判断で、ルスカの命を村長や自警団長から頼まれているのも私。

 個人的な感情で責任や依頼を放棄するのは今後の商取引や傭兵としての活動を考えれば絶対にやってはいけない以上、この第2ラウンドは早急に終わらせなければいけない。

「考え事かぁ!」

「悪いね、弟子の状態が悪いみたいだから、もう終わりにする」

 私の言葉を聞いたボスは表情を変え、走ってきた勢いのまま拳を振り下ろしていたものの先ほど見せた身体の制御技術で強引に動きのベクトルを変えたものの、私は自身の質量を増大させて架空金属粒子で軽く宙に浮き。

「想像力を鍛えて発想さえできれば、土……大地の魔法ってのはこんなことも出来るようになるよ」

「土煙か……!」

「そんなところ」

 架空金属粒子による浮力と加速ではあるが、ボスの言うような土煙程の粒子でも私は地面と同様に動けるし、自由に操作をして純粋な質量移動手段として用いることが出来るのですぐにその言葉が出てきたボスの思考は速いし、かなり柔軟。

 ボスもこちらが単純な移動と攻撃手段を取った時点で察したのか周囲の山から大き目の鉄くずを磁力で引き寄せるものの。

「後ろに跳んだ時点で引き寄せてれば間に合ったかもね」

 そう呟きながら私は重量1トンくらいに体重を変化させた自身の拳をボスの腹部にゆっくりとめり込ませていき、速度を出さないまま地面に押し込んで少し浮かせる形で馬乗りに近い形を取り。

「これで終わり、いいよね?」

 ボスは呼吸を求めながら首を縦に振った。

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