第58話 鉄の森、蒸気の霧 - 23
ボスが制限のない決闘にした理由はすぐに分かった。
「躱してみろよぉ!」
決闘が始まると同時にボスの右手付近に磁力と思われる力場が発生し、イネちゃんの真後ろのジャンク山から重量のある金属の塊がそれなりの速さで移動を始めるのを気配で感じ、その塊を勇者の力で鉄から組成を変えて磁力に反応しないようにするとボスは笑いながら。
「流石このご時世に自由勝手に旅してる傭兵さんは違うねぇ」
「いや知らんし」
自分勝手というなら1つの待ちで反社会勢力している連中はどうなんだって返せるけれど、この相手は全く意味がないだろうなぁ。
ボスは次に周囲のジャンク山で多量の鉄くずを浮かせて見せる。
「それじゃあこれならどう……よ!」
浮いていた金属はそれぞれが間をおいて最速一直線に飛んでくるも、直前に死角からの奇襲を防いだのを見ていた以上は取りこぼして当たればそれはそれでの感覚だろう……本命となるのは十中八九。
「おらぁ!って全然こっちの思惑から外れてやがるじゃねぇか!」
案の定磁力を利用して身体を浮かしての加速移動とその速度を利用した肉体打撃。
こちらは静止状態からなので質量増加しないと真正面からは厳しいけれど……直線加速がメインであるのならその速度をこちらで利用してやればいい。
地面から浮いている都合重心をずらしてやるのは楽……なのは確かではあるのだが、ホバー等ではなく磁力によるものなのである程度範囲を対応してやらないといけないのはとても面倒くさい。
それならイネちゃんも身体全体で対応する。
速度もあるし実質初手に使ってきたのであれば相手はこれを使い慣れている手法なのだろうことは予想出来るのでかなり強引にこちらもアクションしなければ元々の体重、身長の差で負けることになる。
距離としてはこちらが踏み込んだところで速度を殺せる距離ではなく、いっそ銃でも撃った方がまだ動きの制限を強制させられるだけマシなところではあるけれど、制限無しのイネちゃんならば自身の質量を相手の体重と速度に負けない程度に増加させればいいだけの話。
状況としては回避か周囲の金属を利用しての防御を想定しての突進だろうからこそ真正面から潰す方が……ボスは喜ぶだろうけれど周囲のチンピラ連中はイネちゃんと争うことを避けるだけの流れを作れるとは思うので勇者の力で、この世界の魔法準拠に見えるように体表皮膚をメタリックな感じにして明らかにイネちゃんの体組織の変かを視覚で確認できる形にしてから回し投げの要領でボスの突進を受け流した。
磁力による動作をしていたボスは想像の外の対応に瞬間体勢を崩すもののすぐさま天地を元に戻しコートの内ポケットから銃を取り出しイネちゃんに向けて発砲。
「楽しいなぁ!」
「それはそっちだけじゃないかなぁ……」
新しいおもちゃをもらった子供のようにはしゃいでいるボスの放った銃弾を着弾点になる表皮を高密度カーボン繊維による多層格子構造にして防弾チョッキのように受け止める。
「器用だな!おいぃ!」
「それなりに疲れるんだけどね、とりあえず少し……黙ったらって」
銃弾を受けたタイミングでボスは喜ぶ方向で驚愕したのか少し動きがとまったためこちらから……と思い動こうとしたところでここ以外の別の場所から気配を感じ一旦離れると、今の今までイネちゃんが居た場所を移動するように貫通力の高そうな弾頭が通り地面に着弾する。
「権力も力の一部って認識しちゃってOK?」
「こういうのは好きじゃねぇが……後で詫びさせるからすまねぇな」
トーンが落ちて冷静さを持つ形になった辺りボスも想定していなかったことだろう。
とりあえずボスと立会人のプロはイネちゃんが狙撃を回避したことに驚く様子は見せていないが、周囲の人間……ルスカ含めて何が起きたのかわからないといった表情を見せている。
「不利な状況は最初から考えていたけれど狙撃対応まで含むと……」
「不満かい?」
「不満だねぇ、面倒くさすぎる」
「無理とは言わねぇんだな、最高じゃねぇか」
この戦闘狂、イネちゃんに負けても満足しそうというかイネちゃんが負けると不満漏らしそうだな。
「無理ではないけれどやらないでいいならやりたくない、何で手ごわい相手と格闘戦しながら狙撃対応までしなきゃいけないのか」
「おう!だからテメェらもう手を出すんじゃねぇぞ!」
「これで狙撃が飛んで来たら狙撃手は粛清かな?」
「サンドバックにするか前線行きで十分だろ」
十分粛清されるようで何より。
それならイネちゃんがこの決闘の間にカウンターとして対応する必要はないので次からは回避ではなく防御にして狙撃自体が無駄であることを周知した方がいい。
しかしまぁ……目の前の男は磁力を使ってでも対応してくることから従来通りの格闘戦をしたところで回避されるか磁力で文字通りやりたいことを潰される流れが容易に想像できる。
買い被りの可能性は十分あり得るけれどこちらの想定内に収まってくれるような人間ではないことは確定だし、低く見積もってしまい想定外が起きる方が怖いので殺傷能力が低めの範囲でイネちゃんの勇者の力を使うしかない。
方針を固めたのであればこちらから仕掛ける番。
「さっさと終わらせたいから、早めにやられてくれたらありがたい……な!」
鉄分を抜いた岩盤を展開しつつ目くらましと行動制限を同時にやった上で意図的に作った逃げ道を封鎖する形で質量を上げて待ち構える。
「バレバレな陽動に乗る必要なんざねぇよなぁ?」
ボスは疑問……というより質問を強調するような口調で磁力のみでの小さい鉄球サイズの鉄くずを周囲のボテ山からイネちゃんのいる地点を中心として磁力で引き寄せる形で攻撃してくる。
予想していたけれど今ので磁力の発生地点と強さはかなり自由にコントロールできることが分かったので、鉄くずが引き寄せられる速度からおおよその磁力を考えてボスに向けて電磁誘導する形に架空金属粒子を展開し反撃。
より強い磁場に引き寄せられた鉄くずは更に加速しながらボスに向かうも。
「それは報告で聞いてる奴を攻撃に使った奴か!面白れぇ!」
どうやら決闘の流れになる前にやった銃に対しての対応を報告で聞いていたようでイネちゃんの対応も想定内だったようで……。
「あぁもう面倒くさい!」
魔獣と戦う場合はその身体能力の高さと毒の血液に対しての事後処理を楽にすること、状況によって周囲の被害の軽減の3つだけを考えておけばよかったのでイネちゃんにしてみれば楽だったのを自覚する。
対人間で殺してはいけないという縛り、更に技術的にオーバーテクノロジーの分野は使ってはいけなくて勇者の力もこの世界の魔法の範囲で納めなければいけない条件では負けない戦いは楽しても出来るものの、今回のように勝つこと前提で動きたい場合はイネちゃんの戦闘技能的に技量面で同程度の人間が相手の場合とても面倒。
しかも今回の相手であるボスは磁力操作の魔法をイネちゃんと同じように無詠唱で使っている状態で、イネちゃんの得意な武器の大半をまともに使おうとすると逆に利用される可能性も高いので確実に叩き込めるタイミング以外では刃を抜くことすら躊躇う。
組成を変えること自体はこの世界の土魔法で出来る範囲なのは今までのやり取りで確定しているものの、磁力の影響を受けない素材となれば防御に使った炭素系素材の他には鉄分を抜いた土や石……セラミック複合材的に運用するにしてもこの世界にセラミック加工技術の領域がわからない限りは陶磁器、ガラスの範囲で納めておかないとほぼ確実に面倒なことになるのでそのあたりが確定情報になるまでは使いたくない。
『イネ、ガラスならいける』
イーアの言葉に対しボスに悟られないように無言でナイフとショートソードの刀身をガラスに代えておき、他の装備もチタンとセラミックにして軽量化の付与を強化するように勇者の力を強めに使い。
「接近戦しかないかぁ……」
刀身の材質を完全に変更したことで重量バランスが変わっているので頭の中で補正、フルチタンにするのも有りではあるものの能力を運用する前提であるのであればこちらの方が周囲の素人的にもひと目で分かりやすい動かし方が出来る。
次の手を決めたのなら後はタイミングなのだが……それはあちらも同様のようで隙を無くすような形に磁力が肉眼でも確認できるレベルに砂鉄を集めて防御にも攻撃にも使えるように展開している。
『磁力の動きがわかるってことは……』
「それ自体が罠の可能性は十二分、そういう手合い」
『でも見えるのならやりようはある』
イーアと行動方針を確認した上で深呼吸を1つ。
私は決闘終了後の行動をアドリブにする覚悟を決め、強く地面をけってボスに向かって踏み込んでいく。
「こいやぁ!」
ボスの雄たけびと同時に砂鉄の格子が目の前に形成されるが勇者の力で金属成分を奪い地面に戻して磁力の壁に突っ込んでいきショートソードの柄を握りボスに向けて抜き放った。
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