第53話 鉄の森、蒸気の霧 - 18
黒衣の女に案内された場所は防壁付近のスクラップ置き場と言った方がしっくりくる鉄山のような場所だった。
ある程度動線が考えられているのがわかる程度にはスクラップなどの資材が乱雑な整理がされているように思え、蒸気操作型の移動式クレーンによる移動を阻害しないで尚且つ資材を分別するための広場があるようで、女が立ち止まった場所はその1つ。
「ご苦労だったな」
「料金分は後は見届けるだけ、手出しはしない」
「チッ……わぁってるよ」
黒衣の女に対して受け答えした男はそれなりに身なりが良く立ち振る舞いはそれなりの紳士ではあるものの、言葉はまさしくチンピラのものである。
周囲には先日見たチンピラを含めて少年少女な見た目の物から中年くらいの人間が集まっており厳しい表情をしているのは数人でその殆どはにやついた表情でこちらを見ている。
「それで、お越しいただいた理由だが……必要か?」
「部下のメンツをボコボコにされただけじゃぁここまでやらないよねぇ」
「必要みたいだな」
「お願いするよ、こっちは昨日到着したばかりでこの街の情勢ってやつにはからっきしなんだ」
「その前に1ついいか?」
「どうぞ」
「女の方が上なのか」
「こっちもそこからなのかって印象かな……組織力を推察すると昨日の酒場でのやり取りは把握していると思っていたんだけど」
「あちらの組織さんの詳しい情報までは入ってなかったからな、どんな奴とやり合って負けたとまでは聞いてねぇ。てっきりそこの男だと思ったんでな」
「こっちが先達。この子は弟子みたいなもんだよ」
しかしまぁ、勘違いでプロの暗殺屋まで使うもんかね。
金払いが悪い依頼人ではあるけれどルスカなら妥当と判断した黒衣の女は、明らかに料金に見合わないイネちゃんと対峙した結果撤退が昨晩の真相かな。
「弟子か、こいつをぶちのめしたらてめぇさんに勝ったってことにしてもらえたりしねぇかね」
「強い方とやりたいとは思わないの」
「そこのプロ連中が料金に見合わないどころか組織の運営資金全額でもやりたくないってはっきり言うような相手はごめんだね、どんな化け物なのかってのは興味自体はあるが自分の命をチップにそれをする気にはならんよ」
「部下の連中はそんな感じはしないけど」
「あぁ、こいつら雑魚いからな」
男のこの発言に気を悪くする人間はイネちゃんが確認する範囲で見当たらない辺り、この男の強さはチンピラの中では間違いなく最上位かそれに近いものなのだろう。
イネちゃんからするとこの男と殴り合うよりも黒衣の女と殴り合う方が怖いと感じるので実力としてはイネちゃんなら問題ないけれど……ルスカだと少し危ないくらいかな。
「流石にこの子に勝ったからと言ってこちらの負け扱いは飲めないかなぁ」
「無理か、残念だ」
イネちゃんの言葉にルスカは抗議することもなく額に脂汗を少し浮かばせている辺り実力の測りは出来ているようで何より、正直この男とルスカの実力差はあまり読めないくらいなので実際にやってみればルスカが勝つ可能性は十分あるものの、この手のチンピラは喧嘩慣れをしていてロイ相手に負け越ししているルスカにとっては厳しい相手になることは確実。
それに索敵をしてみた感じでは射線は通っているもののこちらから目視確認しにくい場所に数人ばらける形でこちらを見ている人間が確認できて、その内3人ほど殺気をこちらに向けてきている辺り伏兵も準備しているのがイネちゃんの判断でルスカが負けるというビジョンしか見えなくしている。
せめてタイマンならと思わなくはないもののそれも確実ではないし、何よりサラマンダー工房で装備調整をしている最中に出てきたためにルスカは腕だけ防具による重武装という状況……これで勝てというのは無責任が過ぎる。
「こっちとしてはあの工房の作ってるトンチキな銃を完成されたら困るからな、すまねぇがこれも社会勉強ってことで」
男はそう言いながら懐に手を入れ。
「死んでくれや」
銃を取り出し発砲。
それに呼応して周囲のチンピラ連中と殺気の方向からも銃声。
「まぁそうだよね」
鋼鉄靴と地面を利用した電磁加速でルスカをかばえる位置に移動しつつ仕込み籠手の盾を展開しつつ強めの電磁フィールドを張って銃弾に備える。
ルーインさんの作った銃のテスト中にハンドガンも使わせてもらったけれど亜音速銃はないことは確認していたし、肉眼での目視確認が難しい地点で殺気を放っている人間を伏せているのがわかった時点で予想出来ていたのでここでは力を伏せるのはすることなく使わせてもらう。
「魔法か……めんどくせぇ」
土魔法でこういうことが出来るのもルーインさんの反応で分かっていたから躊躇うことなく勇者の力を運用することが出来るようになったのは本当にイネちゃんにとってプラス情報だったよ、本当。
「そんなところ、詠唱とかなくてごめんねぇ」
「こりゃおやっさんに伝令だな、俺たちじゃ不可能だ」
「諦めると」
「命のやり合いになっているが俺も命が惜しいからな。裏である俺たちは法律を無視するが、傭兵として街に入ったてめぇにはそれも難しいだろうからな、ここが引き時ってやつだ」
反社会勢力の駆除は傭兵の仕事……ではないから男の発言も間違いではない。
チラっと確認した程度ではあるけれど、ギルドの依頼の中に街の治安維持活動関係のものはほぼほぼ存在しておらず傭兵・職人ギルドの管轄内での自治ボランティアの募集程度しか見当たらなかった辺り、この街での治安活動の管轄ってのはかなり厳密に定義されている可能性がある。
そのうえでイネちゃんたちをこの場所に呼び出したのは、まぁそういうことなのだろうね。
「流れの傭兵にそれを期待しちゃう?」
「しちゃうねぇ、それだけの力があるのならいつでも俺を含むここにいる連中皆殺しにだって出来ただろうにそれをしなかったのが答えだろ」
まぁよく見ている。
ハンドガンとは言え銃の釣瓶うちをどうにか出来る人間が暗殺者の襲撃を素直に見逃した時点でこの男の判断をされるのは致し方ないし、こちらに殺気がないってのは十二分に理解される程度にこの男は実力を持ち合わせている。
そのうえでイネちゃんが反撃よりも防御を優先した一挙手一投足を確認した上でイネちゃんは見逃す可能性が高いと判断したのは納得できるし理解もできる。
「今見せた以上のことが出来るとしても同じこと言えるかい?」
イネちゃんはそう言いながら先ほどまで試射していてこちらに来るときにこっそりと持ち出していたラッパ銃マシンガンを取り出し構える。
「なんだそりゃ」
「サラマンダー工房で試作されてた銃の1つでね、構造としては鉄球を磁力で加速させて連続で打ち出す結構複雑なことしてる銃」
試射していた時にはバッテリーの質や磁力レールの都合で過剰威力だったり残念な飛距離だったりしたものの、イネちゃんのように自前でそれらを補完できる人間が使えば鉄球の続く限り爆撃に近い威力を押し付けられる兵器になる銃となる。
見た目がラッパであちらさんの知識範囲ではこいつがとんでもないことが可能な銃であることを理解できないだろうけれど……先ほどの男の言葉にはサラマンダー工房で作られている銃についての言及があったため状況としては見過ごせなくなるはず。
「磁石でってことか、そんなのおもちゃだろ」
「そうだねぇ、ルーインさんが作ったままの性能だと発射レートはムラがあるものの総合的には過剰火力ってところで完成度は高いとは言えないし鉄球の補充もかなり面倒だ。でもさ」
言葉を1度止めて電磁フィールドで止めた銃弾をまとめて鉄球にしてラッパ銃に装填して見せながら続ける。
「ここには鉄がたっぷり、こちらは魔法で鉄球の生成は出来るし磁力を含んだ鉱石の維持強化も出来るわけで。最高レートを標準として連射性能向上や威力アップも見込めるだけの能力は……今見せた通りだけどどうする?」
使い手次第では戦術兵器になり得ることをしっかりと伝えて撤退判断を鈍らせる。
正直チンピラ連中が集まっているのであれば五体満足は贅沢ではあれど死なない状態で数人、欲を言えばこの男を捕縛できればギルド側である程度の状況好転の一手を打てるだけの情報なんかも期待できるわけで……ルスカとの素手のタイマンは不安要素の方が多かったものの動いた状況的にイネちゃんがいつもやるような展開になってくれたのはかなりありがたい。
「実際出来るかどうかまではわからねぇな」
「じゃあ命をチップに試してみるかい?」
「何を要求するつもりだ」
「1番いいのは諦めてくれることだけど、組織まとめてる人間が納得しないでしょ?」
「そうだな、面倒この上ねぇ」
「というわけでタイマン、しようか」
「チップが無駄になるだけだな、話になんねぇ」
「そっちの最強とこっちの最強がやった場合でしょ、それは。あんたの思うそっちの2番手とこの子のタイマン」
男の実力が絶妙に読みにくい以上はこの提案がお互いとしては妥協できそうな点ではあるけれど、相手からしたら飲む必要がないから断られる可能性はかなり高い。
それならそれで現状ラッパ銃で威圧をしているけれど、いっそ総力戦の流れになってくれればイネちゃんの勇者の力は土系の魔法であるという認識を刷り込んだので周囲の連中の足元を殺すことなく無力化出来る範囲で変化させればそれで終わるのだけれど……こちらの提案を100飲むことはないし、その流れはあちらとしても想定中だろうからこそ会話に乗ってきているだけのはず。
何だったらイネちゃんが確認できていない場所なり伝達系の魔法なりで既に連絡していて指示待ちで、あちらとしては時間稼ぎが今やりたいことという可能性が1番高い……そうじゃなきゃイネちゃんの適当な会話なんて最初から無視して動けばいい程度に周囲を囲んでいるわけだからね。
「……まぁ、それならいいか。だが完全に手は引けねぇぞ」
「依頼主にでも傭兵と全面戦争するつもりでもなきゃできないっていう言い訳が出来る程度のものは見せてあげるつもりだよ」
「俺個人なら既にそう判断してんだがな……ギルドじゃなくてめぇ個人って点だけは違うが」
人を化け物みたいに……いやまぁ襲撃されて以降は割と否定しきれない程度にはイネちゃんも勇者の力使ったから仕方ないか。
「ま、そういうわけだからルスカ頑張れ。周囲警戒はしてはおくけれどそっちの介入も難癖付けられるだろうから出来る範囲でも自力でやること」
ルスカの批難するような凄い表情を見てしまったものの、これ以上こじれるのはこちらもあちらも望んでいない状況でここが双方の落としどころなのだから致し方ない。
本当の意味での対人実戦経験を積めるタイミングなのも間違いないし、盗賊野盗なんかよりは命の担保はされる範疇……ルスカにこの舞台を用意出来たのはある意味では幸運だったのかもしれないと思いつつ、見守る準備を始めるのだった。
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