第52話 鉄の森、蒸気の霧 - 17

 ラッパ銃型マシンガンの試射を終わらせて残弾がないことを確認してから丁寧に地面に置き、気配だけで認識していたルスカの様子を確認する。

 今日のルスカが試している装備は籠手と大鎧の肩掛けというなんとも言えない装備で実際に型を一通りやって動きやすさなどを確認しているようだった。

「どうだった」

 ルーインさんがイネちゃんの試射が終わって確認したことを見てから話しかけてきたけれど……。

「何というか使いどころはあるかもしれないけれど、常用したくないというか鉄球と呼ぶレベルのものを弾として使っている都合どうしてもこれを引っ張りだすってタイミングは都市防衛で給弾と補給が安定している時しかないね」

「威力の方は言及しねぇのか」

「攻城にしては低いし、魔獣相手にしても弾速が遅すぎて当てれない。対人想定とした場合は今度は威力過剰」

「だよなぁ……」

「総合評価を下すのは簡単だけど……せっかく作ったわけだし、弾になる鉄球は特別新しい生産ラインはいらないのなら少数生産するのはいいんじゃないです?外の無法者連中相手には有効ですし」

「戦争でもなきゃ使えないものを不審者に撃つのはやりたくねぇな。いや俺は撃たねぇんだが」

 イネちゃん的には戦争でも取り回しが悪すぎて使いたくないけど。

 単純な質量はあるので防衛で狭間からの射撃なら射程の短さは気にならないし、ファランクス陣形による防御も抜けるから高価になるだろうライフル弾を量産するよりも余っている鉄を粗悪でもいいから球状にすればいいこのラッパ銃マシンガンは無駄に相性がいいから完全に使えない他の試験銃よりも採用はありと思ってしまう。

「正直に言ってしまえば他の銃が問題外どころか評価するに値しないレベルのものが多かった分、相対的にこいつ使える場面あるなってことで評価が上がっちゃってるのも否めないです」

「それは言わんでくれ、他の職人連中がアイデアだけ出してギルド規定で試作しただけの代物ばかりだったんだ」

「それを形に出来ている時点でルーインさんの凄さは分かりますけれど……できないって断ればよかったのでは?」

「俺のプライドが許さん」

 プライドかぁ……この場合のプライドってのは信条ってところの比重が凄く重いから否定できないな。

 こればかりは効率とかそういうものじゃなく作れるし作るのを自分でも楽しんでる人だろうからこそ頼まれて断らないという構図になったわけだろうからね……それはそれでイネちゃんの少数生産確定な替え刃の生産を引き受けてくれるかもしれないし、引き受けないにしてもその量産が可能な工房に斡旋くらいはしてもらえるはず。

 ルーインさんはそれだけの人望と実績は存在しているし、今回のびっくりどっきり試作銃を全部テストしたイネちゃんへの報酬的にある程度のラインで要求は出来そう。

「それじゃあ今度は俺の趣味で作った奴を……」

 ルーインさんが言葉を終える前に出入口方向から気配を感じてそちらに視線を移すとルーインさんもイネちゃんの視線に気づきそちらを見る。

「黒ずくめか……てめぇの客じゃねぇのか」

「あー……少なくとも昨晩の記憶で面識はありますね」

 最初の一手で即撤退されたので目的を探るとかも出来なかった都合文字通りに面識はあるけれどそれ以上の情報がない。

 イネちゃんかルスカのどちらかに対してのものであったとは思うものの……対ルスカであったとしたらあのチンピラ連中はよほど力量差を理解できずに高い金を積んだことになるし、イネちゃん相手だとした方がまだ納得は出来る。

 少なくともあの場で即撤退を決めれる人間に出会ったのは……2回目かな、1人はバトルジャンキー寄りの傭兵だったけど。

 ……名前が出てこないのは当人から聞いたわけじゃなく付き合いもあの決闘という名の組手1回だったからではあるものの、こういうのを人の名前を覚えるのが苦手って言うんだろうと自覚してしまうね。

「待て、ここで争うつもりはない」

 こちらのやり取りを見て黒衣の来客は高めの女性の声で静止する。

「それを信じる要素は?こちらとしては対応する要素しか今のところ存在しないんだけれど」

「依頼主はどうかは知らないが、この街で仕事をしているからな……職人ギルドと事を構えるつもりは私たちにはない」

「それだけで依頼主はプロじゃないってわかるけれど、それは良いのかい」

「構わん、金に関しては昨日の分でも足りていなかった。金払いを渋った結果そこの小僧のことを調査するだけの時間すら確保できなかったのだから依頼主の失態だ」

「それはあらかじめ?」

「伝えた上で渋ったのは依頼主だ」

 成程、あちらとしても足りないとは言え支払いがあったから最低限で済ませたわけだ。

 納得した上でイネちゃんは話を進める。

「それで、それだけ言いに来るほど暇じゃないんでしょう?」

「少ない金で更に仕事を頼んでくる厚顔無恥な依頼主が決闘をご所望らしくてな……」

「支払われた金だとメッセンジャー程度の仕事だけってことね」

「こちらが失敗したのも事実である以上はアフターケアとして決闘の立ち合いくらいはする」

「成程」

 とりあえず声色や周囲の気配からしても昨日一緒に襲撃してきた2人の気配は感じられない。

 これは勇者の力まで使って警戒しているからこそだけど、少なくとも今の段階では彼女の言い分を否定する材料はないし、プロとしての矜持は感じられる問答からもあちらの依頼主があの路地裏チンピラ連中なのが察せるくらい情報を見せてくる辺りイネちゃんたちを戦わせて依頼主連中に現実を見せてやるくらいの意図も読み取れる。

「ただ……その決闘に連れて行くのはこっちじゃなくあっちだろうからなぁ」

 そう言いながらルスカを指すと黒衣の女性は首を縦に振る。

「あなたの思惑も完遂は難しいんじゃないかね」

「一応あなたも連れてくるようには依頼されていますので、大丈夫かと」

「わざととは言え人質になった相手をご所望する?」

「演技なのはバレてますよ」

「……あの連中にそれだけの度量はなかったと思うから、あなたの報告か何かかな」

「いえ、彼らも一応はこの街でもぐりが出来る程度の実力を持った組織ですので。情報からある程度の実力を察する能力を持った人間もいますよ」

「それで、あなたより強い」

「まさか」

「だろうね」

 強ければわざわざ大金が必要なプロに依頼する必要はない。

 後先考えない部下の暴走として言い訳できる体裁は整えられるくらいには大きな組織なのは違いないだろうから彼女らよりも強いのであれば色んな手を使ってルスカを誘い出せばいい。

 それをしなかった時点でプロより劣るか、ルスカの評価を見誤る程度の判断力しかないかのどちらか……まぁ金払いを渋る時点でプロとは言えないけれど。

「とりあえず現在の情報じゃあなたは嘘を言っていないとしか判断できない。それで、場所はどこ」

「師匠!?」

「襲撃犯の犯人がわざわざ名乗り出てくれたわけだから、さっさと終わらせて観光出来るようにしたいからね。ルスカも修行の一環と思うこと、今回は共闘前提だからカバーはしてあげるし覚悟決める」

「私が言うのもなんですが……よく信じられますね」

「この会話が油断させるものならとっくに昨日のお連れさんが襲撃してるでしょ。こっちの索敵を回避する手段があるにしても会話が終わりそうなタイミング、しかもそちらの提案を丸のみするレベルの進行で攻撃する意図はあまりないし……あったとしてもこっちがそれをすんなり受け入れる人間に見えるかい?」

「それは昨日の時点で有り得ないと判断していますので」

「ありがと、褒められるとやっぱうれしいものだね」

 ルスカはイネちゃんたちのやり取りを見て信じられないという表情をしているものの、ルーインさんは色々納得……というよりも察したようで自分に迷惑が掛からないのなら問題なしといったジェスチャーをしている。

「それでは案内します。それは料金内の仕事なので受け入れてください」

「了解、真正面からの殺り合いじゃないなら気が楽でいいや」

「こっちは胃が痛いんですけど、師匠……」

「対人戦、対多戦でイネちゃんがカバーできる状況っていう貴重な機会なんだから割り切る割り切る」

「多数相手は確定なんですか……」

 十中八九チンピラの決闘っていうのは実力者1人でという形にはならない。

 とはいえ実力者次第で最初はルスカと1対1の形になることはあるだろうことも考えられるけれど……そこはルスカに頑張ってもらうしかない、大丈夫だろうけれど。

 ルーインさんは特に何も言わず手を振ってくれているし、イネちゃんとルスカは黒衣の女性の案内についていくこととなった。

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