第50話 鉄の森、蒸気の霧 - 15

 宿の部屋も代わり、架空金属粒子による警戒態勢にまで徹底したことでイネちゃんは久しぶりにぐっすりと睡眠をとることが出来た。

 ルスカに関しては野生動物による襲撃はこの街に来る最中に経験していたものの、人間に襲撃されたことが初めてだったこともありあまり眠れなかったようではあるが、少し硬いけれど今までの寝床に比べたら圧倒的に柔らかい寝床のおかげで大分身体の疲労は取れた様子だった。

 朝食はルームサービスの軽食で済ませたものの、高級宿の軽食は値段と味があっていないようでちょっと物足りなさを感じながらもフロントに出かけることを伝えてからサラマンダー工房へと向かう。

 現状の状況確認をルーインさんとすることで情報共有も出来ればいいのだけれど……今日はイネちゃんしか使わないだろうものの注文もする予定だからちょっとだけ心苦しい。

 工房に到着し中に入ると……。

「面倒なのに絡まれてるんだってな」

「声は出していないんですが、足音で?」

 ルーインさんが右手を挙げて親指で方向を指して視線を誘導し、イネちゃんとルスカは指示に従い視線を移動させるとそこにはプリオンちゃんがいた。

「成程、報告を受けていたと……それはそうとやっぱ噂になってます?」

「あの宿で騒動があれば相応にな」

「となるとあの宿がどこの経営であったとしても中立を固持しているのは間違いなさそうですね」

「どこか1つはそういう場所がなきゃ、手打ちの会合なんかも出来なくなっちまうからな。逆に言っちまえばあそこで騒動した連中がこの街にとって排除せざるを得なくなる程度にはあちこち騒がしくなってるぞ」

 裏社会の力が強いとそういったことも大変そうだなぁ。

「心当たりは2つほどあるんですけどね、どちらも持っていかれたりしないですかねぇ」

「こっち側のチンピラ連中はともかく、あっち側のギャング連中はその辺わきまえた連中だから大丈夫じゃねぇか?最も、わきまえた上でやれることを全部やらかす連中でもあるから注意するに越したことはねぇが」

 法律すれすれの行為だったり、バレなきゃ犯罪ではないの精神で動いちゃうタイプが昨日のあの男かなぁ……ただ宿がこの街における会合、会議場のような機能も持っているのであれば中立地帯とするためにそういった組織の連中は手を出さないのはわかるし、外部の人間を使うにしてもリスクは取りにくい。

 となれば……。

「こっちのチンピラ連中が宿側の主犯とするなら……」

「酒場で騒動があったのはあんたたちだったか。ありゃ復讐考えた方が面子がつぶれるタイプの喧嘩だったからな、恥の上塗りをするようなタイプでもねぇ気にすんな」

 この話し方だとあの場に居たかもしれない。

「ともあれいちいちあぁいう連中に構ってたら仕事になんねぇ、さっさと始めるぞ」

 この会話中もずっと設計図となる紙面に式や図を書き込んでいるのが見えていたのでルーインさんの本音は間違いなくこれなんだろう。

「それじゃあ……ルスカは今日もプリオンちゃんに色々装備についてレクチャーしてもらいな。武器や防具ってのは道具である以上開発、制作側が想定している使い方と想定していない使い方は知っておく必要があるから」

「師匠はどうなんです?」

「知った上で想定していない使い方をして自分で直せるからね」

 イネちゃんの返答を聞いたルスカは少し考える表情をしてから納得してプリオンちゃんのところに移動した。

 イネちゃんそんなアンタッチャブルな動き見せてたっけかな……。

「それでこの設計なんだが、動きとしては反動を利用する形にすれば行けると思ってんだがな……」

 ルーインさんが見せてきた設計図は概ね設計的に正しい機銃のもので独自の設計でここまで完成させている辺りこの世界でも第一人者と言っていい技術者であることがわかる。

「できるとは思いますけど……かなり精密に作らないといけないし、すぐに歪んじゃいそうな気もします」

「やっぱりそうだよなぁ」

「実際に作ってみて問題になる部分を都度見直し修正していくしかないのでは?」

「暴発して死ぬかもしれねぇ試しをやれる奴がいねぇ」

「やりますよ?一応これでも防御方面は自信があるので」

「具体的にどう自信があるのか言ってみな」

 具体的に説明しろと改めて言われると言語化できないな……よもや勇者の力とか言えないわけで、一応魔法がある世界であるわけだから土関連の魔法でって誤魔化すのが1番無難だろうか。

 ルーインさんの表情からもその無難をやらなきゃこれ以上話が進めにくいのも事実なのでこちらの予定も滞ってしまうのであきらめてその方向性で話を進めよう。

「鉱物とか操作したりするのが得意なので」

「魔法か?」

「そんなところです。魔獣と取っ組み合う時に皮膚硬化とかいろいろとやるので」

「そうか」

 思った以上にすんなり納得してくれたのは細かいことにこだわると面倒になるっていうこの街の情勢や、実際にそういう人物がこの世界に存在しているってことか。

 どちらにしろこれからイネちゃんはある程度勇者の力を土魔法と称してアレコレ誤魔化せる流れが出来たわけだ。

 問題はこの先ド直球に金生成とかすると法律に引っ掛かる可能性が高まった辺りだけど……この辺は再利用可能なくず鉄や錫、銅辺りのインゴットに留めておけばギリギリセーフで見逃されるだろうし効率は悪くなったけれど大丈夫だろう。

「それなら任せても大丈夫だろうが、うちはあまり金がない」

「あぁそれなら1つこちらの注文を聞いていただければ」

「無理難題じゃなきゃいいが、言ってみろ」

「かなり薄い刀身の量産ってできませんかね」

「できるだろうが、そんなの作ったところでどうするんだ」

「こういうことに使うんですよ」

 そういってショートソードを抜いて高周波振動を起こす。

「うるせぇ!」

 ルーインさんが叫んだと同時に振動を止めて会話を続ける。

「とまぁこれはパラススさんが錬成した特殊なものなので問題ないんですけど、これよりも刀身が長いことが都合がいいこともそこそこありまして。特に魔獣相手の場合は」

「高速振動でのこぎりみたいに斬る魔法かよ……確かにそれなら薄い刀身ってのも理解できるが、商品にはならねぇな」

「そうですね、この発想ができる鉱物操作の魔法が使えて前衛で格闘戦できる人間限定になっちゃいますから。なので特注量産してもらいたいと」

 商品にならない理由は単純で、高周波振動させる都合刀身の摩耗が相当早くなる上に戦闘中に付け替える動作なんてしていられないわけなのでまともな神経をしていればそんな発想すらしない。

 イネちゃんの場合は勇者の力を使って刀身生成までできるからこそ成り立っているわけだし、替え刃を用意する理由は単純にこの世界で近くに鉱物資源がない状態でのカモフラージュの意味合い。

 だから量産とは言っても10~20本程度あればイネちゃん個人が使う分には事足りるからこその注文なのである。

「個人専用の特注品は確かにこの街じゃよくある注文だが、数を用意するとなると量販ベースに乗せる決まりがある。それと刀身を柄に固定できる制御ができるのなら鉄塊でも背負っておいた方がいいんじゃねぇか?」

「それならその鉄塊で殴った方が手っ取り早くなっちゃいますよ、魔獣相手なら特に。切断力が欲しい理由は魔獣から取れる素材を多く回収したいからですね」

「あんたそっち系の傭兵だったか。理由や理屈はわかったが、量販ベースに乗せるルールがある以上厳しいのは変わらねぇぞ」

「そのルールって具体的にどういうものなんです?」

「単純に規格統一と品質保持のためだ、特定の発明や魔法、奇跡なんてものを陳腐化させるのが俺たちの仕事だからこそのルールってやつだよ。あんたが固定部分だけ自前でやるって言ったところでこのルールがある以上俺は手を出せねぇ」

「資格剥奪とかですか」

「そんなところだ。もっと具体的に言っちまうと工房の権利をギルドに回収される、工作機械なんかも全部な」

「10から20本は量産範囲……ですよねぇ」

「試作って段階に捉えられるのは良くて5本くらいだな。実際の動作不具合を確認するのにそんくらい作って精度や耐久品質を確かめることになる」

 となるとちょっと厳しいか。

 ルーインさんの言うギルドのルールに関しては商人ギルドに対しての要素が強いものだろうし、下手に破れば職人ギルドと商人ギルドの仲が悪化する自体を招いて他で動いているだろう事業にまで飛び火しかねない。

 特にこういうので割を喰うのは基本的に善良な経営をしているところになるので破った人に対してのヘイトは恐ろしく大きくなるのは分かり切っているのでイネちゃんのわがままを押し通すところではないか。

「ふと思ったんですけど、あっちの特注は大丈夫なんで?」

「作っても予備込みで2個が精々だからな、試作範疇だ。後見習いの手習い品は商品ベースに乗せない決まりもある」

「成程」

 ルスカ側の装備周りは見習いであるプリオンちゃんがやっているからむしろ10個くらい作ってもお咎めなしになるわけか。

「……刀身の刃が一定品質であれば自前で何とかしますし、彼女に作らせるのはダメですかね。ナイフ等の刀身作成の手習いとして」

「出来なくはないが違反ギリギリだな、結局俺の仕事を見習いにやらせただけで最終品質確認をギルドを通すことになる都合担当者次第になっちまう。俺だって見習いの作ったもので客が命を落とすなんてことごめんだからな」

 ルーインさんの言葉は頑固な職人というものだけではなく、自分の仕事に責任を持つまさしく正しい職人のそれである以上はイネちゃんがこれ以上横道を考えるのは失礼になるか。

 イネちゃんがそんな考えに至った時、ルーインさんは言葉の続きを口にする。

「だからあんたが自前で他を勝手に用意したってことにしろ、3本程度をそれなら作っても問題ねぇからな」

 この時のルーインさんの表情は悪戯を思いついた少年のように無邪気なものだった。

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