第14話 深緑の場所 - 14
提案書をまとめるために情報整理をしながら数日、ようやく議会からひとまず現時点での考えをまとめたとの知らせが来たため指定されたルートで改めて議会地下を訪れることになった。
部屋に入ると先日イネちゃんを待ち受けていた人達が今度は1歩後ろに立つ形で直接対話をする顔が威厳のある方々になっていたものの全員が緊張の表情をしていたため部屋に入った瞬間少し気構えてしまった。
ちなみに今日に関してはあちらの出方次第でどう転ぶのかわからなかったため、ここ数日ですっかりイネちゃんに懐いていたあの子供は宿に待機してもらって万が一の際には拠点とも連携して隠密できる人が派遣される手筈になっているのでそちらの心配はしていない。
「さて、本日出向いていただいた理由はこちらの当面という形ではあるが方針が決まったため直接伝えたいと思いましてな」
先日貴族代表の人が座っていた場所にいる初老で質素ながら生地の質はとても良い物に見える男性が柔らかな物言いで切り出してくる。
「それに関しましてこちらの立場というものは先日伝えてあると思いますが、あなた方の配下になれ等の専従を求められるものは拒否いたしますので、言葉を遮って申し訳ありませんが改めて伝えさせていただきます」
「その件は事前に伺っておりました……そちらの都合とこちらの都合をすり合わせるための最初の公的な会合が本日となりますので」
この場では一番の高齢であるだろう恰幅の良く空色を基礎とした清潔感のある服を身にまとった男性が落ち着いた口調で説明してきた。
「成程、こちらの都合は既にある程度お伝えしているのとそちらが調査派遣を何度かしているものと認識しておりますが。その上で私が待機中、行動を監視しておられたようですしこちらがそちらの情報を何も持っていない状態であるのも承知して欲しいです」
こちらが特に調べていないのは事実だし、あちらも常時イネちゃんを監視している上にゲートにも人を常駐させるレベルで監視させていたのはリリアと毎日やっていた報告会で把握しているので、そのことを議会側が把握していなければおかしい。
昨晩リリアがこの会合でこのことを告げてすっとぼけるようならここを立ち去って独自路線で進める方針を提案してきていることもありあちらの誠実性と言うものを推し量るための方便なわけである。
「それに関しましてはあなた方の傍にパラスス卿がいたためある程度の事情を通じているものと判断しておりましたが……言われてしまえば耳が痛い所。交渉相手の事前調査をしにくい状況を生み出してしまったのはこちらの落ち度と判断し、そちら側の交渉を専門としている人間を、そうですね……2名から4名程派遣し滞在していただく形にしていただいて構いません」
「こちらとしても、あなたのような戦闘能力を保有している方と敵対はしたくはないのです。そのため慎重になりすぎたことをお許しいただきたい」
腹の中でいろいろなことを含んでいそうな商人の人が自分たちの落ち度であると認めつつ、実質的に外交滞在を容認する方向で議会の意思が決定していたのであろうものの直後の貴族の人の謝罪からイネちゃんの能力を警戒しすぎていたことから今でも最少人数で抑えたいという思惑が政治的なことに疎いイネちゃんにすら伝わってくる程謙虚な姿勢を示してきた。
表面的にでも誠実性というものを示された以上はリリアから言われている方針としてここで先日のように通信機械を取り出し。
「私1人で判断するのは難しい案件ですので、先日のように通信を繋がせていただいても構わないでしょうか?」
「あなたに決定権はないので?」
「あくまで現地の調査を行うだけの人間です、しかも調査と言っても実質旅行みたいな内容ですので情報を集めて報告するだけで自分の身を守るための判断と、人道的判断による人助けの意思決定や個人的交流程度にしか権限はないんですよ」
「旅行感覚で熊や猪を狩るのか……」
「この世界がどの程度の広さで、町同士の距離等も知りませんので。野宿野営をする際の食料確保の感覚ですよ」
「成程、そのようにこの世界に対しての基本的な知識もない状態だからこその調査員ですか」
「その通りです、そして調査のやり方に関してはこの数日こちらを監視していた時の私の言動が概ね基本的なものになりますよ」
相手のつぶやきや自己完結の言葉に対して受け答えしながら端末を操作して先日同様に空中モニターで通信を開始する。
『はい、繋がりました。議会の方々と顔を合わせるのは初めてとなりますね、私がこちらの世界の調査を行う交渉責任者のリリアです』
顔を合わせるのは初めてということはリリアはあらかじめある程度今日の会合について相手方と詰める作業をしていたか。
まぁだからこそイネちゃんに対して事前に会合開始時点での相手の出方次第での動きを指示出来たんだろうし、政治的な交渉ならあらかじめ大まかな質問内容などについて把握しておかなければまともな対話にすらならない可能性があるしそれは双方にとっての損失だからって所なんだろう。
「報告は聞いておりましたが、このような美しいお嬢さんだとは」
「女性では何かと大変なのでは?」
『私たちの世界ではあまり関係ありませんよ、私の母さんは名実共に世界最強ですし。むしろ全体で見れば女性の方が強い傾向にあるかもしれません』
「それは失礼した」
『多くの世界で似たような切り出しをされた経験がありますのであまりお気になさらず。少なくとも異世界交渉を担当する者ならそのあたりをいちいち気にするようなことはありませんから』
「いちいちということは後日まとめて清算をする可能性がると」
『そこは想像にお任せします。それでは早速建設的なお話をしましょう』
この後はイネちゃんが対応する部分はほぼなく、先日と違う点は議会側がある程度こちらの情報を把握している状態でリリアもパラススさんと議会側の人間と対面会話をしていたため思考を読む能力を使った上でいろいろと進めていたのだろうし殆どの内容は先日の時点である程度決まっていた内容ばかりで相互協力前提での活動の自由とそのための後ろ盾、つまりはイネちゃんに対しての身分保障の要求がこちら。
それに対して議会側の要求はイネちゃんの実力を持って町周辺だけでも魔獣駆除を行ったのであれば後ろ盾として一番自由度の高い商会の物をベースにして限定的な利用範囲ながらも巻き込まれる形での不利益を受けそうになった時に使用可能な貴族と宗教家による記章を使う形で提供を行うとの内容。
問題は魔獣がどのくらい生息しているのか不明だし、イネちゃんがこの世界で使える能力は純粋な身体能力と勇者の力をごまかせる感じの近接武器に盾であっていつも使っていた銃器を始めとした飛び道具は使えないので先日倒したあの個体のレベルが複数襲ってきた場合、まともに対応できるかを考えると難しいとしか言えない。
人類の生活圏が分断されるレベルに魔獣が繁殖しているのであれば間違いなく対多数戦になる可能性が極めてと言っていい程高いので安易に首を縦に振るにはリスクが高すぎると言える。
『そちらがイネに対してどのような評価をしているかは要求から推測は出来ますが、現時点のイネの能力ではその魔獣を相手取るのに複数匹を相手取るのは難しいですよ』
「それは理解しております、こちらとしても単独で撃破可能な実力を持っているとの把握程度ですが、報告内容の認識では1対1であれば問題なく勝てるではあろうが一般的に出没する魔獣の群れを単独で撃退できるとは思っておりません。我々はその上で魔獣駆除の協力をしていただければ商会による手形に我々の記章を付けた身分証を出してもよいと考えているのです」
『それを把握した上でとなると気前が良く聞こえますが、同時に魔獣のコロニーを全て駆除するまで動くことが難しくなるとも捉えられます。具体的にどちらの意見でまとまっているのかをお聞かせください』
「本日の本題ですね、始めましょう」
と話し合いが始まりそうになったところでふと、イネちゃんが無意識ながら手を挙げていた。
そこにいる全員が少し驚いた表情を見せつつ、リリアはイネちゃんとの長い付き合いから何かを察してくれたように。
『何か考えがあるの、イネ』
イネちゃんが発言しやすい形に質問をしてくれたリリアに感謝しつつ、ここ数日の滞在で町中の様子から感じたことを含めて提案を始める。
「えっ……と議会の方々が意見をまとめるまでの数日を町で過ごして感じたことなのですが、主食に当たる米や麦、芋があまりに少なく感じました。恐らくですが魔獣で分断されるまでは近隣地域と交易する形だったのではないですか?」
「そう思われた根拠は」
「食事……と言いたいところですが、酒場等でエールではなくミードしか存在してないことが一番の理由ですね、酒類の提供具合からその地域の懐事情はある程度察することが出来ますし」
「我々が貧乏だと」
「いいえ逆です。防御を兼ね備えた道の整備や飲料水確保の井戸の管理から町を守る衛兵の装備も充実していましたし訓練を行えって連携を取れるだけの人数を確保しているのでお金という点ではむしろ裕福なのだろうという印象であるにも関わらず食事回りの娯楽部分だけぽっかりと空白状態だったからです」
食事という一点を除き衣料品はしっかりしているし野草中心ながらも医薬品に該当する薬草や漢方の類は潤沢で、軍隊に該当する衛兵は毎日違う顔を見る程大人数でそれを維持することが出来ているため貨幣と金属加工、機織り等の産業は潤沢でこの町の特産品とも言える程だろう。
逆に言えばこの町はそれらの配布や販売で致命的に足りていない主食の穀物類を買っていたという体制だったこともうかがえるだけの要素はエールの販売をしていたこともある酒場がいくつか存在していたのでイネちゃんの中ではほぼ確信していた内容である。
「それならば、どうだと仰るので?」
「リリア、当面は情報を対価にこちらが穀物類の提供をするってことはできるかな」
『いつでもできる準備はあるよ』
「その上でそちらの提案である魔獣駆除に関してですが、近隣で一番食料生産に強い地域との交易路を……私が移動しながら遭遇と同時に駆除を行う形で切り開いていくのはどうでしょう。こちらは1か所に留まらなくて良く、そちらは直近の課題に対して改善を図ることが出来ます」
「悪くはない提案ですが……こちらにメリットが多すぎる気がしますな」
『裏を勘繰るのは仕方ないとは思いますが、こちらは数日の滞在は想定内とは言え予定していた調査日程をこれ以上遅れさせたくはない以上妥協したと捉えていただければと思います』
リリアは時間を理由にしたものの、実際のところ年単位で予定を組んでいるためそれほど影響が大きくなっているかと聞かれると困ってしまうが黙っておく。
イネちゃんとしてもそれなりに楽しい待機時間ではあったものの得られる情報という点ではほぼ出尽くしていた形なのでそろそろ旅に出れないと手持無沙汰になるため多少強引ながらもこの形に収まれば嬉しいのだ。
こちらの提案が想像以上にあちらにクリティカルな内容だったようで後で法外の値段を吹っ掛けられる想像をしているのか三者全員が同じような形でぼそぼそと相談を始めて唸っている。
数分後に手形を発行することになる商人の代表者が口を開いた。
「パラスス卿が嫌がらせ的に何かを行う可能性が否定できない以上、すぐに手形をお渡しすることはできません。ですがあなた方2人の言葉は信用したいと思います、まずイネ殿が交易路を進み魔獣を駆除して当該地域に到着後そこに滞在していただきこちらが早馬を使って確認したのちに手形を発行し届けさせる形ではどうでしょう」
逃げないようにとの後払いか。
しかしながら現状を変化させることに対してあちらも譲歩してきたことでもあるのでイネちゃんとリリアはお互いの顔を確認して一度首を縦に振ってから。
『わかりました、それでお受けします。こちらからの穀物類の輸送が完了し次第イネには出発してもらいます』
恐らくは数日かかる予想をしていただろう会合は、初日で方針が決定した。
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