第13話 深緑の場所 - 13

 この町での生活は、来賓用として用意された宿でも質素な方ではあった。

 イネちゃんとしては訓練や開拓の時にもっと質素……というかそもそもまともな寝床がない状態というのにも慣れているため多少の質素と言って差し支えの無い必要最低限の宿というのはベッドがちゃんと用意されていて一度煮沸してある湯冷ましの水が出てくる時点で十分豪華に思える。

 むしろ先日のあの会合の時に手に入ったあちら側の都合という部分においてはちゃんと1日3回の食事が一汁一菜とは言え用意されるというのは食料不足であろうこの町にしてみれば破格の待遇と感じるには十分で、お肉が食べたくなった時はこちらから申し出て許可をもらう形でなら森で狩りが出来たので特別我慢することもなかった。

 最もその狩りの際には自分で食べる分に加えて追加で数匹の大型獣を仕留めて納入してくれと条件を出されたことから単純に利用されたところはあるが、個人的にはこの町の食肉文化の調査も兼ねることが出来たのでフェアトレードである。

 その肉は宿を通して町に流通していることもあり、どういう噂の流れ方をしているかはわからないものの熊殺しの旅人という呼ばれ方は何度かしたので町の人にイネちゃんの存在は認知されてきているようだ。

 そしてその過程でいくつかこの世界の技術関係でわかったことがある。

 複雑な機械の類が全く存在していないわけではないようで、イネちゃんが肉を持ち込んだお店には合金で作られているミキサーと精肉機があったし、今回の仕事の都合上現地の武器を使うために鍛冶も行っている武器屋に立ち寄ったら反射炉ではなく機械窯とそれを動かすための中型発電機と大型発動機が存在していたので全く機械文明が存在していないわけではないようである。

 またピストン動力による発動機があることから石炭や石油方向からの燃焼から水蒸気を作り動かす仕組みは技術として存在していて町の鍛冶屋が保有できる程度には普及しているということは、統治者の優先順位次第ではあるものの最新技術として自動車が存在していてもおかしくない技術が存在していることの証明でもある。

 それにも関わらず街道やメインストリートで多く目にするのは荷馬車で、荷を引いているのは馬ではなくカバのような足とサイのような皮膚を持ち、頭は牛というイネちゃんから見ればキメラにしか見えない生物が引いている。

 イネちゃんは生物学に詳しいわけではないもののお父さんたちとステフお姉ちゃんの影響でその土地の生物は同じ科目、種目であっても違った進化をたどっていることがあると聞いたことがあるし、あの生物も温厚で人に飼われて家畜化していることは子供がじゃれついてもむしろ懐くしぐさをしている姿を目撃しているので確実だろう。

 そしてそのような進化を必要とする環境がこの世界、少なくともこの町近辺には存在しているわけだ。

 考えられるのはカバのように太く重量感のある足が必要なほど悪路が多く、サイの鎧のような皮膚が必要になるレベルで肉食の外敵が存在し、草木の量が多いことから草食に適した頭部を持つに至ったということだろうか……いや専門家が調べたら違った詳しいこともわかるだろうけれど、そこまで干渉する必要があるかの判断をするにはイネちゃんの調査が前提になるし、この町に対しても議会からの許可が下りなければ実行できないので今はイネちゃんの憶測妄想の判断しかできないけど。

 それと議会の基本勢力である貴族や宗教が存在している理由も概ね情報が集まってきた。

 町の人には森の中に居た隠者の元で暮らしていて世事に疎いと説明しているので一般常識を優しく教えてくれるため世界常識というものは日に日に集まってきてはいるが、どうにも魔獣が出没しだしたのはここ5年程度でそれまでは国家という体制がいくつか存在していたものの魔獣が出没するようになってからは各国で対応に追われた上に魔王と名乗る謎の存在まで現れた結果人類の交流が国家間だけでなく地域毎に分断されてしまったとのこと。

 それまでの文明は存在していたのと魔獣に分断されてしまった以上独自路線で生き残りを図らないと行けなかったことから議会制度を構築して各勢力が気づきにくい場所にも対応できるようにしたものの、最近は町周辺での被害が減ってきた影響でそれぞれの勢力が自己都合を主張するようになってきているとのことだった。

 町の人達からすればむしろイネちゃんたちのように対話が可能で友好的な形で議会に刺激を与えてくれる存在は歓迎したいところなのかもしれない……それはそれで議会の人達が公表を絶対しないだろうけど。

 公表云々に関しては議会の人達が決めることなのでこちらがアレコレ考える必要のないことなのでこの辺りで別のことについて考えてみよう。

 町全体の活気、という点においては到着した初日に抱いた印象からほぼ変わらずあまりない形にはなっていたが、それでも他の地域との交易をおこなったり、生活必需品の輸入のために恐らくは貴族勢力の兵力であろう騎士小隊が護衛についているようで魔獣に襲われると犠牲を出すこともあるものの任務に失敗したことはない町自慢の騎士隊とほめる人が多かった。

 実際統治者である議会のグダグダはあるものの軍隊に該当する騎士や衛兵の体幹や立ち振る舞いはかなり高水準で町の近くに魔獣が出没した際に対応に回る役割も担っているため実戦練度も相当なものなのは間違いない。

 イネちゃんとしても集団戦での対魔獣戦術、戦略は聞いてみたいものの現場の人間がイネちゃんの小隊を認知しているわけもないので迂闊な質問はそのまま衛兵詰め所に案内されるだろうしそこは我慢。

 魔獣の血液は強酸性と思える現象を目の前で目撃した身としては人間の軍隊が生み出す戦術や陣形って点では二足歩行で2本の腕、5本指である以上使用される道具は人体工学的な意味で高確率に似た形で発明、発達するというのはステフお姉ちゃんから教えてもらったもので主流の学説だと言われているから、そこからどのような戦術陣形が生み出されるかも概ね予想が出来る。

 対人の戦争では恐らくではあるもののファランクス陣形は存在しているだろうし、ある程度の機械文明が存在していることからもしかしたらマスケットのような構造の銃は既に発明されている可能性もあるし、そうでなくとも荷馬車を引いていたあの生物が運搬車の動力専用とは考えにくいので古代戦車の形で運用されている可能性は高い。

 となれば騎馬のようにあの生物に騎乗する戦い方というのも自然発生するだろうし馬は今のところ見てはいないが騎士団が保有していたり商人が早馬という形で保有していても不思議ではない……この世界の自然生態系次第ではあるけれどいてもおかしくないと思える程度には犬猫の他にもイノブタや乳牛の存在について産業見学という形で確認が取れたのでいないと考える方が少々強引である。

 ただその産業見学の際に一番感じたものは農業に関しては大規模なものはされておらず実質必要最低限どころか自給率の1割程度に収まりそうな程度の作付面積しかなく、宿で出てくる料理も肉料理が殆どな状態で野菜に関しては香草がそれと言われる程。

 一応パンに該当する主食と思うものはあるもののそれ自体が高級品な値段設定がされていてしかも黒パンのように硬いため乳牛から取れた牛乳を利用したクリームシチューに浸して食べる食べ方が基本になっていて、イネちゃんが来る前から少しづつ値上がりをしてきているとのことなのでほぼ確実に交易物流が滞っている状態なのがわかる。

 一応議会側の回答期限はリリアが決めてくれたけれど、その時になってもあちら側の意見がまとまっていない可能性は普通にあるのでその時にこちらからの提案という形で食料関係か交易関係の方で提案できるかもしれない。

 そう考えながら次の会合に向けての提案書をリリアに提出するためイネちゃんは手持ちの端末に考えをまとめていくのだった。

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