第12話 深緑の場所 - 12

 緊急調査の指示を受けた人がスクリーンの映像に映り、ようやく稚拙なレベルの罵倒にまで落ちていたやり取りは止まった。

 30分程前にこの部屋に居た人物が映像に映りこみ先ほど手渡されていたであろう紙片をこちらに見せることで議会代表の皆さんは渋々ながらも納得したのだ。

「それで……異なる世界が存在していることは前々からわかっていて、以前確認した時は乱暴で下品、卑劣極まりない者しかいなかった記憶なのだが」

「あ、その人らは私たちとの戦争の結果世界総人口の8割が死滅して現在はこちらの監視下という形での保護と自立支援のために基礎的な教育から行っていますよ」

 イネちゃんの8割死滅という言葉に議会の代表者のみならずパラススさんもどよめく。

「それは虐殺をしたということか」

「戦争を仕掛けてきたのは彼らで、世界総人口の8割が兵士。略奪前提の世界が相手でしたので広範囲に殲滅できる兵器を運用したわけです」

「兵器だと?」

「誰でも問題なく使用できるものではないですけどね」

 兵器と聞いて反応した商人の人に対して先出しで止めておく。

 兵器という単語からあちらが想像しているのは攻城兵器等の大型の弩弓、所謂ところのバリスタや投石器なのが頭に浮かんでいることだろう。

 誰でも問題なく使用できるようなものではないのは間違いないし、特定の技術と必要な動力さえあれば使用することはできるだろう代物であるのも確かで……この世界の技術水準を考慮すればこの世界であの時使用したビーム兵器を使える存在はイネちゃんただ1人だとは思う。

 最もこの世界を旅する中で飛躍的に高度に発展した科学文明が存在するのであれば話は別だけれど、それほどの科学文明が存在しているのであれば議会の人達がここまで驚きざわめくことはないので存在していないと考えた方が自然だろう。

『ま、そんなもんじゃ。そもそもお前らが警戒しているような考えはこの娘らにはない上に必要ないと断言して突き放すだけで無干渉でいてくれるくらいには優しい連中なのは数日だがそれまでに歴史などの文献を読める範囲で認識できる程度には自由という感覚じゃよ』

「数日程度での判断ですか」

『そう、数日程度の認識じゃよ。そしてお前らはそれよりも短い期間で全てを決めようと考えているのが今なわけじゃよ』

「では、パラスス卿は様子見をした方が良いと?」

『少なくとも友好的な関係を築ければ損などない相手と敵対したところでお前らの懐具合にもよろしくないじゃろ?』

「そのような話は……!」

『事実じゃろうが、賄賂文化なぞ作りおって。わしが呆れていなくなった理由はまさにそこにある。あんなもの長期展望では……』

「そのお言葉は何度も聞かされましたよ!」

 何度も言わされたからパラススさんの愛想が尽きたのではとイネちゃんは思いはしたものの口には出さずに事の成り行きを見守る。

 イネちゃんの言葉が必要になるだろう展開はこの後、議会の人達が今後の方針を決めてイネちゃんに対しての対応を決定し、どういう扱いをするのかでこちらの意思決定を求めるタイミング程度しかないだろう流れになってきているのでツッコミの言葉を飲み込みながら待機しておく。

「とりあえずです」

 状況の主導権を握るためか貴族勢力の代表者が話を動かす。

「目の前の解決すべき問題は彼女への対応でしょう。現時点で敵対行為は見受けられないどころか、パラスス卿の証言から友好的だというのだ」

「だから言い分を全て認めると?」

「そうではない。彼女の意思を確認する必要はあるが、この世界での活動に対して制限を与える意味で議会で街道の安全確保等の雑務の仕事を何度かやってもらうのだ」

 信用を買うために働けか、わかりやすいしやり方に関しては元々の予定を外れることはないだろうからあまり気にしなくてもいいだろうし、もしあまりにきつい制限を加えてくるようなら拒否すればいい。

 子供の安全という意味ではリスクではあるもののパラススさんのおかげで暴れる必要って面では安心できる方向へとかなり流れが傾いてくれているので落ち着いて帰ることも無理ではない……といいな。

「それを要求するにはこちらとしても議会を通して具体的な内容を詰める必要はあるでしょうな」

「不安要素も小さくはない以上、何か枷をつけてもらいたいところではあるが。何せ報告では魔獣を単独で、しかも素手で撃退どころか絶命させたのであろう?」

「そういった者がこちらに居ないわけでもないですが……確かに不安要素ではありますね、彼女が暴れた場合こちらに対抗できる戦闘能力を有した人材は片手の指で足りる程度しかいないのですから」

 魔獣の強さの指数が概ね地球の猛獣ラインか、それよりも警戒すべき存在であることが今の会話でわかってくる。

 地球でも熊殺しが出来る人相手への抑止力は武装集団による治安維持組織になるし、暴れた場合拳銃を携帯した警察官1人だけだと返り討ちの可能性も否定できないことを考えれば彼らの考えはイネちゃん視点では理解できる。

 汚職の流れもあるようではあれど、議会の総意としてはしっかりとした自治が行われていると感じられる程度にはこの会合は有益だったように思う。

「現時点では彼女を拘束するだけの理由は持ち合わせていない、強引に滞在していただくにしても単独で魔獣を絶命させられる能力を持った人間をこの場にいるものは全員で事に当たっても返り討ちになることだろう」

「ではどうする?」

「こちらが頭を下げるしかないだろう。せめて対応を議会で正式に決定するまでの間こちらの監視下に居ていただくという形でな」

 まるで知能の高い猛獣扱いな気がしてきた。

 イネちゃんとしては拘束されるにしても放逐されるにしても現時点では決定権自体があちらにある以上何を言うこともないのでうっかりもれそうになるあくびを噛み殺しながら待機しているとスクリーンから。

『でしたら1つ提案があるのですが』

 リリアがパラススさんを押しのける形で姿を現しながら議会の代表者たちに提案を始める。

『こちらとしてはイネに長期間同じ場所に留まる状態はあまり好ましくはありません、その理由がそちらの意思決定のために3勢力における政治的な内容であれば長期間というものも季節が1つ2つ巡る程度で済むとは到底思えませんし』

「流石に早急に決めるべき案件であれば……」

『もちろん、そちらからすれば心外な言葉とは存じていますが、こちらとしてもこちらが既に開示した情報を直接人を使って確認したにも関わらず信用されていないことはあまり面白い状況でないことは理解していただけますか?』

 宗教派閥の代表者と思われる人がリリアを諭すような口調で割り込もうとするも、リリアは既に状況としてこちら側は開示できる情報は見せている上にパラススさんとこの対談会合中に確認に走らされた議会側の人間という証明作業まで行っている以上は信用されていない決定をされてしまうと何かしらのアクションを起こさざるを得ないというある種の脅しも込めた言い回しで制止した。

 こちらが開示していない情報となるとイネちゃんが大陸でも上から数えた方が早い戦力であるということと、宇宙文明との協力関係があって話題に上がった戦争で大量の兵士を蒸発させるような兵器を量産されている状態に近いという点は流石に威圧行為に近いものになるため伏せているが、それ以外の国力に準ずるような情報は開示済みである。

 例えば大陸の食料生産能力は世界総人口の数倍を生産可能なことや、ある程度なら鉱物資源の交易も融通可能であることを今リリアが伝えていてパラススさんもそれは実行可能な内容であることの太鼓判を押しているため状況としてはかなりあちらに有利な条件になっている。

 あちらとしてはイネちゃんの身分保障と行動の自由を認めるだけというほぼ無条件とも言える内容で資源や食料を安定確保可能になるというのは裏を考えてしまう程なのは仕方ないものの、そこもパラススさんのおかげでかなり緩和されているのはこの場でどよめきでイネちゃんが実感できるレベル程なので多少こちらの思惑通りに行く可能性は高くなったかな。

「……あまりに条件がこちらに有利すぎます。パラスス卿の言葉とこちらの使いによる確認からの情報で全幅の信頼とはいきませんが警戒をし過ぎる必要はないとのことはこの場の共通認識として持たさせていただきます」

「それでも、そちらがそこまでしてこちあで活動する必要があるのかという疑問はそちらに自由行動の許可を出すのに躊躇うには十分な程の不安要素であることも事実」

「よって町での自由行動は認めますが、最低でも1週間程度の時間をこちらにいただきたい。そちらの提案にある物資が届けば現在議題になっている案件のいくつかを先送りにすることが可能になるが……」

『いいでしょう、送ります。ただし1週間で結論を出してください。延ばしたとしてもそこから1週間見れるかどうか……見れないと思って議会に臨んでいただければ幸いです』

 こうして結局のところイネちゃん自身は最初の方に一言二言喋っただけで後は全てパラススさんやリリアが対応した結果喋らずに待機しているだけで状況が固まったのだった。

 一応イネちゃんが町で滞在する際に利用して欲しいとされた、明らかにこの議会の建物から監視可能な宿泊所に連れていかれる際に子供の処遇について聞きはしたもののどうやらいくつかある孤児院を始めとした施設の受け入れ上限になっていて新設計画はあるものの予算や土地の問題があり許可が出せないままになっていて社会問題としては認知しているとのことで、イネちゃんさえよければしばらく保護しておいてくれないかと言われてしまった。

 まぁこちらとしても子供を見捨てることはしたくないし、あちらとしても子供という重りが存在していれば暴れることもないだろうという思惑だろう……イネちゃんが子供を人質にすることすら想定してそうではあるけど。

 ともあれイネちゃんとしては長く感じることとなる待機期間を余儀なくされた経緯はこのような流れだった。

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