第31話 バグ

 漆黒の光ビームに貫かれた後、リゼの体はどさりと地面に倒れて落ちた。

 

 

「リゼっ!」



 ルフナは悲痛な叫びを上げながら、倒れたリゼの元へ駆け寄る。

 コトもリゼの元へ走り出していた。

 


「なっ……何が……」



 レンは慌てて、漆黒の光ビームが放たれた方へ目を走らせた。

 迷宮ダンジョンのさらに奥、大牙オーガが出てきた通路がある。


 通路には明かりがなく、真っ暗で先は何も見えない。

 

 

 その闇の中から、這い出て来る者の姿があった。

 

 

 ——白い仮面。

 

 レンは最初、仮面だけが宙に浮いているのかと思った。

 その仮面は、よく見ると人であった。

 

 ボロボロになった漆黒のローブを見に纏った、仮面をつけた魔道士——の様な何か。

 

 

「シフォン!」


 レンはシフォンを呼び出す。

 

 

「あいつは……何者だ?」


「わからない……データベースに載っていないキャラクターだよ」


 シフォンも困惑している。

 

「プレイヤーではないんだね?」


「うん。それは間違いないよ。でもこのザラートワールドのNPCでもないみたい……」


「未知の敵キャラか……隠しキャラとか?」



 レンはいくつかの可能性を考え、シフォンに問いかけてみた。



「その可能性は否定できないけど……データベースに名前すら載っていないのはおかしいよ……それに……」

 シフォンの顔に焦りの色が見える。


「それに?」


「あの敵の情報を問い合わせても、全て『エラー』が返って来るの……これはまるで……」


「……バグ?」


「うん。まるで、システムの隙間に偶然現れた『バグ』のような存在……に見えるんだ」


「そうだとすると、厄介だな……敵の強さも、攻撃方法も分からないなんて……」



 見ると、仮面の敵は次の攻撃を準備しているようだ。

 両手を胸の前に出し、呪文を唱えている。

 

 両手の間に黒い魔法の球体エフェクトが出現する。

 

 仮面の敵のが呪文を唱えるごとに、魔法の球体エフェクトは徐々に大きくなる。

 魔力を練って、溜まったところでこちらにぶつけてくるつもりだろう。



「今、ゲームの運営にバグ報告を送っているけど、対応にはまだ時間がかかりそう……レン、バグ対応チームが到着するまで、なんとか凌いで」


「仕方ないな……シュバルツ、行くよ!」


「はい、先輩!」


 レンとシュバルツは、仮面の敵に向かって駆け出した。

 

 

 

 

 リゼの体は、仮面の敵の攻撃によって腹部に穴が開いている。

 意識は無いが、辛うじて息はしている状態だった。

 

「よかった、リゼまだ生きてる……治って!」

 ルフナは膝を付いて、倒れているリゼに手をかざす。


 ルフナの手のひらから白い魔法の球体が発生し、リゼの体を包み込む。

 

 

 遅れて駆け寄ってきたコトも、左手でルフナの手に重ねる様に手をかざし回復魔法ヒールを重ねがけした。

 

 

 コトは右手でウインドゥを操作してステータスを確認する。

 

 リゼの体力HPは1になっていた。


 

「エクレア……来て!」


 コトは自らのナビキャラを呼び出した。ファンシーにデフォルメされた狸のキャラクターが空中に現れる。

 気になっていた事を聞いてみる。

 

「コト……呼んだ?」


「エクレア、この世界でNPCが死んだらどうなるの?」


「ヴァシュラン島で死んだNPCは、そのまま消滅ロストするよ。ザラート大陸とはシステムが違うんだ」


「そんな……それで、ストーリーに影響は出ないの?」


「うん。ヴァシュランはエンドコンテンツだから、メインシナリオ……つまりはクリアしなければいけないシナリオというのは存在しないんだ。死んでしまったキャラクターはその先のシナリオを生成する事ができないけれど、生きているキャラクターの組み合わせでインタラクティブにシナリオを形成してライブ感を楽しんでもらおうっていうシステムだよ」


「はた迷惑な……つまり、今リゼが死んじゃったら、もう蘇生できないって事ね」


「そういう事。ちなみにプレイヤーのみなさんは死んでも復活ポイントで復活できるから、安心して」


「わかったわ」


「因みに、もしこの島のNPCが全滅……なんて事になったら、運営によってこのヴァシュラン島コンテンツが閉じられる事になっているよ。そうならないように頑張ろう」


「軽く言ってくれるわね……だったら、なんとしてもリゼを治すわ」

 

 リゼにかざしていたコトの手に、力が籠る。

 

 

 ルフナが躊躇いがちに口を開く。

「あの、つい今のたぬきさんとの会話を聞いてしまいましたが……コトさん達は、亡くなっても蘇生できるのですか?」


「まあ、そうなるわね……あくまでだけどね」


「凄いです!さすがは女神ステラの使わせし冒険者様達ですね」


「そ、そう?……て言ってる間に、どうやら傷口は治す事ができたようね」



 リゼの体に開いた穴が塞がった。


 どうやら窮地は脱したようだ。


 コトはリゼのステータスを確認する……HP35。

 

 まだ意識は戻っていないが、このまま回復魔法ヒールを続けていれば、じきに目を覚ますだろう。

 

 

 「——問題は、まだ敵がいるって事ね」


 

 コトはレンの方に目を向けた。

 

 レンは仮面の敵に向かっていた。

 

 

 当初ログアウトする予定だった時刻は、もうすぐ過ぎようとしていた。

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