58 抜かりなく

 十秒後はすぐに訪れた。ソニアは真っ先に山賊の方へ駆けだし、ウィズも遅れて地面を蹴った。


 ウィズはちらりと視線でソニアの動向を探る。


 ソニアはまず近い方の山賊に魔力で強化した脚力で瞬時に近づいた。身を屈めてその山賊の視覚に入り込む。そしてそのまま顎に魔力を込めた拳を叩き込み、一瞬で意識を刈り取った。


 そのまま意識を失い、倒れ込もうとする山賊の服をソニアは掴んだ。そして音をたてないよう、そっと地面に下ろした。その後、すぐにソニアの視線は二人目の山賊に向かい、地面を蹴る。


 その一連の流れを見ていたウィズは安心して、崖の先へと視線を戻した。ウィズが思っていたよりも、ソニアは吸収が早い。すでにいい感じに魔力による身体能力の強化を使いこなしていた。


「ソニアがこなしてるんだ……。こっちも抜かりなくこなさないとね」


 崖の下を見下ろせるところまでたどり着いたウィズ。瞬時に動く人影三つを認識して、人差し指を向ける。


 ――三度、その手が上に弾かれた。それは『緋閃イグネート』の熱線を放った反動であった。


 放たれた三つの光の筋。それは三人の見張りへと一直線に飛んでいき、一気に三人の意識を刈り取っては倒した。肉を貫通するほどの威力はあえて仕込まなかった。せいぜい気絶で済む程度だろう。


(ソニアがいるからね……)


 本当なら頭蓋骨やら心臓やらを『緋閃イグネート』で文字通り撃ち抜くのが一番安全だが、その行為は野蛮だ。ソニアがいる以上、そういう側面を彼女に見せるわけにはいかない。『ウィズ』らしくない行動だからだ。


「ソニア?」


 目下の敵を無力化したウィズは振り向いた。彼女の姿はすぐ見つかって、二人目の崖上の見張りを首絞めで落とした直後であった。ソニアに背後を取られ、腕を首に回された山賊は泡を吹いて倒れ込む。


「……ふぅ」


 ソニアは倒れた山賊を見下ろしながら、小さく息を吐いた。そして額に流れる汗を腕でふき取る。


 頼もしいことを言ったソニアであるが、その実魔力の新しい使い方を知ってから初めての実践だった。集中力で隠れていたとはいえ、不安などのストレスが生まれていたのも当然である。


 そんなソニアは振り返るウィズに気付いた。彼女はニッと笑ってピースする。


「ウィズ、こっちは大丈夫だよ」


 その笑顔につられて、ウィズも笑って応えた。


「さすがだね。こっちも終わったよ」


 そう言いながらウィズは崖下へと視線を戻した。ソニアも駆け足でウィズの隣におとずれる。


 眼下の見張り役たちは地面に突っ伏していた。誰から見ても気絶していることは明らかだった。


 とりあえず、見張り番への奇襲は成功に終わった。しかしここまではプロローグに過ぎない。本番はこれからだ。


「じゃ、これから洞窟内に入っていこうか」


 そう言って、ウィズは崖を滑り降りる。ソニアもそれに続いた。


 二人して洞窟の前に出ると、ウィズが手をかざす。結界の気配があるかを感知してみたのだが、そういった形跡は見られなかった。


 となると、ここから侵入するので問題ない。ここからは『地形感知サンドキャッチ』を頼りになってくる。


 ウィズはソニアへと告げた。


「作戦通りだね。じゃ、ここからは君の短剣の出番だよ」


「ボクの出番というよりは、ウィズが施した『祝福付与エンチャント』の出番って感じじゃない?」


「作ったのは僕だけど、実際に使うのは君だから」


 そう言い合いながらも、ソニアは短剣の柄に手を伸ばす。そして『地形感知サンドキャッチ』の恩恵の自身に宿らせた。


「本当は『存在隠蔽インビジブル』があれば楽だったけどねぇ……。アレで人を隠すってなると、前準備がいるから……」


 ウィズは残念に思いつつそうぼやく。


 『存在隠蔽インビジブル』の『祝福付与エンチャント』は隠す対象によって付与するための難易度が変わるのだ。


 ウィズのレベルだと、『ネグーン』でやったように短剣に対して一時的な『存在隠蔽インビジブル』をかけるのはそこまで難しいことではない。そもそも、その短剣は今『地形感知サンドキャッチ』で使っている短剣である。元々ウィズによる『祝福付与エンチャント』が施されていたので、『祝福付与エンチャント』しやすいのもあった。


 しかし人間を隠せるほどの『存在隠蔽インビジブル』となると、ウィズでさえも準備に時間を要する。即興で用意できる代物ではないのだ。


「気を付けてね。感知できるのは地形だけで、生き物は感知できないから」


「うん……!」


 『地形感知サンドキャッチ』で洞窟内の地形が視えているソニアを先頭に、二人は中へと入っていく。


「……」


 ウィズは真っ暗な洞窟内を、前を歩くソニアの気配を頼りに進んでいった。時折、洞窟内に隙間風が吹くのを見るに、小さな通気口のような穴が至る所にあるようだ。これなら中で焚火などをしても問題はない。


 つまるところ、アジトとして使用するにはもってこいの場所だった。


「……!」


 ソニアの足がピクリと止まり、ウィズもそれに倣う。そして二人して、視線は前の曲がり角と思われるところへ向けられていた。


 『地形感知サンドキャッチ』がないウィズにも、何故目の前が曲がり角になっているか分かったのか――理由は単純。曲がり角の先から明かりが近づいてきていたからだった。


 恐らく巡回の山賊か、もしくは普通に外の空気を吸いたくなったのか。


 理由はどちらでも良い。意識があるうちに山賊とかち合うことは避けなければならない。


 だが地形的にもウィズたちは恵まれていた。曲がり角からやってくる明かりのおかげで、ソニアが振り返って小さくうなずいたのをウィズは目視できた。


「ボクが」


「分かった」


 短い言葉を交わすと、二人はすぐに曲がり角手前の壁に背中をつけて、身を潜める。


 明かりはどんどん近づいてきた。そして微かながら鼻歌も聞こえてくる。どうやらこちらへ向かってくる山賊はご機嫌のようだ。


 ――すなわち、その山賊は隙だらけだった。角を曲がろうとした瞬間に繰り出したソニアの奇襲はいとも簡単に通り、その山賊を気絶させる。


「……向こうに明かりが見える」


 ウィズが山賊の持っていた松明を向こうに放り投げていたら、ソニアは曲がり角の先を見ながらポツリとぼやいた。ウィズもその方向へ視線を向ける。


「明かりが移動してこない……。ということは、焚火か」


 ウィズもその明かりを観察して、そう結論付ける。焚火があるということは、そこを拠点にしている可能性が高い。


 ようやくユーナ奪還の本領発揮というわけだ。もしものために、ウィズは『緋閃零式タイプ『イグネート』』をわずかに起動させたのだった。



 

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