43 生きがい

 ウィズは部屋に戻ると、昨夜書き留めた手紙をポーチにぶち込む。


 そしてイスにがたんともたれかかった。


「……」


 貧乏ゆすりをしながら、ウィズは天井と壁のすき間をぼーっと見つめる。手が無意識に耳飾りに伸びた。


 ――ウィズが左耳にしている片翼を模した耳飾り。それはウィズにとって、とても大事なものだった。


 強いていうなら、『ウィズ』を『ウィズ』としてたらしめるための命綱。縛る鎖ではなく、繋ぎ止める鎖。


 その片翼の耳飾りには『アンモライト』と呼ばれる、光の加減で虹色にも見える宝石が埋め込まれていた。宝石としてはマイナーであるので、あまり高価なものではない。しかし、『アンモライト』の中ではより優れている『アンモライト』である。


(……なあ、『アレフ』)


 ウィズは天井を見上げなら、独白する。


(『剣聖御三家』って……みんな『ブレイブ家』みたいなんだと思ってたけど……。なんつーか、それはちょっと違うみたいだったよ)


 ウィズが知っていた『剣聖御三家』というのは実力主義で剣術以外には排他的な姿勢を取っていた『ブレイブ家』のみ。その偏見もあって、『アーク家』や『クロス家』も同じようなものであると思い込んでいた。


 けれど、実際『アーク家』に近づいてみて思った。フィリアもアルトも、『ブレイブ家』には類似する人物がいなかった。『家訓』の話も初耳だった。


 何より『アーク家』は『契約権限クロニクル・ルーラー』という、強大な力を得る代わりに体を差し出しているような、悪魔の契約術を背負っていたのだ。『ブレイブ家』ではそのようなものは聞いたことがない。


(復讐ってのもまたありきたりで……それによって不幸になるかもしれない人もたくさんいる……実行するだけくだらないものなのかもしれねえけどさ……)


 ウィズの貧乏ゆすりが止まる。そして手の中に耳飾りの宝石部分を強くつまんだ。


(――やっぱり、オレはやるよ)


 その瞳に迷いはもうなかった。その脳裏に浮かぶのは、銀髪の勇敢な剣士の姿。


(フィリアの人生を潰す覚悟を見て、日和ひよっちまったけどさ。あれこそ、"生きがい"ってヤツなんだろうな。人間ヒトとして、あれは美しい。少し嫉妬してしまうほどに。んで、オレが"生きがい"を感じられるとすれば……復讐コレだけさ。こんなオレが唯一輝ける手段だろ?)


 ウィズはくすりと笑って、耳飾りを指で弾いた。


(吹っ切れることにするよ。『アレフ・ブレイブ』――テメェは安心して眠ってろ。全部オレがやってやるさ)


 すでに存在がない名前に語りかけると、ウィズは立ち上がる。もうすぐソニアと約束した時間になるはずだ。


「さぁて。僕は『ウィズ』。じゃ、行こうか」




 ◇



 ウィズがソニアの部屋の前に着く。すでに表情はいつもの『ウィズ』となっており、そのまま扉をノックした。


「もしもし?」


「――い、今出るよ!」


 バタン! と部屋の音から音がする。ウィズはなんとなくソニアが勢いよく出てくるだろうな、と察しして一歩だけ扉から下がった。


「お、おまたせ……」


 しかし予想と反して、扉はゆっくりと穏やかに開く。そこからそろりと、どこか緊張した面持ちでソニアが顔を出した。


「……うん?」


 そっと出てきたソニアの顔を見たウィズはふと彼女の顔の変化に気付く。


 前髪はさらりと流れていて、薄いピンク色の髪留めをつけていた。少しくせ毛のある栗毛色の髪も、いつも以上に滑らかに整えられている。


 この時点でウィズは気付いていないが、唇の色も多少なりと明るくなっていた。


「ど、どうかな……?」


 体を見せず、顔だけ出してウィズへ問うソニア。それがオシャレに関するものだというのは、流石のウィズも気付いていた。


 けれどあいにくのところ、ウィズは最低限の身だしなみチェックしか知らない。そんなウィズが他人の、しかも異性のオシャレチェックなど適正にできるわけもなかった。


 なので客観的には分からない。ウィズは苦笑いを浮かべながら告げる。


「ごめんね。情けないけど、僕はそういうの疎いからなあ……。客観的にはどうか分からないけれど、僕視点からすると、とても可愛いと思うな」


 何の参考にもならない、オシャレのエキスパートというわけでもない男からの主観による評価。


 町に繰り出す前にその意見が参考になるとは考えにくいが、ウィズはこう答えるしかなかった。


 ちょっと嫌な顔されそうだな、とウィズは恐る恐るソニアの表情を伺うが、現実は予想とは真逆だった。


「か、可愛いとかさ……。そんなこと、女の子にサラっと言っちゃダメだよ……?」


 面喰った表情で顔を真っ赤にしたソニアがそこにいた。そして嬉しさを噛み締めた表情のまま、ぽつりぽつりとウィズをたしなめる。


 それを見たウィズはふと思った。


(チョロいな……。簡単に詐欺れそうだ……)


 恐らくは『可愛い』という単語に反応したのだろう。この状態になったら、勢いで押し切ればどんな願いでも聞いてくれそうなまである。


 オレが金欠になったら、この方法でソニアから金をせびるか――と、笑えない冗談を自分で思いついては内心笑う。ウィズ自ら、その考えは小物っぽいなと思った。


「じゃ、行こうか」


「う、うん……」


 ウィズがソニアを誘うと、ソニアはうなずく。そしてゆっくりと扉の向こうから姿を現した。


 いつものコートは着ておらず、ひらひらな袖がついたオフショルダー――いわば肩や首回りを大きく露出された暖色の服を纏っていた。白い肩には紐がかかっている。


 そしてミニスカはいつもとは違い、赤紅色のオーバーチェック柄のおしゃれなものになっていた。


 短いスカートを揺らしながら、ソニアはカバンを持った手を後ろに隠す。そして容姿を見せつけるように可愛らしく体を横へ少し寄せた。


「……今日はよろしくね?」


「……? うん、こちらこそ?」


 一緒に町へ行くだけなのに、改まってそんなことを言われてしまうと、ウィズも少し身構えてしまう。


 そんな二人は並んで廊下を歩きだしたのだった。

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