13 先攻
パラパラと、破壊された天井の破片が床に落ちる。
店の中はしんと静まり返っていた。
店を襲った襲撃者の一人――店員の首筋に剣を向けている猿の仮面を被った者が、その剣先で店員を立たせた。
そのままその背後に回り、腕を首に回してその店員を捕まえる。猿の仮面がうなずくと、キジの仮面を被った人物が応えるようにカウンターの上に乗った。
そしてキジの仮面の者が杖を振るうと、首筋に黒い魔方陣が浮かび上がった。そのままでキジの仮面は叫ぶ。
「いいか! 今からこいつが人質だ! 出入口はすでに占拠済み! ここから逃げられると思うなよ! 全員、すみやかに前へ出てこい!」
黒い魔方陣の効果により何倍にも大きくなったキジの仮面の声が店内の隅々まで響き渡った。
恐れながらも、店内の客や店員たちは色んな仮面を被った者たちの方へ歩き出す。
そんな状況の中でウィズは胸ぐらをつかんでいたヒューレットを腕をはらい、いつもの口調で告げた。
「出番だよ、警察官」
「……っ」
その言葉の先には新品の警官服を着るヒューレットとシャリリがいた。
ウィズはその制服につけられた公安バッヂをつついて、これ見よがしに告げる。
「君らが"先攻"、僕らが"後攻"さ。簡単なゲームじゃないか」
楽しむように笑うウィズを前にして、ヒューレットもシャリリも思わず息を呑んだ。
一歩間違えれば死人が出かねない今の状況をゲーム盤に見立て、自らを駒としてまで笑うウィズの異常性は、静かに二人を圧巻させる。
つまるところ、ウィズが二人に持ちかけたのはこの状況をどちらか打破するかという勝負であった。
『言葉より行動』。ウィズはそう言った。
だからウィズは持ちかけたのだ。ヒューレットやシャリリが公安警察であるのなら、この状況を収めることについては専門分野の一つであろう。
二人にソニアを無能とあざけるほどに能があるのか、それを見るには丁度良い機会だった。
けれども、ヒューレットはウィズへ反発する。
「……てめぇなんかに指図されてたまるか! どこぞの馬の骨が!」
額に汗を流して取り乱すヒューレットだったが、対してウィズは余裕の表情で返した。
「指図も何も、仕事でしょ? いやはや、現場が近くで良かったね」
ウィズの掴みどころのない瞳でそう言われて、ヒューレットは押し黙った。代わりと言わんばかりに、隣のシャリリがウィズへ怒鳴る。
「普通に考えて無理よ! 馬鹿じゃないの! こんな状況、いくら私たちだって――」
「あっ、そんな大声出したら」
シャリリの甲高い声が、静まり返っていた店の中に響き渡った。ウィズの制止に釣られ、すぐさま言葉を取りやめ口の前に手をかざすシャリリであったが、もう遅かった。
「なんだてめぇらうるせえぞ!」
シャリリの声に釣られ、二人の襲撃者がこちらへ近づいてきた。犬の仮面と猫の仮面の二人だ。
その二人がウィズたちを目視するや、ヒューレットとシャリリの服装を見て武器を構えた。
「サツか……! おい、変なマネすんじゃねえぞ!」
犬の仮面の者がヒューレット達に向かって警告しながら、武器である剣の先を向けて威嚇する。
「ええ、その通りよ! こっちには人質がいるんだからね!」
猫の仮面の者も犬の仮面に便乗してそう言った。
「あ、あぁ……」
そんな襲撃者の言葉に、ヒューレットとシャリリは両手を上げる。
ウィズも困惑してどうすればいいのか分からないでいるソニアに目くばせをしながら、両手をあげる。目くばせに気付いたソニアは神妙にうなづき、それに
ウィズとソニアは別に警官の制服を着ているわけではない。だから近寄ってきた二人の仮面の注目は薄く、あくまで制服を着たヒューレットとシャリリに注目していたようだった。
そんな警官二人の前に犬と猫の仮面の者が立つ。
「おい、武器を捨てろ」
「くっ……」
剣先で喉元をつつかれたヒューレットは苦い顔をしながらも、ベルトに差してあった剣を捨てた。シャリリも同様に、剣を投げ捨てる。
カランカランと剣が床に落ちた音が響いた。
猫の仮面の襲撃者は二人が武器を捨てたことを確認すると、ポケットの中に手を入れる。出てきたのはメリケンサックで、それらを両手に取り付けた。
その動作に不安を感じたシャリリが、震えた唇でぼやく。
「何を……」
「何を? ――不安要素を潰すのよ」
猫の仮面は淡々と答えると、そのメリケンサックをつけた拳を振るった。
「ぎゃっ……!」
武器を捨てて無抵抗なシャリリに、猫の仮面の拳がクリーンヒットする。シャリリは血反吐を吐きながら食品棚に倒れ込んだ。
同僚が殴れらたことでヒューレットが思わず反応する。
「シャリ――ぐっ……!」
「おいおい、てめぇもじっとしてろや!」
しかしそれは犬の仮面に阻まれる。犬の仮面はヒューレットの首筋に当てていた剣先を少し押し込んだ。
「ひぃっ……!」
剣の先が少しだけ首にめり込み、少量の血液が浮かび上がってきた。それだけでヒューレットは女々しい悲鳴を上げる。
その隣ではシャリリが猫の仮面に殴られており、数発目の拳を喰らったところでようやく解放された。
猫の仮面は力なく倒れたシャリリの腕を引っ張り引きずると、犬の仮面に差し出す。
「今度はそっちの男をやるわ」
「分かった」
「へっ……!? な、なんで俺まで……!」
「あ? てめえもサツだろうが。なんもできねえように、たっぷり体に教え込むんだよ!」
「やめっ……!」
ヒューレットとシャリリの立場が逆転した。
ヒューレットはメリケンサックを撫でる猫の仮面に差し出され、ボコボコにされ意気消沈しているシャリリが犬の仮面に囚われた。
そこからヒューレットへ猫の仮面の拳が放たれるのは遅くなかった。シャリリと同じように、ヒューレットもメリケンサックで殴られ、そのたびに顔が歪んだ。
「がはっ……! いてぇ……し、死ぬ……っ」
殴られたヒューレットは背後の棚に倒れ込んで、棚にあった商品もろとも床に崩れ落ちる。
そこで終わりではなく、さらに猫の仮面の蹴りがさく裂し、ヒューレットの体を中に浮かせた。
「うわぁ……」
ウィズは声を漏らしながら、そっとソニアの隣に移動する。
そこからまたメリケンサックの拳がさく裂し、ヒューレットは再び床へ叩きつけられる。
床に倒れ込んだヒューレットを見て、猫の仮面は拳を収めた。
それを見た犬の仮面はヒューレットの腕を持ち上げると、静観していたウィズとソニアに向かって怒鳴った。
「おい、てめぇらもだ! 両手をあげて、こっちに来い! 女からだ! 男は後ろにつけ!」
「う、うん……」
ソニアは泣きそうな顔で、ゆっくりと足を踏み出した。ウィズはそんな彼女の横顔を見送りつつ、言われた通りにソニアの背後につく。
ウィズがソニアの背中を見ると、かすかに震えていた。
それもそのはずだ。目の前には店を占拠した襲撃者。そして自分たちは今、彼らに目をつけられたのだ。これから何をされるか、想像するだけで嫌になる。
ウィズのように常軌を逸脱した力を持っているわけでもないソニアにとっては、恐怖でしかない状況だった。
――それもあって、ウィズは少し弾けた。
「えいっ」
ウィズはその手をソニアの背中からベルトになぞり、最終的に尻を揉んだ。
「――きゃぁっ!」
つんざいたのはソニアの女々しい悲鳴。
ソニアは思わず赤面しながら振り向いて、ウィズを睨みつけた。ウィズはお気楽そうにハハハと笑う。
「ごめん。もしここで死んでも悔いが残らないようにって思ってさ」
「な、なんで今なのさ! もう、君はボクの想いなんて知らないでさ……! もう、ほんとに……!」
状況も忘れて慌てふためくソニア。
ウィズはそんな彼女を見て小さく笑う。
笑いながらも、意識の大半は彼女の背後に向けていた。
「てめぇら! 何ふざけてやがる! 黙って俺らに従え!」
もちろん、二人の態度に襲撃者は黙っていないだろう。ソニアの背後から怒声を放ちながら近づいてくる犬の仮面に、ウィズは気付いていた。
だから何気なくソニアを後方に隠し、ウィズが犬の仮面の前に立った。
――そして振るわれた犬の仮面の拳を、そのまま喰らう。
「くっ……!」
「ウィズ……!」
ウィズは犬の仮面の拳を喰らいつつも、倒れることなく踏みとどまった。そしてじっと犬の仮面を見返す。
その視線が癪に障ったのか、犬の仮面はさらに拳を固めた。
「なんだてめぇ……ナメてんなァその態度!」
――それからウィズは犬の仮面の拳を八発ほど立て続けに喰らい、そこで倒れ込んでからも蹴りを五発ほど入れられた。
床に倒れ込み、ボコボコにされたウィズが咳き込むのを見た犬の仮面は、短く息を吐くとその視線をソニアに向ける。
ソニアはビクリと肩を震わせた。犬の仮面はソニアを注意深く見ながら、その周囲を回る。
「てめぇは……
ソニアの格好を観察した犬の仮面はそう言うと、さらにウィズに蹴りを入れた。
「ぐっ……!」
ウィズが悲鳴を上げ、犬の仮面が舌打ちをする。と、そこで猫の仮面が犬の仮面へ告げた。
「このサツを連れてキジのところに戻るぞ!」
「ちっ、そうだな……。おい! てめぇらも早く来いよ!」
それだけ言い残し、猫の仮面と犬の仮面はヒューレットとシャリリを引きずって、キジの仮面がいる場所へと歩いていく。
襲撃者の仮面が遠ざかっていくのを見るや、ソニアはすぐ倒れ込んだウィズに駆け寄った。
「ウィズ……! 大丈夫……!?」
ウィズはゆっくりと起き上がると、ぼやくように言う。
「ああ、問題ないよ……。それよりもさ」
ウィズはソニアにだけ見えるよう、小さく笑ってみせた。
「ここからは
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