第104話 集結! ギルド<なごみ家>
七月。この初夏の佳き日。
天気は晴れ。ちょっと雲もあるけど晴れと言って問題ないだろう。あんまり晴れ過ぎても暑くなっちゃうからね。ベストオブ晴れだ。
ショウスケさんとブンプクさんの結婚式当日。
日中の青空も気持ちいいけれど、丁度この日は「何とかムーン」という満月の日に当たるそうで夜には月も綺麗に見えるらしい。流石皇帝陛下の結婚式だ。
私はお昼から始まるお式にも参加させていただくことになっている。そのあとは披露宴、更に二次会。今日は丸一日結婚式だ。
お式の会場は私の住んでいる所からは乗ったことのない電車を何本も乗り継いで一時間半ほど。それなりに距離がある。一年以上通勤で電車を使っていると不思議と他の路線に乗ることもできるようになってくる。スマホもあるしね。逆方向に乗るのだけは十分注意。
<なごみ家>はネットゲーム上に作られたギルドであり、メンバーの中で私が一番遠いというわけではもちろんない。というか乗り継ぎが多いから時間はかかるけれど、距離的には師匠と並んで一番近いくらいじゃないだろうか。はるばる新幹線を使ってくる人もいるのだ。
今日私が選んだ服は淡いグリーンのフレアードレス。
この日の為に新調したもので師匠が作ってくれたコヒナさんのドレスにちょっとだけ似ている。というか寄せた。残念ながら今やトレードマークになったマギハットは被っていない。室内だからね。いや屋外でも被らないけど。売ってないし。
アクセサリーもコヒナさんのようにごてごてとは行かないけれどちょっと寄せてある。ピアスも小さいリング状の物にしてみた。結婚式のお客さんとして無難な服装になっているとは思うけど、ほんのちょっとだけ神秘的。タロットカードを持っていても似合いそうだ。
道に迷うことも考えて余裕をもって出たけれど、余裕があるんだからと急行に乗り換えるのを億劫がったせいで着いた時にはそれなりの時間になってしまっていた。乗り換えはできるだけ少ない方がいい。だって急行だと思って乗ったのが逆方向だったりしたら大変だ。この辺りを考慮できると言うことは私も大分大人になったのだろう。
「織部 陽菜子様ですね。本日はお越しいただき、ありがとうございます。こちらをどうぞ」
受付の人に招待状とご祝儀をお渡しすると、披露宴の座席表と一緒に青いカードを渡された。
「こちらのカードは新郎新婦より、お友達同士が分かるようにとのことです。見えるようにお持ちいただいて式が始まるまで待合室にてご自由におくつろぎください」
なるほど、このカードを持っている人は<なごみ家>の関係者ってことだな。みんな初対面だからね。大変ありがたい配慮だ。
待合室の入り口で式場のスタッフさんから飲み物を勧められた。アルコールの入った物も選べるようだけどまだお昼前。リンゴジュースを頂くことにする。
右手にリンゴジュースのグラス、左手には青いカードを出来るだけよく見えるように持って待合室内を見渡すと、同じく青いカードを持つ人たちが三人固まっているのが目に入った。
男の人が一人と女の人が二人。
青いカードをぴらぴらアピールさせながらそちらに向かと、アーモンドピンクのワンピースドレスの女の人が私に気が付いて手を振ってくれた。安心してちょっと足を速める。
「もしかしてコヒナちゃん?」
声を掛けてくれたのは私より少し年上、大人っぽい雰囲気。この人はもしかして。
「はい! コヒナです。初めまして!」
「初めまして。何だかイメージ通りね。私はハクイよ」
「やっぱり! そうだと思いました!」
ハクイさんもイメージ通りだ。
「コヒナは本当にイメージ通りだな。初めまして。僕はリンゴだ」
「リンゴさん! 初めまして、コヒナです!」
リンゴさんはちょっと線の細い感じの男の人。黒のフォーマルに二色の白がストライプになったネクタイ。ポケットには赤のハンカチーフとかっちり決まっていている。
鋭い感じの目つきだけど、リンゴさんだと知っていれば怖くはない。というか大分イケメンだなこの人。滅茶苦茶モテそうだ。
「こんにちは。私は―。まあわかんないね?」
最後の一人は紺のスカートスーツ。内のシャツが華やかな作りでなかったらスタッフさんと間違えてしまいそうなかっこいい女の人。ちょっと男の人っぽいしゃべり方。
この人は―。
残っているのは主役のお二人を除けば三人。ヴァンクさんではないだろう。猫さんと、あとは……。
私が戸惑っているとその人はにやっと笑い、急に口調を変えた。
「初めまして。よろしくだにゃ、こっひー」
「猫さん! よろしくです!」
猫さんがヒントと言うか答えを教えてくれた。ほらやっぱり私の予想通りだ。 猫さんは女の人だった。でもちょっと男の人っぽいかっこ良さもある。スカートスーツだけどパンツでも似合いそう。ミュージカルの男役とかやらせたら人気が出るに違いない。
答え合わせが終わってきょろきょろとあたりを見渡す。
「これで全員ですか?」
「ああ。僕は最初に着いたが他はまだみたいだ。まさか遅刻してきたりはしないと思うが」
私の確認に肩をすくめるようにしてリンゴさんが答えた。大げさな仕草が服装に合っていてかっこいい。
「全くなにやってんのかしらね。二人とも」
ハクイさんが言う通りまだ来ていないのは二人。ちょっと心配になってくる。何かあったのかな。もしかして急に風邪を引いたとか。会えると思ってたけど、そうだとしたら会えないのかな。
でもまだ少し時間があるし。
入り口に目をやると、丁度そこに大柄な男の人が入って来た。手に青いカードを持っている。
「一人来ました!」
全員でその人に向かって手を振る。男の人もすぐに気づき、軽く手を挙げてこちらに向かってきた。
リンゴさんと同じく黒のフォーマル。でも体が大きくて筋肉質なので首回りとかちょっと苦しそう。
その人は私たちを見まわして言った。
「ナゴミヤはまだか。ヴァンクだ。よろしくな」
うお。多分そうだと思ってたけど、一言目で一瞬びっくりした。
「ヴァンクさん、コヒナです~!」
「あ~、そうだろうな。わかる。それと?」
おお、みんなわかってくれる。寄せて来て良かったな。
ヴァンクさんが視線を向けて、みんなそれぞれ自己紹介していく。ハクイさんの時、お互い一瞬見つめあってたのは私の気のせいだろうか。
「さて、後一人、か」
リンゴさんの言葉にまたみんなの視線が入り口に向く。
「最後に来るのはいつも一緒なのね」
「まったくしょーがないやつだなアイツは」
ハクイさんと猫さんの言う通りだ。まったくしょうがないなあの人は。いつもみたいにお仕事で遅くなったってわけでもないだろうに、みんなをこんなに待たせて。
…………。
来るのかな。もしかしたら来ないのかな。
もうすぐ式が始まってしまいますよ。
ああもう。
ちゃんと準備して来たのにあんまり待たせるものだからなんだか緊張してきてしまった。全く仕方ないなあの人は。
「私、もう一回ちょっとお花を摘みに」
「花?」
「あんたはちょっと黙ってなさい。コヒナちゃん、行ってらっしゃい」
ハクイさんに言われてヴァンクさんが不思議そうに眉をしかめている。それを見てリンゴさんがやれやれと苦笑し、ヴァンク、おめーはデリカシーがないんだと猫さんがけたけたと笑う。いつものやり取り。変わんないね。
今日初めて会ったって言うのにそんな気が全然しない。なんだかアバターが被って見えるような気がするよ。
そんなことを考えていたら注意が散漫になっていたのかもしれない。
グラスをスタッフの方に返して待合室の入り口を出ようとした時、駆け込んできた人にぶつかりそうになった。
「ああっ、すいませんすいません!」
私が謝るよりも早く、慌てて何度も頭を下げて謝っているのは男の人。
そして手には<なごみ家>のメンバーであることを示す青いカード。
まだこの場に来ていない<なごみ家>のメンバーは一人だけ。
じゃあこの人は。この人が。
「……師匠、ですか?」
私の言葉にその人は顔を上げた。ひょろっとしていて思ったより背が高くて体の小さい私は見下ろされる形になる。
ぽかんと口を開けて私の顔を眺めること暫し。それから私の手にある青いカードを見て、もう一度私の顔を見た。そろそろなんか言って欲しい。なんだか顔が熱くなってくる。
「もしかしてコヒナさん、かい?」
あんまりにも長いこと覗き込まれてたものだから言葉が出てこない。仕方なく私は頷きだけを返す。
そこにまた暫くの間私を見た後、師匠と思しきその人は再び口を開いた。
「……女の子だったんだ……」
「なんだとコラあ!」
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