第99話 ルナティック・ハイ 2
ダンジョン<イブリズ>は入り口から手ごわい敵が多いけど、ボスは比較的攻略しやすいと言われている。もちろん準備をしっかりして行けばだけど。
師匠のアドバイスに従って恐怖や混乱といった精神系の状態異常に耐性を持った装備でがっちり身を固めてある。そもそもこれらの装備品が揃ったからこそ連れて来て貰えたのだ。
これが私の、迷宮ボス攻略のデビュー戦である。
月明りに照らされた祠の一番奥には大きな人型の像が祭られていた。
一見するとよくある女神像の立ち姿。でもそんなわけはない。ここに祭られているのがまっとうな神様なわけがない。
顔は中央を分ける形で縦に線が入っているだけののっぺらぼう。よく見れば頭の形もなんだかおかしい。首の周りには何本もの芋虫みたいな突起が生えていて気持ちが悪い。まるでダンジョンの途中でさんざん驚かされた壁に生えてくる手のようで……。
ああそうか、そういうことか。
ダンジョン<イブリズ>は月の狂信者達が作り上げたダンジョン。その祠に祭られているのは彼らが信じる「神」の似姿。
人型に見えるそれは膨大な魔力を注いで作られた狂気の形。
見る者の心を、自分を作った者と同じように狂わせて住み着く、動く異形の偶像だ。
私たちが魔力と読んでいる物を取り除いた混じりけのない<ルナティクス>の明りの元、人型の像はわらわらと動き出した。
頭が割れて二つになって、伸びていく。首の周りの指に似た突起がわきわきと動き出す。
初めから頭じゃなかった。あれは手だったんだ。指みたいなものが生えてて当然だ。
ゆったりとした服の皺に見えていた部分もほどけるように剥がれて行き、それが何本もの長い腕であったことが分かる。
服が無くなったら<テレジア>さんみたいな美しい身体が現れるのかと思えばそうではなかった。身体に相当する部分もどんどんほどけ、ほどけた端から腕へと変わっていく。
腕が増えて行く。何本、何十本、何百本。
人の形が崩れて偶像は倒れこむ。そのまま下になった手の指を使って這い出し始めた。
ざわ、ざわ、ざわざわざわざわざわざわ。
わあ、ホラー全開。
中央に巨大な目。それを囲んで生える無数の手。
手には大きな目や口が、付いていたりいなかったり。長さもまちまち。
人の物よりはるかに長くて大きな無数の手でできた不定形の怪物。あの腕に捕まれたらきっと、帰って来ることはできない。光る影に変わってしまったかつての研究員たちのように。
<ロキタイシュヴァラ>
ダンジョン<イブリズ>のボス、狂気が生んだ存在しない神が、その正体を現した。
「ロキタイシュヴァラには死角がない。普段は後ろを取るって言う概念もないからね! 一撃離脱、それと一か所に留まらずに戦って!」
師匠のアドバイスに従って動きながら戦う。
ええと、ロキなんとかシュ。長い。おててもじゃもじゃでいいかな。
おててもじゃもじゃに先制のライトニングストライクを放ったらすぐに離れる。連続して大ダメージを狙うのは先輩方の戦い方を学んでからだ。
一か所に留まらずに。師匠はそう言った。
おててもじゃもじゃから距離を取っているからと言って油断はしない。それにはここに来るまでにさんざん驚かされている。
ほら、やっぱり!
距離を取った先の地面から生えて来た腕、<ナントカの
惜しい。本体に生えている無数の腕に阻まれて届かなかった。
流石は一国一城の主だけのことはある。一筋縄ではいかないか。
「おおっ、初見でアレを躱すかよ」
「コヒナさんお見事です。阻まれたのは向こう側のまぐれです。同じタイミングで行って下さい」
「はいっ!」
ヴァンクさんとショウスケさんの言葉に勇気をもらい、再び隙をうかがう。
全部を躱す必要はない。多少の傷は師匠が治してくれる。
おててもじゃもじゃは……。これも長いな。テモジャでいいかな。
テモジャは上部の手についた目からビーム光線を放ってくる。これを食らうとそこそこのダメージと共に精神系の状態異常を受けてしまう。手もいっぱい生えててあちこちに撃ってくるし予備動作も少ないので全部躱すのは大変だ。
でも精神攻撃への耐性は強化してある。師匠の魔法の加護もある。連続して食らわなければ恐れるに足りない。
それにテモジャは回復能力が異常に高い。切っても切っても手が生えてくる。目から―あれ? 手から? 出るビームを躱すことに気を取られて
時間経過とともにMPが減少していくギミックも健在どころか1.5倍。
つまりは時間を掛けるごとに戦闘は困難になっていく。
目指すは短期決戦だ。
テモジャは<ナントカの
でもそれはヴァンクさん、ショウスケさん、リンゴさんが片っ端から退治してくれる。
先輩方の戦い方はやっぱりすごい。特にヴァンクさんはどれも一撃で切り伏せてしまう。
つい先輩たちの動きにを目を奪われていると、突如テモジャの身体が大きく膨らんだ。
あわてて距離を取る私の前に、ショウスケさんが駆け込んでくる。合わせるようにヴァンクさんも来て私と同じ位置についた。
テモジャの身体がさらに、爆発的に膨らんで、次の瞬間。
わらわらわらわらわらわら!
テモジャの腕の全てがが凄い勢いで、津波のように一斉にこちらに殺到して来た。
うわああああ、ホラー! これはホラー!
でもわらわらと殺到する手は私とヴァンクさん、それにそのさらに後ろで「彼のものを癒せ!」とか「癒しの力を!」とか言いながら回復呪文を唱えている師匠には届かない。
その前で、火竜のブレスも防ぎきるショウスケさんの盾が全ての手を受け止める。
ふあああ、緊張する。コントローラーを握ったリアルの手が汗だらけだ。まだ、まだ。焦るな……よし、今だ!
ヴァンクさんの動きを確認して私もショウスケさんの盾から飛び出した。
ヴァンクさんの大剣の上段切りと私のライトニングストライクがテモジャに炸裂する。よし、大ダメージ。テモジャのHPバーが大きく削れる。その端から回復してしまうけど。でも、今の連携の本当の狙いはこれじゃない。今のは一瞬でも長くテモジャの注意を引き付けるための攻撃。一瞬でも長く、テモジャの死角を維持するための攻撃だ。
沢山の目があるテモジャには通常死角がない。だけど大技「おててわらわら」で全ての手が私たち三人に集中したなら、その一瞬だけテモジャには死角ができる。
テモジャ攻略の最大の難点はテモジャの回復力。私たちのパーティーにはそれをチャラにする攻撃を放てる人がいる。
その人は死角からの攻撃を絶対に外さないのだ。
「皆の物、お膳立て大義である。食らえ、
余裕たっぷりにセリフ付きで、リンゴさんが必殺の一撃を放った。
そこからは苦労はなかった。テモジャの回復力の大半はリンゴさんの毒が抑え込んでいる。
精神攻撃も通じない。着実にダメージを重ねてテモジャのHPを削りきった。
ばしっ、っという音と見たことがない激しいエフェクトが出て巨大な手の塊が崩れていく。
ミッションコンプリート!
こうして私の初ボス戦は完全勝利に終わったのだった。
「コヒナさんやっぱり凄いですね。初見とは思えない動きでした」
「ほんとですか! えへへ~。ありがとうございます!」
えへへ。ドラゴンスレイヤーのショウスケさんに褒められると嬉しいですな。
そもそもベテランぞろいのパーティー。なんと私と師匠以外の全員がテモジャのソロ討伐経験者なのだ。私にも活躍させようと手加減していた部分さえある。みんな強い。ステータスが揃ってきたからってやっぱりまだまだだなあ。
楽しい日が続いた。毎日新しいことがあって、驚いて、笑って。ここに来ればリアルのざりざりした気持ちなんか全部忘れられた。
そして私が<ネオデ>を初めて一年がたった頃。さらにさらにわくわくするニュースが届く。
ショウスケさんとブンプクさんの結婚式である。
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