第84話 前夜祭 1

 十二月。


 早いもので私が<ネオデ>の世界、<ユノ=バルサム>に来てから半年以上が過ぎていた。私もかなり強くなった。


 一人でもレッサーデーモンやヤングドラゴン位なら倒せるし、師匠と二人ならこの辺は連続して狩るのに丁度手ごろな獲物だ。


 ダンジョンによっては最下層までお供することもできる。もちろん一人でではなく、ギルドの方々や猫さんが一緒ならの話だけど、足を引っ張るだけの存在ではなくなってきている。


 ギルド<なごみ屋>に所属するショウスケさんとブンプクさんのお二人は、私がギルドに来た日からおつきあいをしているので、こちらも半年を超えたことになる。


 あの日の翌日に一応、と発表があった。


 お二人としてはギルドのみんなには変に気を遣わず今まで通り接してというお話なのだけど、私としては初めて会ったその日に二人が付き合いだすと言うミラクルだったので今まで通りと言われても困ると言うか困らないと言うか。


 他の方々も我が道を行く人たちなのでそんなに気を遣ったりはしていない。


 なおお二人は半年がたった今もラブラブで、最近では金曜日や土曜日はかなりの頻度でショウスケさんはブンプクさんのおうちからログインしていたりする。


 私的にはその都度確認してはうっへーいと騒ぎたいところなのだけど、ギルドの方々はみんな大人なので穏やかなものだ。なので私も騒ぐのはリアルの方の口だけにとどめておく。うっへ~い。


 折角二人でいるのだからネオデにログインしなくても、とも思うけれどこれがショウスケさんとブンプクさんというお二人の在り方なんだろう。


 言ってもログインしてない間はリアルでお二人で過ごしてるんだしね。うっへ~~い!


 それにお二人が一緒にいてくれると賑やかになるし楽しい。戦力はかなり上がるし、ショウスケさんの剣の扱いは見ていてとても勉強になる。正しくは剣の使い方じゃなくて盾の使い方と言うべきか。守らなくてはいけないときには確実に守る。食らってはいけない攻撃を食らわない。これが大事。やっぱりドラゴンスレイヤーというのは伊達ではない。


 他の人ももちろん強いし頼りになるし参考にもなるけれどやっぱり独特な戦い方をするのでそのままは真似できない。


 我が師匠なんかその最たるものである。戦い方って言っていいかどうかわからないけど。


 ただ、師匠の凄いところは全然強くないのにダンジョンの最下層であっても周りの足を引っ張るようなことはないということだ。それどころかパーティーは安定する。スキル構成がめちゃくちゃだから自分で戦うと言うことはできないけれど、これも強さの形の一つなんだということもわかってきた。ただ言っても師匠は喜ばないので言わない。


 なので師匠が撤退と言った時は即座に撤退だ。そんなに焦らなくてもと思って遅れると大変なことになると言うのは半年の間に身をもって学んだ。


 師匠の逃げ足は速い。自分でも逃げ足だったらユノ=バルスム随一だと珍しく自慢してたくらいだ。師匠スタイルでユノ=バルスムを生き抜くには必須のスキルなのだろう。一人だったら絶対死ぬ状況でも師匠の後をついて行けば逃げおおせるから不思議なものだ。


 そんなわけで弟子の私も最近は引き際と逃げ足に関してはちょっとしたものである。


 でも師匠、逃げる時わざわざ叫びながら逃げるんだよね。


 わーとかあーとかタスケテーとか。


 それ見てると結構余裕あるように見えるんだけど、師匠のたまわく、



「叫んでたら見かけた強い人が助けてくれるかもしれないじゃん」



 実際に助けて貰ったこともあるので正しいんだろう。手を貸そうとすると狩りを邪魔したと嫌がられることも多いので、助ける方も助けていいかどうかわからないらしい。


 それでも逃げられない、誰も助けてくれない時には師匠は潔くぎゃああああ~とか断末魔の叫びをあげながら殺される。


 師匠が死んだら数秒後に私の番。師匠が死んでしまうような状況で私が生き残れるはずがないのだ。師匠にならって断末魔の叫び声をあげた後、二人仲良く幽霊になって蘇生してくれそうなNPCやプレイヤーさんを探して彷徨うことになる。



 その師匠は最近いつにも増して走り回っている。師走とはよく言ったものだ。



 これは別に何かから逃げているわけではなく、リアルのお仕事が忙しくてログイン時間が少ないのと、十二月にあるビックイベント、クリスマスの準備の為だ。


 クリスマス周辺の期間に運営さん主体のイベントというのはあるらしいのだけど、師匠はそれよりも自分でやるお洋服屋さんの準備に忙しいのだ。マディアの目抜き通りに露店を出して、サンタクロースやトナカイといったクリスマスのコスプレ衣装を販売するのである。


 流石師匠。やることが人と違う。痺れも憧れもしないけど感心はする。


 師匠は十月のハロウィンの時も同じようなことをやっていた。


 ミイラ男、吸血鬼、ゴーズト、魔女、黒猫娘。


 それになんていうのかな、カボチャ頭の妖怪。妖怪? モンスター?


 そんなハロウィンに因んだモンスターたちになれる仮装師匠を露店で売ったのである。


 黒猫娘の服は猫さんがなにやらぶつぶつ文句付けていたけど買っていた。そして着ながら尚もぶつぶつ文句を付けていた。例のアレである。ちなみに大変よく似合っていた。師匠は「気に入って貰えて何より」等と言って猫さんを怒らせていた。例のアレである。


 悪魔の服は普通に可愛かったので私も一着買った。蝙蝠の羽が生えた悪魔娘。露出少々低めのテレジアさんだ。ハロウィンの日以外で着られないのがちょっと残念。


 テレジアさんのまんまの格好はプレイヤーの服では再現できない。ちょっと町を歩いてはいけないレベルだからね。NPCのガードさんに捕まってしまう。いや捕まんないかな。パンツ一丁で歩いてても平気なんだからな。


 師匠は部分的に肌色に染めた服を使えば完全再現できると言っていた。実験したんだろう。師匠はテレジアさん大好きだからな。ムッツリスケベだし。


 ネオデは過疎化が進んでいるとハクイさんは言っていたけれど、それは過去の全盛期に比べればと言うことで、全盛期を知らない私には過疎には見えない。マディアの町や効率の良い狩りスポット等、場所によっては結構人が多い。


 ハロウィンの師匠の服屋さんもそこそこ繁盛していた。ただ繁盛と言っても利益はない。ただの服だからね。防御力その他のステータスのついた服とは違って高い値段は着けられない。一着一着作って染めての手間は結構なもので、その辺を考慮すると売れれば売れるほど大赤字だ。


 まあ師匠が好きでやってることなので特に問題はない。


 私も日頃の感謝を込めてちょっとお洋服を作るお手伝いをした。師匠がぽんぽんと作る服を言われた通りに染めていく役だ。気分は工場制手工業。世界史の授業で習った奴。学校の勉強はどこで役に立つかわからないね。


 こうして出来上がったものを着てみるとそれなりにお化けに見えるところがまた師匠の凄いところだ。服のグラフィックの種類もそんなにあるわけじゃないのにね。


 バケツのようなクローズヘルメットをオレンジに塗ったものだって二百歩譲って想像力で補完すればカボチャに見えなくもない。


 カボチャ頭はともかく、他のモンスターはなかなかのものである。流石師匠!と褒めると嬉しそうにふんぞり返っていた。流石師匠、ちょろい。


 同じことをクリスマスにもやる。ただし、ハロウィンに比べて手間は数倍に跳ね上がるのだという。


 

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