第16話 お兄ちゃん
「おにい、お昼どこか食べに行こうよ」
日曜の昼前、なんとなく外食したい気分だった心春は、佑月を外食に誘った。
「いいよ。どこいく?」
「マック」
「わかった。着替えてくるね」
セーターにチェックのスカート、髪はポニーテールにまとめていつものショルダーバッグを持って心春と家を出た。
日曜日の昼というだけあって、外で遊ぶ子供や昼から遊びに行くであろう中高生がちらほらといる。
「あれー、心春ちゃんじゃーん」
その中には運悪く、過去に心春とひと悶着あった男子もいた。
佑月はとっさに心春の前に立ち、「心春に何か用?」と睨みながら聞く。
「は、誰?」
目当ての心春に話しかけるのを邪魔されたからか、男は相当機嫌が悪そうだ。
「誰でもいいでしょ。で、心春にあんなことして、まだ仲良くできるとでも思ってるの?」
彼は心春が中二の頃、人気の少ない教室に呼び出して襲おうとしたことがあったのだ。
それを佑月が間一髪止めたので何もされなかったが、あの件があってから、心春は佑月程ではないものの、男子とは距離を置くようになった。
そんなことがあった彼を前にして、佑月は心春を守りたいと思いながらも、それ以上に自分が男子高でされたことを思い出し、必死に感情を押し殺すように心春に手を握り締める。
「ちっ、うっせぇなぁ」
彼は当時、すぐに手を出してしまうタイプだったが、それは今も変わらないらしく、佑月に向かって拳を振りかぶった。
しかし、流石に人がいる前で殴ることはできず、舌打ちしながら振り上げた拳を下ろして立ち去って行った。
「っふあぁ、怖かったぁ……」
彼とは心春のことで殴り合ったことがある。
だからこそわかるが、体格差が大きい彼に今の小柄で筋肉もついていない体を殴られてしまえば、確実に病院送りになってしまう。
「守ってくれるのは嬉しいけど……お姉ちゃん弱いんだから、危ないことしないでよ……」
「……うん。でもごめん、それはちょっと難しいかな。だって、私はお兄ちゃんだから」
わざわざ自分から危ない目に合うのは嫌だが、それ以上に心春に何かあるほうが嫌だ。
佑月は強がって心春の頭を撫で、大丈夫だと慰める。
「……やっぱり、おにいはいつでも私のお兄ちゃんでいてくれるんだね」
「当たり前でしょ。だから心春は堂々と妹として甘えてればいいの」
「……じゃあ、今日はいっぱい甘えちゃおうかな」
「ふふっ、そうしなさい」
今日は珍しく心春から甘えるように腕を組んできた。
最近佑月に甘えることがあまりなかったからか、腕を組んで心春はいつになく嬉しそうだった。
その日の夜、佑月が通話しながらゲームをしていると、パジャマ姿で枕を持った心春が部屋に来た。
「おにい、一緒に寝よ?」
「ん、いいよ」
通話の方で「じゃあ私寝るね。お疲れ様」と言ってゲームをやめて、心春と一緒に布団に入る。
心春の夜這いは珍しいことではないが、わざわざ枕を持って、少し不安そうに「一緒に寝よ?」なんて言ってくるのは珍しい。
「……お兄ちゃんはちゃんとここにいるから」
昼のこともあったし、一人でいるのは不安なのだろうと、そっと抱きしめて頭を撫でながら言う。
(怖いことがあったら甘えてくるのは変わらないんだな……)
最近は助けられてばかりで忘れていたけど、心春は昔から怖いことや不安なことがあると何も言わずに佑月に甘えてくる。
「おにい、今日はありがとね。でも、ほんと、無理しないでよ。おにいが何かされたらってすごい怖かったんだから……あの人、ほんとに何してくるかわかんないし……」
心春が不安そうにしていたのは過去襲ってきた男子が目の前に現れたからと言うより、佑月に何かあったらと言う不安だったらしく、佑月の背中に手を回してさらに体を密着させた。
佑月も心春を抱き返し、背中をぽんぽんしながら頭を撫でる。
小柄な可愛い少女の姿になってからは時折子供っぽい言動をすることがあった佑月だが、やはり心春の兄であることは変わらない。
「……でも、やっぱりありがと。その、かっこよかった……」
「心春、今日は素直だね」
「あっ、お、おにいがかっこよかったのは今日だけなんだからね!」
この状況で素直になるのは恥ずかしいのに、それを指摘されてさらに恥ずかしくなった心春は、佑月を強く抱きしめながら言い返す。
「ツンデレめ。でも、今日だけでもかっこいいお兄ちゃんできたならよかったよ」
「おにいいじわる……」
「あはは、ごめんごめん」
珍しく素直にデレる心春が可愛くて、つい揶揄いたくなる。
「もぅ……」
不満そうにはしながらも、心春はこぼれる笑みを佑月の胸で隠していた。
※ ※ ※
その夜、心春は昔のことを夢に見ていた。
一穂の母にのお迎えで保育園から帰って父を待っていたが、一向に帰ってこない。
佑月と一緒に電車のおもちゃで遊んで待つこと二時間。時刻は八時、お腹もすいてきたが一向に帰って気配はなく、父の代わり慌てた様子の一穂の両親がやって来た。
「お父さんが事故にあったって……!」
そこから場面は飛んで、葬式の最中。
心春は佑月の隣で大人しく座り、佑月の手を握りながら必死に泣くのをこらえていた。
最後に父の顔を見たのは保育園に送ってもらったときで、それからは一度も顔を見られなかった。
「絶対お兄ちゃんが守るから!」
「うん……うっ、うわあああああん!」
必死に泣くのを堪えていたが、佑月に抱き締められて、必死にこらえていたものがすべて出てきた。
この日から自分と自分の家を行き来するような生活になり、夕食は一穂たちと、それ以外は家で佑月と二人で過ごすような生活が始まった。
初めの頃は一穂たち以外にも従姉やまだ中学生だった叔母が面倒を見に来てくれていたが、家の都合や進学で疎遠になり、高学年になった頃には佑月と二人暮らしが始まった。
父がいなくなってからのことを凝縮したような夢だ。
そしてまた場面が変わり——
「おにい‼︎」
目の前で佑月が知らない男に犯されている。
縛られているせいで助けようにも動けない。
もはや悲鳴を上げる気力すら失ったのか、静かに泣きながらされるがままで、目は絶望に満ちている。
行為が終わると、今度は男が心春の方に寄った。
「いや……おにい——」
口を押さえられ、言葉を遮られる。
恐怖で身動きが取れず、佑月も動く気配はない。
懐かしい夢かと思えば突然嫌な夢になり、もう少しで挿入されてしまいそうなところで心春は目を覚ました。
「…………よかった」
佑月は隣で気持ちよさそうに寝ているし、服も着ている。当然知らない人もいないし、縛られてもいない。
涙を拭って、再び佑月に抱き着いて目を瞑る。
どんな夢を見た後でも、佑月がすぐそばにいてくれるだけで安心出来る。
(そういえば、昔も……)
ふと昔のことを思い出す。
親がいなくなってから、泣いたときはいつも佑月が抱き締めてくれたし、先輩に襲われたときも助けてくれて、そして泣き止むまでずっと寄り添ってくれた。
今では可愛い少女でも、どんな大変なことがあってもずっと兄でいてくれる。
そんな佑月に心の中で感謝しながら、心春は再び眠ったのだった。
「んっ、やっ、なに……?」
翌朝、佑月は股間に違和感を覚えて目を覚ました。
布団を捲って見てみると、心春がパンツに手を入れてきている。
しかも、起きているのか変態的な寝相の悪さなのか、指をもぞもぞ動かしているせいで力が入らない。
(どこで間違ったかなぁ……)
いい子に育ったものの、どうも変態になってしまった可愛い妹に頭を抱える佑月だった。
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