第15話 寂しい佑月
佑月が女子高に転校して初めての休日。
この時点でまだ三日しか登校していないが、慣れない環境と人見知りのせいですでに佑月の体力は限界を迎えていた。
しかし、幸いなことに今日の天気は雲一つない快晴で、まさにお出かけ日和だ。
「心春~、せっかくの休みだし、デートにでも行かない?」
疲れているとはいえ、せっかくの休みに家でゴロゴロしているだけというのも勿体無いので、佑月は心春をお出かけに誘った。
「いきなりデートとかお兄きっも」
「まって、それは普通にお兄ちゃん心が傷つくんだけど……」
ノータイムでキモいといわれた佑月は部屋の隅に行って体操座りをして、わかりやすく傷ついたような素振りをする。
「あーもう、行かないとは言ってないじゃん」
露骨すぎる佑月に呆れながらも、心春は少し照れくさそうに言う。
「ツンデレさんめ」
「そういうとこがキモいの! もういらないこと言ってないでさっさと着替えて」
「あ、ついでに髪頼んでもいい?」
「はいはい。今日はどんなの?」
「うーん……まあ服に合わせてよ」
「ん。じゃあ早く着替えてね」
佑月は部屋に戻り、クローゼットを開いた。
心春にもらった服、買わされた服、なぜか一穂にプレゼントされた服で、男の時とは比べ物にならないくらい衣類が増えている。
(こっち……んや、こっち? いやでも寒くなってきたし……これとタイツ……いや、うか。うーん、これ着たいけど時期的に露出いやだしなぁ……)
昔は服は着れさえすればいいと思っていたが、最近は心春の影響もあって服選びに時間がかかるようになっていた。
かれこれ一週間ほど前からこの調子だ。
「よし!」
白のブラウスにチェックのジャンパースカートを着て、心春の部屋に行く。
「心春、髪お願い」
「ん。そこ座ってて」
こうして心春に髪をセットしてもらうときは、いつも心春の部屋でしている。
ついでに教わりながら少しメイクをしたり、お出かけ前の準備も徐々に女子らしいものになってきている。
「ほい、完成」
今日は少し後ろ目のツインテールだった。
少し幼い印象はあるが、自分で見ても普通に可愛いと思える。
「わ、超かわいい!」
「自分で言っちゃうんだ……」
「まあ正直今でも自分じゃないって感覚もあるからね。なんだろ、アバターみたいな?」
「そりゃ一六年も一緒にいた体が突然変わったらそうもなるか」
行動や口調は女の子らしいものになってきてはいるが、それでもまだ「自分自身」ではなく「新しい体で動いている」という感覚が抜けていない。
「よし、じゃあ準備も終わったし行こう!」
「おー!」
遠足前の小学生のようにこぶしを突き上げた二人は、そのテンションのまま家を出て電車に乗った。
最近部活や勉強で忙しかった心春は久々の休み、そして佑月は三日も頑張った自分へのご褒美だと胸を躍らせている。
朝の満員電車に比べて視線は少ないし、心春が一緒に出掛けられるという事もあって、今日は視線も普段ほどは気にならない。
「お姉ちゃん、相変わらず芸能人みたいに視線集めてるね」
「言わないでよ。気にしないようにしてたのに……」
楽しいことを考えて視線を気にしないようにしていたのに、心春がそんなことを言うせいで急な恥ずかしくなってきて、逃げるように心春に肩を寄せる。
が、そんな姿を見た乗客たちから「可愛い姉妹だ」なんて温かい視線を向けられ、さらに恥ずかしさが増す。
少し経てば視線もなくなり、安心して心春とスマホゲームをして時間を潰すこと数分、目的の駅に着いた。
「ちょっと早いけど、先にご飯食べない?」
「うん。お腹すいたし、先食べたい」
駅から目的地までの間に喫茶店があるので、先にそこで昼食を済ませることにした。
店に入って適当に座り、前はよく来ていた店なので早々に注文を決めて店員を呼ぶ。
「ご注文お伺いします——って、宮野?」
が、休みに来て早々休める状況ではなくなってしまった。
「あっ……原田」
注文を取りに来た店員は佑月の元クラスメイトで、そしてあの日、佑月に群がって根掘り葉掘り聞こうとしていた男子の一人だった。
お互い気づいた途端、気まずい空気が流れる。
あんなことをした後で合わせる顔がない原田と、そんな彼に対してどこか恐怖を覚えてしまっている佑月。
原田に直接何かされたわけではないが、今は目を見て話すこともできない。
絶対に抵抗できない相手と思うと、仲が良かったとしても色々考えてしまう。
「……あの時は悪かった。その、なんだ、ストライクゾーンど真ん中で……テンション上がってた」
「そ、そうなんだ……まあ、もう、気にしないでいいから……」
早く話を切り上げたくて、原田から目を逸らしたまま言う。
「そうか……その、またゲームとかしような」
佑月はこくりと小さく頷き、注文を厨房に伝えに戻っていく原田の背中を見つめながら、ようやくいなくなったことにほっと胸をなでおろす。
心春もいるし、そもそも店員としてここにいる彼から変なことは言われないだろうとわかっていたけど、どうも彼がいると恐怖で落ち着かなかった。
せっかくの休日なのに、今のやり取りだけでどっと疲れたような気がする。
喫茶店での昼食を終えた佑月は、心春にお金を渡して先に店を出た。
会計している心春を待っている間、店の外でSNSを見る。
スイーツや小動物の写真が流れてくる中、ふと見知った顔が映る写真が流れてきた。一穂と由夏が何やら楽しそうな写真だ。
この写真を見ていると、どうもモヤモヤする。
「お待たせ。あれ、お兄どうしたの?」
「……見てこれ」
「かず兄と……誰、彼女?」
まさか一穂に彼女が出来たとは思わず、心春は不思議そうに聞いた。
「付き合ってない……と、いいな」
佑月は少し不安そうに俯きながらそう返す。
「なに、お姉ちゃんかず兄のこと好きなの?」
「違うよ! なんか、ちょっと寂しいっていうか……」
「かず兄が取られたから?」
「それも違う!」
「じゃあそっちの人?」
「たぶん、そうかも……?」
一穂が由夏を誘っていたのはいいが、由夏がそれに乗りきだったと知って少しもやっとした。
ただ、それが一体どういう感情からくるものなのか、今の佑月にはわからない。
なんとなく寂しいような気がする。
仲が良かったはずの友人に会って恐怖心を抱いたり、ようやく仲良くなれた女子が一穂と楽しそうにしている写真を見たり、せっかく心春と遊びに来たのに、気分は最悪だ。
そんな寂しさを紛らわす様に、佑月はひたすら心春を振り回した。
スイーツを食べたり服を買ったりゲームをしたり、休日を満喫して寂しさを紛らわせて、少し嫌なことはあったものの、今日はいい日として終わったのだった。
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