第4話 夏休み明け
夏休みも終わりを迎え、登校日が来た。
念のため病院に行ったが特に問題はなかった。ただ環境面での不安が大きかったので、先生との話し合いでひとまず一週間様子見をするということになった。
元の制服はサイズが合わないので、心春がもう着られないからと丈を短くしてフリルを付けた中学の制服を身にまとって家を出る。
流石にこの姿で男子高に行くところを同級生に見られたくはないので、朝練が始まるよりも早い時間だ。
一応徒歩で行ける距離にある学校で、時間はまだ七時過ぎ。
それでも少しくらい人はいるし、こんな時間に中学校の制服を着て男子高のスクールバッグを持った少女が不安そうに歩いていれば多少なりとも視線を浴びる。
状況が状況なだけに視線が気になってしまい、佑月は何とか気にしないようにしようとスマホで動画を見ながら歩く。
人がいないからと油断していたが、やはり人はいるもので、曲がり角でぶつかってこけてしまった。
「うわっ、ご、ごめんなさい……」
「こちらこそごめんなさい。怪我してないかしら?」
ぶつかった相手も学生の様で、黒いセーラー服を着ていた。
佑月も知っている女子高の制服で、一瞬拙いと思ったが珍しく女子相手だからと緊張することはなく、彼女が差し伸べてくれた手を取って立ち上がる。
「あ、ありがとうございます……」
立ち上がった佑月の顔を見て、彼女は眉をひそめる。
「……中学校は向こうじゃない?」
「あ、いえ、その、こっちで会ってます……」
「そう? まあ、気を付けるのよ」
佑月を優しく注意すると、彼女は駅があるほうに歩いて行った。
苦手なはずの女子とぶつかったものの普段のように緊張することはなく、佑月は手を振る彼女に会釈して再び学校に向かう。
彼女が相手であればなぜか普段のように緊張しないし、それどころか安心感すら覚えたが、その理由は学校に着くまでわからなかった。
十分ほど歩いて学校に着くと、校長が暇そうに歩いていた。
「おや、宮野君。おはよう。今日は早いんだねぇ」
「おはようございます。その、あまり見られたくないので……」
自分で見ることに関してはあくまで自分の身体なのでなぜか見慣れた感覚があって大丈夫だったが、まだ他人に見られるのは慣れていない。
「そうかい。それでもちゃんと来てくれたんだね」
「まあ、やっぱりクラスの奴らとは会いたいので」
「そうかい。それじゃあ、ホームルームが始まるまでは生徒指導で待っていなさい。あそこなら阿賀野先生もいるから、宮野君も気が楽なんじゃないかな?」
「そうさせてもらいます」
校長と軽く会話を交わした佑月は、上履きに履き替えて生徒指導室に向かった。
生徒指導室なら生徒は基本寄り付かないし、何もない時にそこで休憩している阿賀野は佑月が高校生になる前から面識のある、数少ない話せる女性だ。故に彼女とであれば安心して過ごせる。
「おお佑月、一週間ぶりだな」
「おはようございます。先生」
「おはよう。それ、心春の制服か。随分と可愛らしい制服だな」
「そっ、それは心春が魔改造してたからですよ!」
「ははっ。まあ、別に私服でもよかったんだぞ?」
「なら先に言ってくださいよ! 私服でもいいならこんなフリフリしたの着なかったのに……」
「それはすまないな。まあいいじゃないか、可愛くて」
「揶揄わないでください……」
心春が毎日のように「お兄可愛いなぁ」とベタベタしてくるのだが、未だに可愛いと褒められることに慣れない佑月は、照れて赤くなった顔を手で隠す。
「照れ方はもう女の子だな」
「マジでやめてくださいよ。ほんと……」
こうして阿賀野と雑談しているうちに、始業式が始まる時間になった。
佑月のことはHRの時にひとまずクラス内でだけ公表することになっているので、阿賀野と担任の男性教員からはここで待っていていいと言われて待つことにしたのだが、始業式中に一人で待っているのも暇なので、スマホを眺めてのんびり待つ。
性転換がきっかけでハマったTSものの漫画を読んで待っていると、いつのまにか外から生徒たちの話し声が聞こえてきた。
もうそんな時間かと漫画アプリを閉じてぐっと身体を伸ばす。
それから五分ほどで、担任が迎えにやって来た。
「宮野、今日は先生も少し遅れてホームルームを始めるから、廊下で待機して呼んだら入って来てくれ」
「転校生みたいなあれですか?」
「そんな感じだ」
担任と軽く打ち合わせをして、チャイムが鳴って少ししてから教室に向かう。
担任が色々話してから呼ばれたところで少しもじもじしながら教室に入ると、重たい歓声が上がった。
そもそも男子高なのに女子が——それも、誰が見ても「可愛い」と言う感想を抱くような容姿の佑月が来れば当然だ。
そんな佑月を見て美少女だの巨乳だの大盛り上がっていると、担任が机を叩いて「静まれ。学校で盛るんじゃない」と男子たちを宥めた。
すぐに静かになったが、近い席同士で佑月を見ながら何かを話している。
「夏休み中盤に起きたらこうなってたけど、宮野です……。その、普段通りに接してくれるとありがたいです」
普段はもっと気楽に話す佑月も、いつもと違う視線に緊張しているせいで、固い挨拶になってしまった。
(胸見られてる……)
巨乳というほどではないものの十分に主張された胸は、男しかいない空間で過ごしているクラスの男子たちの視線を釘付けにしていた。
「先生、ドッキリとかじゃないんスか?」
「違うだろ。普通に面影あるし。あの顔はそんないねぇよ」
先生への質問に、佑月と仲のいい男子が答える。
「ちゃんと宮野本人だ。ああ、宮野だからって変な事言うんじゃないぞ?」
元気よく「はーい」と返事をするクラスメイト達だが、全くわかっていなさそうだった。
「くれぐれも、するなよ?」
HRが終わり、担任がそう言い残して教室から出ると、案の定すぐに佑月のもとに男子たちが集まって来た。
特に集まってきたのは仲のいい男子たちで、そして聞くことと言えば胸のサイズだの自分で触ったかだの下着の色だの、セクハラ的な質問ばかりだ。
「ちょっと、十分でいいから黙ってて……」
佑月とて男子たちと下ネタで盛り上がることはあるが、それはあくまでも妄想のネタだからいいのであって、いざ自分が対象になると、嬉しそうに鼻を伸ばして聞いてくる男子に不快感を覚える。
「はいはい、やめようね。宮野さんすっごい嫌がってるから」
露骨に嫌がる佑月に気が付いて、クラスの学級院長——戸田が止めに入った。
戸田にそう言われ、ようやく嫌がっていることに気付いた男子たちは渋々席に戻っていった。
「そんなわかりやすかった?」
「うん。毎日のようにあの目は見てるからね。すぐにわかったよ」
「それで、戸田も何か聞きたいことでもあるの?」
「ほんと、怖い目で見てくるなぁ。いや、ないよ。ただ大変そうだったから。それじゃ」
そうとだけ言って戸田は席に戻り、それから授業開始まで佑月が群がられることはなかった。
しかし、話しかけられなかったとしても見るだけならタダだと、クラスの半分以上の視線を集め、さらに国語担当の教師からもなんとなく不快な視線を感じた。
(ほんっと最悪……来なけりゃよかった)
ここにいるのも精神的に辛いので、手を挙げて「ちょっと離席します」と言って、許可をもらう前に佑月は人の少ない図書室に逃げた。
ここなら授業をサボる生徒が来ることはないし、休憩時間中も基本人が来ない。
さすがに帰るのは気が引けたので、せめてここで終わるまで待っている。
『やっぱ無理そうかも』
心春に一言メッセージを送り、机に突っ伏していろいろ考える。
(楽しかったんだけどなぁ)
男友達とバカみたいな話をして、苦手な女子のことも気にせず楽しく過ごしていたが、あの十数分だけでもうだめだと思った。
あれこれ聞かれるだけならそのうち落ち着くのだろうが、背が縮んだせいでクラスメイトたちが大きく見えて、囲まれるのが怖い。
無性に不安で、今ばかりは心春に頼りたくなる。
一人で考えてもただただ不安が増すだけなので、佑月は授業終わるまで寝ていることにした。
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