第四十四話 他人の心

「—— 分かった分かった…… その条件で減額を認めよう」


 渋々妥協してやったと言わんばかりの態度で、目の前に座る悪そうな眼つきの男、日仏連合首魁のグンマ・コウズケがODAの減額に応じた。

 減額されるのは消耗した下僕妖精ブラウニーの魔石と装備の金額、おおよそ6000体分で3億9000万$。

 元々の債務額が357.5億$だったから、残債353.6億$を支払っていくことになる。


「ほとんど減ってませんわ……」


 様々な方向から減額を求めたけれど、結局グンマから引き出せた譲歩はこれだけだった。

 やっぱり直接の交渉では、彼を上回るのは困難だ。


「そりゃあ、ODAの成果は全て君に譲渡してるんだから、大幅な減額なんて出来る訳ないじゃないか」


 聞き飽きるほど何度も聞いたフレーズをまた聞かされる。

 ODAを持ち掛けられた時、最初は妾達を取り込むことが目的かと思っていた。

 グンマ・コウズケという人物は、即物的であり近視眼的な考え方をする傾向がある。

 本来ならばすぐに行き詰りそうなものだけれど、彼の戦術面に尖り過ぎた能力は戦略的劣勢を軽々と突き破っていく。


 ODAで身内に取り込むという、些か品のない手法も彼ならばあり得ると思っていた。

 だから、一度供与を受けてからは妾も開き直って、自身の手勢の強化に邁進した。

 取り込まれた後の発言力を少しでも高める為だ。

 機甲師団や航空隊は接収される危険があるけど、特典によって召喚された下僕妖精ブラウニーなら所有権を妾から剥奪することはできない。

 けれど、彼の本当の狙いは違うようだ。

 

 グンマは妾に軍事力を与えるだけ与えて、何の制約も課さずに妾を手放そうとしている。

 巨額のODAも返済義務こそあれど、それを盾に何かを要求することすらしない。

 彼は妾に何を望んでいるのだろう?


 もしも妾が自由にできるのなら、このまま島嶼諸国連合と自由アジア諸国共同体を引き連れて高度魔法世界に進軍する。

 そしてその地にいる第三世界勢力、アフリカ連合と新興独立国家協定を取り込もうとするつもりだ。


 貴方は本当にそれを許すの? グンマ……


「ああ、そうだ。

 次の攻略対象だが、俺達日仏連合は国際連合のアレクセイから頼まれて、末期世界に進軍するつもりなんだが……」


 あっ、何かきそう……


「もちろん、君達も来るよなぁ?」


 えぇぇ……

 確か末期世界第4層、上王の丘タラ・チャンって丘という名の断崖絶壁に築かれた巨大要塞地帯って攻略本に書いてあった。

 明らかに地上戦力ではなく航空戦力が必要になるダンジョンだ。

 絶対行きたくない。

 残債がまた増えちゃう……


「わ、妾は、高度魔法世界に……」


「えっ、そうなのか?

 別に良いけど…… そうなったら、君達の兵站ってどうするつもりなんだ?」


 妾達がODAで購入した兵装は日本仕様となっている。

 弾薬程度なら旧NATO諸国のものと共用できるものの、整備に必要な部品は当然日本から供給して貰う必要がある。


「それは、事前にある程度購入を……」


「即金だけど大丈夫か?

 流石に残債を減額した直後に追加のODAは難しいぞ」


 ………… 意地悪ですわ。







「—— 意地悪ですわっ!

 グンマは本当に意地悪ですわっ!!」


 トモメのいる司令室から出てくるなり、シャルがブツブツと文句を垂れる。

 どうやら我がはとこはトモメにしてやられたらしい。

 ダンジョン戦争前は親戚内でも中々の傑物だと有名だったけど、そんなシャルでもトモメの方が上手だったんだ……


 流石は我が主……!


「どうやら我が主に手酷く転がされたようでござるな」 


「げえっ、アル姉様!!」


 私の存在に気づくなり、シャルはまるでオバケを見たような声を上げる。

 はしたない……


「淑女たる者そのような声を上げるでない」


「し、失礼しました……」


 私が注意すると途端に恐縮するところは昔から変わらないね。


「それで、トモメ殿と何があったのだ……?」


 まさか、トモメがシャルなんかに手を出すことはないだろうけど、それでも乙女として気になる。

 思えば、昨日の朝も2人は怪しかったし、戦闘中はずっと一緒にいたらしいし……


「はいっ!

 借金を減額して貰う代わりに、次のダンジョンもご一緒することになりましたわ!」


 シャルはビシッて効果音がつきそうなほど背筋を正してハキハキと報告する。

 そんなに気負わなくて良いのに。

 でも事務的な話題だけなんだ…… 良かった。


 でもね、シャル。

 私はシャルのこと疑ってないけど、私以外はそういう訳にもいかないみたいだよ?


 シャルの派閥メンバーの中には、トモメに良いようにしてやられているシャルに不満を持っている人達がいる。

 腹心クラスはそういう声を聞くたびに引き締めようとしてるみたいだけど、今のままだとそれもいつまでも持つかな?

 腹心クラスだって今はシャルに心服してるけど、ここにはシャル以上の傑物が3人いる。

 トモメはそれでもシャルを評価してるみたいだけど、他の人からシャルが自分達と比較してどう見られているか、あまり分かってないみたい。


 シャルは薄々それが分かってて色々手を打とうとしているみたいだけど……

 トモメは他人の考えは分かるけど、他人の心は分からないからなぁ……



 そういうところが可愛いんだけどな……

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