第二十六話 心の作戦、順調なり
薄っすらと見える巨大な壁を背景に、何棟もの建造物が立ち並んでいる。
ビルのような建造物群もそれなりの高さの防御壁に囲われており、至る所にトーチカらしき施設が設置されていた。
各所からは時折、機械兵の視覚部特有の光点がちらほらと覗いているので、少なくない数の機械兵が潜んでいるのだろう。
敵前線基地の様子を肉眼で確認できた俺は、持っていた双眼鏡を脇に控えるシャルロット公女へ渡す。
「方針は定まりましたか?」
「ええ、もちろん。
まずは効力射ですな」
「いつも通りですわね」
『大変ですトモメさん! ハナ・タカミネが敵前線基地に突撃しました!』
無線機に前線からの声が届く。
「……
「いつも通りですわね」
『ヘイヘーイ、宅配でーす! 血と絶望をお届けですよー!!』
敵のトーチカごと防御壁を粉砕した高嶺嬢が、前線基地の地上構造物群に突入したようだ。
突然本能に目覚めた決戦兵器により、済し崩し的に始まった敵前線基地に対する攻城作戦。
狂戦士と化した高嶺嬢の制御をダンジョン戦争初日から諦めている俺は、全てを受け入れて急遽作戦を変更する。
「重砲師団による効力射は中止する。
野戦砲部隊は小隊ごとに前線からの要請に基づき支援砲火を実施せよ。
MLRS部隊は目標を前線基地周辺の敵集団に変更し、索敵機からのデータに従い継続的な阻害攻撃を行って、敵の援軍をこちらに近づけさせるな」
既に地上部隊は高嶺嬢の後を追うように、迎撃施設ごと消滅した防御壁の大穴から突入を開始させている。
手元にある部隊指揮用の情報端末に映し出された戦域地図では、敵前線基地の3割を占拠する味方を示す青い点が蠢いていた。
機械兵たちは人型決戦兵器によるダイナミック奇襲に絶賛混乱中のようで、散発的な迎撃しか起きていない。
それすらも、1分と経たずに戦車砲で吹き飛ばされたり後方からの支援砲撃でクレーターになったりしている。
『ヘイヘーイ! 印鑑お願いしまーす!』
高嶺嬢の元気な宅配ごっこはまだ続いていた。
無線機から彼女の声が聞こえた直後、地上構造物群の一つが一瞬だけ浮き上がった後、下部から潰れるように倒壊していく。
「ちゃんと印鑑を押して貰えたみたいだな」
「その発想が狂気ですわ」
『宅配しちゃいますねー!』
続けて、地上から何かが高速で投げ飛ばされ、地上構造物群に次々と突き刺さっていく。
下手人は高嶺嬢以外ありえないし、投げ飛ばされている物の正体もだいたい分かることが恐ろしい。
「どうやら機械兵を投射しているようですわ」
俺が渡した双眼鏡を覗く公女が、親切に教えてくれた。
ありがとね。
分かってたけどね。
体高10mの鉄塊で豪速球を連投する高嶺嬢の強肩は、生放送で見ている本国のプロ野球界を戦慄させたことだろう。
俺は部隊指揮用の端末で、各部隊への指示を入力しながら呆けた様にその光景を眺める。
地上構造物なんて本来なら重砲師団の効力射だけで更地にしてやりたいのだが、なにせ俺達は魔石を採取しなければならない。
魔石採取を考えれば、建物への損害は出来る限り抑えていく必要がある。
体高10mの機械兵が運用すること前提で建造された建物、その瓦礫の山から延々と魔石を掘り出さなければならないなど悪夢でしかない。
俺だって事前砲撃は防御壁やトーチカ等に絞るつもりだったのに。
「あっ、また一棟崩れましたわ」
悪夢でしかない……
そう思っていたら、突然、地上構造物群の内、最奥の一棟が巨大な火柱に飲み込まれた。
『漆黒の黒い影、白影推参!
これより敵基地へ隠密に浸透するでござる!』
「…… アル姉様」
密かに後方へ回り込ませていたNINJA白影から、自主的な攻撃の事後報告が来た。
本来の作戦では、本隊の突入前に敵基地の攪乱をさせる為の部隊だったのだが、決戦兵器による自主突撃で存在意義を半ば失っていた。
それに焦ったのか、NINJAも自主性に目覚めてしまったようだ。
隠密をかなぐり捨てた火柱は建物ごと内部の機械兵たちを蒸し焼きにしていく。
金属の身体ゆえになかなか死ねないのか、建物のありとあらゆる開口部から機械兵たちが炎から少しでも逃げるように身を乗り出している。
もうあの建物も長くはないな。
『こちらODA機甲連隊のスティーアンだ。
おい腹黒、あれもお前の作戦なのか?』
おっとツネサブローじゃないか!
反骨精神たっぷりだが、日本人として君の母国には強い後ろめたさがあるから、あまり君のことは責めにくいんだよね!
「こちら司令部、全てが作戦通りだ。
ODA機甲連隊は司令部の指示遂行を継続せよ」
頭の作戦はとっくに崩壊しているけど、高嶺嬢と白影との絆でつながった心の作戦では順調そのものだよ!
「…… トモメ・コウズケ」
シャルロット公女がもの言いたげな視線を向けてくるが、そんなもの無視である。
良いんだよ!
心の作戦では順調なんだから!
「いや、心の作戦ってなんだよ」
ふと冷静になってそう呟いた。
前線では幾多の機械兵が蹴散らされて舞い上がり、何本もの火柱が立ち昇る。
今日も彼女達は絶好調。
元気があって大変よろしい!
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