第十五話 閉塞する公女

国際標準時 西暦2045年8月11日14時42分

機械帝国第4層 

自由独立国家共同戦線 合同司令部 戦域管制室



「———— 不味い状況ですわ」



 簡素な大型テントの中、薄暗い照明に照らされた少女が一人、机上に広がる地図を見て端正なかんばせを歪ませた。

 



 少女、機械帝國を攻略中の第三世界諸国を率いるシャルロット・アントーニア・アレクサンドラ・エリザべード・メアリー・ヴィレルミーヌ・ド・ナッソー。

 小国の寄り合い所帯である第三世界諸国、その中の一勢力を率いる身でありながら、ダンジョン戦争を牛耳る三大勢力と渡り合う才女であるルクセンブルク大公国第一公女。

 ナウい第三世界ピーポーの間では、顔面凶器、冷徹鉄面皮、腹黒自己中のチョベリバ3人衆に対抗できる希望の星と話題沸騰のチョベリグガールだ。

 その彼女をもってしても、第4層となった機械帝国の攻略は遅々として進まなかった。

 

 機械帝国の主力たる機械兵、全高10mを超える鋼鉄の巨人。

 それらの撃破には、高度に無人化された第四世代以降の主力戦車が有効であるが、第三世界諸国にそんなものある訳がない。

 あったとしても階層攻略できるほどの数を用意でき、十全に運用可能な国力なぞ到底捻出できない。

 そのうえ敵は第4層となったことで更に強化されており、全身に追加装甲が装着された個体やクロスボウのような遠距離武器を携行する個体が確認されている。


 主力戦車を用意できない以上、航空機による対地攻撃が主な攻撃手段となる。

 しかし遠距離攻撃能力を獲得した機械兵相手では、生半可な攻撃ヘリや対地攻撃機では七面鳥撃ちのように落とされてしまう。


 そういった事情により、公女たち第三世界諸国は地球産兵器に頼らない戦闘、つまりは剣と魔法によるファンタジー肉弾バトルを全高10mの巨大人型兵器相手に繰り広げていたのだ!

 なんたる脳筋!

 科学万能の西暦2045年において、彼女たちだけが中世に生きていた。

 

「いくらなんでも無茶ですわ……!」


 これまでの戦いで各国の探索者は順調にその身体能力を向上させており、スキルと呼ばれる特殊能力さえも身につけている。

 武器屋や防具屋から購入した超兵器を装備した彼らの戦闘力は、漫画やアニメなどの創作物に登場する空想上の超人と比較しても遜色ない。

 だからと言って機械兵相手に肉弾戦をやるなどまともな人間なら考えもしないはずだ。


 ちなみに彼女は日仏連合の某女性2人組をまともな人間だとは思ってない。


「…… ウォルターたちの尽力で歯が立たないことはないのですが」


 公女の配下には特典持ちを除けばトップクラスの戦闘力を持つウォルター・アプシルトンとスティーアン・ツネサブロー・チョロイソンという2人の傑物がいる。

 他の配下の探索者達も、無人兵器に頼らない分だけ先進国探索者に比べて戦闘能力の高い第三世界探索者の中でも上位に位置する。

 探索者のみに限った戦力ならば、同盟や連合とも人数差を気にせず張り合うことすら可能だろう。


 そんな武闘派集団であっても、武装した機械兵の大群は荷が重かった。


「ようやく魔力由来のスキルも実戦に耐えうるだけ熟練してきたというのに……

 足りませんわ。

 何もかも、足りませんわ」


 スキルや次元管理機構由来兵器を駆使して生身で戦闘を行う第三世界諸国の探索者は、ステータスの伸びが先進国探索者と比べて大きい。

 特に魔力由来のスキル熟練度は比較にならず、一部では魔術などの超常的な攻撃手段を手に入れた者も出てきていた。

 それは公女の配下も例外ではない。

 特にツートップであるウォルターとスティーアンのスキルは戦術的な価値が極めて高く、彼らの戦闘力は特定条件下なら日仏連合の2人に届くのもあり得なくはないと、感じかけている人間が存在する可能性は0ではない。


 無論、実際の所はあり得ない。

 どう足搔いたところであり得ない。

 ギリギリ人間の範疇に収まるNINJAはともかく、ヒト型決戦兵器相手に夢を見過ぎだ。

 

 日仏連合の人外二人組は論外としても、公女の配下戦力はまだ三大勢力に対抗可能なほどには育っていなかった。

 そしてその程度では第四層となった機械帝国を攻略なんて夢のまた夢だ。

 

 現状、公女一派は手に入る魔石をやり繰りして武装ブラウニー軍団を整備しつつ、機械帝国の斥候部隊を相手にするのが精一杯だった。

 機械帝国の攻略を進展させるには、ヒト、モノ、カネ、そして何より時間が足りていなかった。


「列強の影響力をやっと排除できたというのに、第4層の攻略すら覚束ないなんて。

 妾は、本当に……!」


 特典『これで完璧! 次元間紛争介入裁定 完全攻略ガイドブック』で今後の戦場を知る公女は、たかだか第4層程度で苦戦なんて許されることではないと知っている。

 しかし現実は、手持ち戦力では第4層の斥候部隊とすらまともな戦いができない状況。


 情報によれば、連合と同盟も第4層となったダンジョンの攻略に苦慮しているようだが、それでも少しずつながら戦線を前進させているようだ。

 日仏連合に至っては、早くも敵前線基地を陥落させたらしい。

 頭おかしい。


 平常運転の日仏はおいておくとして、公女達の機械帝国は他のダンジョンと比べ攻略進展度に明らかな差をつけられてしまった。

 打開しようと戦力を整備してはいるものの、現状のペースではどれだけの時間がかかってしまうだろうか。

 公女が持つ特典によって、1日に1000体ほどの武装ブラウニーを戦力化できているが、全高10m越えの機械兵の部隊を相手にするには、最低でも万単位で運用しなくては対抗できそうにない。


「はぁ、もう、八方塞がりですわね」

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